「豚の王」(2011韓国)
ジャンルアニメ・ジャンル青春ドラマ・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 衝動的に妻を殺害したギョンミンは、ある決意を胸に中学時代の同級生ジョンソクを訪ねる。久しぶりの再会にジョンソクは当惑するが、酒を飲み交わしながら中学時代に思いを巡らす。共に虐められっ子だったあの頃、同級生のチョルは彼らにとって頼もしい英雄だった。
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(レビュー) 傑作
「新感染 ファイナル・エクスプレス」(2016韓国)のヨン・サンホ監督のデビュー作ということだったので興味があって鑑賞した。
いわゆるスクールカーストを題材にした物語であるが、本質的には底辺社会に生きる人々の友情と決別のドラマであり、陰鬱でダークなトーンを貫いた作りに見応えを感じた。
また、本作はアニメーション作品であるが、実写でも可能な作品のように思った。一部で心霊的な現象が出てくるが、基本的にはリアリティ重視な演出が貫通されており、いわゆるアニメっぽい作風とは一線を画す内容である。
尚、あとで知ったが、本作を原作とした実写ドラマシリーズが韓国で製作されたそうである(未見)。あらすじを、かいつまんで読んでみたが、話は大分異なるようだ。
さて、正直映像的なクオリティはお世辞にも高いとは言えない。普段見慣れている日本のアニメやディズニー作品と比べると、作画面では数段落ちる。ただ、映像面のクオリティの低さを補って有り余るストーリーテリングの上手さは特筆すべきで、特に後半からはグイグイと引き込まれた。
ギョンミンとジョンソクは共に虐められっ子ということで仲が良い。しかし、一方は金持ちの息子でもう一方は貧しい家庭の子。夫々に出自が異なるので、同じ虐められっ子でも微妙に立場が異なる。それが大人になった現在でも続いているという所が面白い。
そして、そんな二人の関係を決定的に断絶してしまったのが、”豚の王”チョルだ。”豚の王”とは中々意味深なネーミングだが、なるほど。劇中でも語られているが、その意味は実に哲学的でもある。
但し、チョルに関して一つだけどうしても納得できなかったことがある。それは、彼が途中からすっかり”王”の威厳を無くしてしまったことである。何が原因でそうなってしまったのか。劇中では、その理由が明確に描かれておらず、何だか釈然としなかった。
ともあれ、チョルを巡って語られる終盤の展開には、アッと驚く意外性もあり、大変面白く観ることが出来た。
ラストも実にやるせないが、ギョンミンとジョンソクの元々の立場を考えれば、こうなることは必然だったのかもしれないと思えた。
そもそもギョンミンは裕福な家庭に育った身なので本当の”豚”にはなれなかったということなのだろう。だから、彼は自分が虐められなければそれでよく、チョルのカリスマ性はその免罪符として利用しただけだった。
一方で、ジョンソクは幼い頃から荒んだ家庭に育った生来の”豚”である。だからこそ、彼はチョルのカリスマ性を信奉し最後まで”豚の王”であって欲しいと願ったのだろう。
同じカーストに属していた二人だが本質的には立場が異なっていた…という所に、友情の儚さ、残酷さが垣間見えて何だか切なくさせられた。
「神々の山嶺」(2021仏ルクセンブルグ)
ジャンルアニメ・ジャンルサスペンス・ジャンルアクション
(あらすじ) エベレスト登山隊を取材するためネパールに来ていた山岳カメラマン深町は、何年も消息を絶っていた孤高の天才クライマー羽生を目撃する。彼は英国の登山家マロリーの遺品であるカメラを手にしていた。登山史上最大の謎の答えが見つかるかもしれないそのカメラを追う深町は、羽生の過去を探っていくのだが…。
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(レビュー) 夢枕獏の小説を谷口ジローが漫画化し、それをフランスでアニメーション映画にしたという、ちょっと変わった作品である。
谷口ジローの作品はフランスでは絶大な人気があるので、その関係から本作も製作されたのだろう。緻密でリアルな描写が持ち味の氏の漫画は、日本はもとより海外でも評価が高い。
登山の際によく言われる「なぜ山に登るのか?そこに山があるからだ。」とは本作にも登場するジョージ・マロリーの有名な言葉である。本作を観終わった感想も正にこれに尽きるかもしれない。
正直な所、私のような登山に何の興味もない人間からすれば、どうしてそこまでして危険な山に登りたがるのか理解できない。しかし、羽生もマロリーも、そして羽生のライバル長谷も、山の魅力に取りつかれた彼等からすれば、それこそが”生きがい”であり”人生”なのだろう。だから、「どうして山に登りたがるのか?」と問われれば「そこに山があるからだ。」としか答えようがないのだと思う。「あなたはどうして生きるのか?」と聞かれるのと一緒なのかもしれない。
物語は二つのミステリーで構成されている。一つは行方不明になった羽生の足取りを探るミステリー。もう一つはマロリーのカメラに残された写真を巡るミステリーである。
本作でメインとなるのは前者の方で、深町が羽生の足跡を追いながら、彼の登山にかけるストイックな思いが解き明かされていく。そこには壮絶な過去があり、羽生がどうしてエベレスト登頂に挑むのか?その理由も分かってくる。
後者に関しては、深町と羽生の登山に対する見解の相違を表しており、そこについては終盤でなるほどと思える回答が示されていた。
ただ、最後は今一つ釈然としない終わり方で、個人的には随分とあっさりとした印象を持ってしまった。深町は羽生の登山に対する考え方を一生理解できないものとばかり思っていたので、このラストは少し意外であった。
アニメーションとしてのクオリティは中々のものである。
中でも見所となるのは、やはりスリリングでリアルな登山描写である。おそらく実写ではここまでの臨場感溢れるシーンは表現できなかったのではないだろうか。天候が急変する雪山の怖さも、アニメーションならではの大胆な演出で表現されていて非常にエキサイティングだった。
また、ダイナミックな雪山風景は、スクリーンでこそ味わいたい迫力に満ちている。
聞けば、製作期間7年ということだから、堂々たる大作と言えよう。これだけの時間と手間暇をかけて作られた作品というのも中々にないように思う。そういう意味でも、作り手たちの執念と創意には感服するしかない。
「オフィサー・アンド・スパイ」(2019仏伊)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 1894年のフランス。ユダヤ系の陸軍大尉ドレフュスがドイツに機密情報を流したスパイ容疑で終身刑を言い渡される。その後、ドレフュスと浅からぬ因縁にあるピカール中佐が陸軍情報部長に就任する。彼はドレフュスの無実を示す決定的証拠を発見するのだが…。
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(レビュー) 己の正義を貫き通すことの難しさと尊さを真摯に訴えた力作だと思う。
ここで描かれているドレフュス事件は、フランスでは大変有名で、世界史的に見ても国家的冤罪事件としていまだに語り継がれている出来事である。
自分は、本編にも登場する作家エミール・ゾラの半生を描いた伝記映画「ゾラの生涯」を観ていたので、この事件のことは知っていた。ただ、
「ゾラの生涯」(1937仏)はゾラの視点で描かれた物語だったこともあり、事件の経緯や内情については詳しく語られていなかった。本作ではそのあたりが事件の当時者を含め詳細に語られている。改めてこの事件を別の角度から知ることができ、冤罪の恐ろしさを思い知らされた。
そして、本作で忘れてならないことはもう一つあるように思う。それは事件の背景にユダヤ人差別があったということだ。ドレフュスに容疑がかけられた理由の一つに、彼がユダヤ人だったということがある。軍内部はもちろん、主人公のピカールさえ反ユダヤ主義であり、おそらく当時のフランスではこうした風潮が相当に強かっただろうと想像できる。後にナチスの台頭でユダヤ人の弾圧が強まっていくが、その片鱗はすでにこの頃から欧州全体にあったということがよく分かる。
冤罪、人種差別、体制の隠蔽体質等、この映画には様々な問題を見出すことが出来る。そして、これらは何もこの事件に特有のものではなく、現代にも通じるものであると気付かされる。本作をただの史劇と一蹴できない理由はそこにある。実に普遍性を持った作品だと言える。
監督、脚本を務めたロマン・ポランスキーは、自身もホロコーストの犠牲者であった過去を持っている。それだけにユダヤ人として差別されたドレフュスの悲劇には一方ならぬ思いがあったのだろう。
と同時に、彼はアメリカ在住時に少女への淫行容疑で逮捕されたことがある。本人は冤罪を主張し、アメリカを追われ、いまだに入国できないでいる。自己弁護ではないが自らの黒歴史を清算すべく本作を撮った…と捉える人もいるだろう。
こうしたスキャンダラスな意見が出てきてしまうのは仕方のないことだが、作品そのものの出来について言えば、映像、演出、ともに完成度が高く、改めてポランスキーの熟練した手腕には唸らされる。
ただし唯一、終盤が性急で今一つキレが感じられなかった点は惜しまれた。このあたりは物語のバランスの問題だと思うが、ピカールの捜査に重きを置いた結果という感じがした。
ともあれ、製作当時ポランスキーは86歳。この年でこれだけパッションの詰まった作品を撮り上げるとは、正直驚きである。残りの人生であと何本撮れるか分からないが、いまだに衰え知らずといった感じで頼もしい限りである。
「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」(2020米英)
ジャンルアクション・ジャンルサスペンス
(あらすじ) スペクターとの戦いの後、現役を退いたボンドはマドレーヌとイタリアで平和なひと時を過ごしていた。そこで過去と決別するため、かつて愛したヴェスパーの墓を訪れる。ところが、スペクターの罠により負傷してしまう。マドレーヌへの疑いを拭いきれない彼は彼女と決別した。5年後、ボンドの元に旧友であるCIAのフィリックスが訪れる。ロシア出身の細菌学者ヴァルドを救出して欲しいと依頼されるのだが…。
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(レビュー) ダニエル・クレイグ版ジェームズ・ボンドの第5作にして最終作。これまでのシリーズを観てきた人にとっては正に大団円と言って良い終わり方となっている。長年続く本シリーズだが、ここまで完全にシリーズにケリをつけたのは初の試みではないだろうか。人によっては賛否あるかもしれないが、個人的には実に潔いと思った。
尚、本作を鑑賞する上で、前作の
「007/スペクター」(2015英米)と
「007/カジノ・ロワイヤル」(2006米)は観ておいた方が良いだろう。何の説明もないまま話は進んでいくので、未見の人は初っ端から置いてけぼりを食らいかねない。
今回も、序盤のカーチェイスに始まり、アクションとサスペンスの連続に飽きることなく最後まで楽しむことが出来た。ただ、上映時間2時間40分越えはさすがに長すぎるという感じがした。本来であればもう少し切り詰めてエンタテインメントとして気軽に楽しめる長さにできたように思う。
例えば、アナ・デ・アルマス演じる女性エージェントとボンドの共闘は、観てて大変興奮させられたが、ストーリー的にはさほど重要というわけではない。彼女のキャラクターがいなくても物語上さして問題になるようなことはなく、むしろいない方がテンポは良くなったように思う。
逆に、今回の適役であるラミ・マレック演じるリュートシファーの魅力が今一つ引き出しきれておらず、ボンドとの戦いも随分とアッサリとケリがついてしまったな…という印象を持った。
「ボヘミアン・ラプソディ」(2018英米)の大ブレイクからの大抜擢だと思うのだが、存在感という点で少し物足りなく感じた。物語の内容を詰め込み過ぎてしまったために割りを食ってしまったという印象である。
そもそも本作は新007の登場や毎度のMI5の御家騒動、マドレーヌの過去の因縁など、全体的にドラマが散漫である。この中で最も大きなドラマとなるのがマドレーヌの因縁だが、確かにそこについては上手く構成されていると思った。しかし、それ以外は、中途半端にされてしまった感じがする。
何はともあれ、クレイグ版ボンドはこれにて最後ということで、お疲れさまでしたと言いたい。当初は今一つピンとこないボンドだったが、観て行くうちに徐々に違和感なくなっていったボンドだった。個人的に、どうしても初代ジェームズ・ボンドのイメージが強いので仕方がないのだが、それでもこれまで演じてきた様々なボンドの中でも、クレイグ版ボンドは初代ボンドに次ぐハマリ役だったように思う。内容的にも
「007/スカイフォール」(2012英米)のような野心作もあり、充実したシリーズだった。
果たして次のボンドは誰が演じるのか、大変気になる所であるが、今後もこのシリーズは延々と続いていくのだろう。次の新シリーズを楽しみにしながら待ちたい。
「スナイパー・ストリート バグダッド狙撃指令」(2019イラクカタール)
ジャンル戦争・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 米軍占領下のイラク・バグダッド。ハイファ通りはアルカイダの残党による無差別な銃撃で荒廃していた。アーメッドは刑務所の拷問を密かに録画したビデオを持って、恋人をアメリカに連れて行こうとしていた。ところが彼女の家の前で狙撃兵サラームに銃撃されてしまう。
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(レビュー) 邦題だけを見るとアクション映画と勘違いされそうだが、実際には大変地味な作品である。
しかも、狙撃兵サラームの心情を解き明かすシナリオはやや舌っ足らずで、彼の目的や置かれている状況、周囲の人間関係が不明瞭なため大変難解な映画になってしまっている。ある程度、当時のバグダッドの状況を頭に入れてから観ることをお勧めする。最低限、アメリカ軍が介入したイラク紛争についての予備知識くらいは知っておいた方がいいだろう。
そんな地味で難解な映画であるが、演出自体は結構しっかりしていて見応えを感じた。
狙撃物の映画と言えば色々と思いつく。最近ではクリント・イーストウッド監督の
「アメリカン・スナイパー」(2015米)やトム・ベレンジャー主演の人気シリーズ「山猫は眠らない」、第2次世界大戦の独ソ戦を舞台にした「スターリングラード」(2000米独英アイルランド)等が思い浮かぶ。この手の作品は、緊張感みなぎるシチュエーション作りと監督の演出力。これが作品の出来を大きく左右すると言っても過言ではない。そういう意味では、本作は中々健闘していると言える。
顔にたかる蠅をまったく気にすることなく照準を定めるサラームのアップや、照準器越しにターゲット見据える一人称視点のカット、時折挿入されるヘリや銃撃戦といった臨場感をもたらす音の演出等。中々の緊張感を創り出している。
また、彼に銃撃をやめるように説得にやって来る女性キャラも、物語にアクセントをもたらすという意味では中々効果的である。一人は彼が恋焦がれている若い女性、もう一人は彼の組織のリーダーの妻と思しき女性である。彼女たちのやり取りは物語をうまく盛り上げていた。
更に、サラームが幻視する少年の姿は、全体のリアリズムを考えると少し浮いたトーンではあるものの、彼の哀愁を感じさせるという意味では実に上手い演出だと思った。おそらくその少年は彼の幼少時代の幻なのだろう。そこに彼の悲しき過去が色々と想像できる。
このようにスナイパー物としての緊張感は十分に堪能できるし、戦争の悲劇というのも真摯に発せられており、中々骨を持った作品となっている。
ただ、繰り返しになるが、サラームの心情や彼の置かれてる状況が分かりにくい面が多々あり、果たしてどれほどの観客がこの物語を完全に理解し得るだろうか…という疑問は残る。そこがもう少しクリアになれば中々の好編になっていたのではないかと惜しまれる。