市川雷蔵がニヒルな殺し屋役に挑戦!
「ある殺し屋」(1967日)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 町の片隅で飲み屋をひっそりと経営する塩沢は、他人には言えない秘密を持っていた。実は、彼は凄腕の殺し屋だったのである。塩沢は木村組の幹部、前田から敵対する組織のボスの暗殺を依頼されていた。そこで彼はターゲットに近づくために墓地裏の古びたアパートを間借りする。そこに圭子という女と前田という男がやって来た。3人は今回の計画を算段する仲だった。仕事は難なく成功するが‥。
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(レビュー) 市川雷蔵主演の犯罪映画。
普段は飲み屋の店主をしながら裏では殺し屋家業をしている男・塩沢を市川雷蔵がクールに演じている。彼の魅力を前面に出したスター映画然とした作りになっておりファンなら楽しめる内容だろう。
物語は序盤から塩沢をミステリアスに見せながら展開されていく。誰も住んでいない古びたアパートにわざわざやって来た彼は一体何を企んでいるのか?その目的は?彼の過去には一体どんなドラマがあるのか?こうしたミステリーを配しながらドラマは軽快に進行していく。
途中から映画は過去に戻り、塩沢と圭子と前田の出会いを描いていく。3人がこのアパートに集まってきた経緯が明らかにされ、これも面白く見るkとが出来た。
時制の交錯に躓くような所もなく展開は流麗にまとめられている。その中で語られる3人の愛憎劇も変にジメジメしておらずとても見やすくなっている。また、所々で見せるユーモアも中々に良かった。
監督は
「陸軍中野学校 雲一号指令」(1966日)で雷蔵とコンビを組んだ森一生。塩沢とケイコのヒモのやり取り、木村と前田のやり取りなどは、やや型にハマりすぎた感じもするが、きびきびとした演出は面白く見ることができた。
撮影監督は名手・宮川一夫である。他の傑作と比較してしまうと精彩に描く仕事ぶりだが、クライマックスのアクションシーンでは大胆なカメラワークが見られる。塩沢が敵を一網打尽にする様をアオリで延々と捉えたカメラは実に新鮮だった。
塩沢を演じた雷蔵以外のキャストも良い味を出している。圭子を演じた野川由美子のハスッパな感じ、前田を演じた成田三樹夫のシャープな存在感が映画全体に抑揚をつけている。こうした脇役陣の頑張りも本作の見所である。
シリーズ最終章。
「陸軍中野学校 開戦前夜」(1968日)
ジャンルサスペンス・ジャンルアクション
(あらすじ) 昭和16年11月、日米交渉の真っ只中、椎名次郎は極東米英軍から機密情報を得るべく香港へ飛んだ。次郎はイギリス軍のダイク大佐が宿泊するホテルに忍び込み極秘資料を入手する。しかし、敵に捕まり拷問にかけられた。その後、彼は現地の柏木中佐に救出される。次郎は汚名を挽回をするために、御前会議のメンバーの一人、大原博士に近づくのだが‥。
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(レビュー) 市川雷蔵主演のスパイ・シリーズ第5弾。
今回はサブタイトルにもある通り、真珠湾攻撃の前夜を舞台にしたスパイ合戦物となっている。
例によって90分弱のお手軽プログラム・ピクチャーゆえ、ストーリーに色々と穴は見つかるが、これまでに比べると随分と演出はスマートになっている。監督は前作に引き続き井上昭が務めている。
本作の演出の特徴の一つとして、シーンの省略が挙げられる。見ようによっては乱暴な展開という言い方も出来るが、こういうサスペンスは一々克明に描いていたのでは野暮ったくてつまらなくなってしまう。見ていて訳が分からなくなるというのは大問題だが、決して混乱するというほどではなく上手くメリハリが付けられていると思った。
緻密な演出も所々に見られた。特に、次郎と秋子の料亭での会話シーンは素晴らしい。二人のセリフをパンで繋いで、その後に窓ガラス越しに捉え、更にガラスに映る表情で切り替えす。ガラスを利用したアングルで二人のセリフを表現しきったところは見事だった。
ただ、先述の通りシナリオ、演出上の不満は幾つか見つかる。
例えば、看護士の部屋を探らなかったのは、これまでの次郎のスパイ歴から考えるとありえないことであろう。一発で証拠を掴めるというのに彼は敵がボロを出すのをじっと待つのみである。これには納得がいかなかった。
他に、敵のスナイパーの照準が反対側から当てられているなどといったミスも見つかる。こうした致命的なミスは見過ごす訳にはいかない。
尚、このシリーズは今作をもって終了となる。
市川雷蔵はこの年に病に倒れ、翌年に38歳という若さで亡くなった。彼は生まれつき胃腸が弱く、撮影中に下血をしたというエピソードも残っている。それを考えると本作は正に命がけの撮影だったのかもしれない。
もし存命だったら今頃は80歳である。一体どんな役者になっていただろう‥。急逝が忍ばれる。
シリーズの中では一番推理劇的な面白さがある作品。
「陸軍中野学校 密命」(1967日)
ジャンルサスペンス・ジャンルアクション
(あらすじ) 陸軍中野学校の諜報員、椎名次郎は突然スパイ容疑で逮捕される。彼は拘留所で元外務大臣・高倉と知り合った。その後、次郎は釈放され草薙中佐の元に呼び出される。実はこれまでのことはすべて、次郎が高倉に近づくために張り巡らした草薙の作戦だったことが明かされる。彼の話によれば、親英派の高倉は連合国の要人たちと親交が深い。その中にイギリスのスパイ、キャッツアイが混じっているかもしれないと言うのだ。次郎は草薙の密命を受けてその正体を掴むために高倉邸に潜り込んでいく。
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(レビュー) 市川雷蔵主演のスパイ・シリーズ第4弾。
今回はイギリスのスパイ、キャッツアイの正体を暴く隠密作戦が描かれる。
スパイが敵のスパイと対決するという話は、ある意味では定番ネタという事も出来るが、ドラマはミスリードを配しながら中々上手く作られていると思った。キャッツアイの正体はまさか‥という人物で最後はニヤリとさせられた。
序盤から次郎が逮捕されたり、酷い拷問にかけられたりと、これまでにない新鮮な導入部が良い。もっとも、その後はいただけなかったが‥。草薙が出てきて事の全貌を明かすのだが、次郎を追い詰めてまで高倉に近づかせる必要があったかどうか‥。少し周りくどい作戦のように思えた。
今回は二人のヒロインが登場してくる。この人物相関も今までにない新鮮な設定で面白いと思った。一人は高倉の長女・美鈴、もう一人はドイツ軍に情報を売っている浅井男爵未亡人である。夫々に高田美和、野際陽子が演じているのだが、これが中々に良かった。
美鈴は次郎に恋い焦がれるお嬢様で、愛する彼のために父の周辺を探っていく。健気に応える彼女のいじらしい姿が印象に残る。最後は浮かばれぬ結末を迎えるが、非情なスパイに愛は不要‥といったところか。これはまさに今シリーズが通して訴えるテーマでもある。
一方の浅井夫人は、ドラッグに溺れながら危険と隣り合わせの日常を送る魔性の女である。次郎と不倫に溺れながら、彼女は更なる危険に身を投じていくのだが、彼女の顛末にもスパイの非情さが伺える。美鈴とは対照的なもう一人のヒロインと言っていいだろう
演出はチープな物も見られるが、目立つ破綻は少ない。カメラワークも中々凝っていて、特に前半の次郎と浅井夫人のベッドッシーンからのシークエンスは秀逸だった。モルヒネを注射した夫人の目にカメラはズームアップしていく。自分はこの時点で彼女こそ"キャッツアイ″なのではないかと予想したのだが、実はそうではなかった。こうしたミスリード演出も今回はよく考えられていると思った。
人気スパイシリーズ第3弾。
「陸軍中野学校 竜三号指令」(1967日)
ジャンルサスペンス・ジャンルアクション
(あらすじ) 日中戦争を終結させるために渡航した日本の和平交渉団が何者かによって襲撃された。草薙中佐の命令で椎名次郎が事件が起こった上海へ飛ぶ。現場には1枚の銀貨が残されていた。次郎はその出所を突き止めようとナイトクラブの賭博場に潜入する。そこで彼は同僚の杉本に再会した。実は、彼もこの賭博場に出入りしている不審な人物を調査していた。
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(レビュー) 市川雷蔵主演の「陸軍中野学校」シリーズ第3弾。
今回、雷蔵演じる次郎が捜査するのは中国で起きたテロ事件。これには親日派で有名な事業家が関係しているのだが、それを調査するうちに彼はある人物にぶち当たる。それが杉本が調べる賭博場の裏の仕組みに繋がっていく。推理劇としては中々良く出来ていると思った。
ただし、駆け足気味な展開のせいで、黒幕の動機が弱かったり、関係者の繋がりがよく分からなかったりといった欠点はある。全体のボリュームを削ぎ落せばこのあたりは改良されたかもしれないが、やはりお手軽に仕上げたプログラムピクチャーの限界だろう。小品の割に欲張りすぎたという印象だ。
監督は森一生から田中徳三にバトンタッチされている。前作の平板さに比べれば今回はかなり挽回している。田中徳三も森一生同様、職人監督としての技量に長けた監督であるが、やはり一枚上手という感じがした。尚、彼は他に「悪名」シリーズ、「眠狂四郎」」シリーズといったヒットシリーズも手掛けている。娯楽の何たるかをよく弁えていると思った。
たとえば、賭博場のシーンや薄汚れた街路のシーンなどは、硬質なノワールタッチも相まって雰囲気がよく出ていた。また、クライマックスの金庫破りは、次郎の焦燥と危機感が絶妙なカットバックで演出され、さながらヒッチコック映画のような盛り上がりが感じられた。こうしたメリハリを効かせた各所の演出は見応えがある。
ただ、これはシナリオ上のご都合主義だろう。所々で強引な個所が見つかった。たばこの火でモールス信号とは、また随分と凝ったアイディアだが、作品内リアリティを考えた場合これは流石に無理がある。また、死のカードもいつの間にポケットに入っていたのか‥。こうした細かな部分での粗が気になった。
ラストは中々洒落ている。これはクールな次郎の精一杯の皮肉を込めた"仕返し″に思えた。このシリーズは時々こうして次郎のユーモアを引き出して見せるのだが、そこもまた今シリーズの魅力の一つである。
市川雷蔵演じる諜報部員・椎名次郎の活躍を描いたシリーズ第2弾。
「陸軍中野学校 雲一号指令」(1966日)
ジャンルサスペンス・ジャンルアクション
(あらすじ) 神戸で大型軍用船が何者かによって爆破される。陸軍中野学校を卒業した椎名次郎は、草薙中佐の命令で同僚の杉本と共に捜査に乗り出した。杉本は港湾の警備室に潜り込み本川という男に目を付ける。一方、彼の足取りを追っていた次郎は、その先で梅香という人気芸者と接触する。彼女は神戸憲兵隊の隊長の愛人だった。
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(レビュー) 市川雷蔵主演で送る「陸軍中野学校」シリーズの第2弾。
前作は次郎がスパイになっていく過程を描いたドラマだったが、今作からいよいよ実戦に身を投じていくようになる。今回彼が追うのは大型軍用船の爆破犯。本格的なスパイ・ミステリーを目指した作りになっている。
主演を果たした市川雷蔵のニヒルな佇まいは前作同様、今回も実に様になっている。「スパイに私情は禁物‥」という草薙中佐の教えを忠実に守る姿に非情な運命を見ずにいられない。特に、病気の母にまつわるエピソードは白眉だった。
一方、肝心のサスペンスはというとこちらは今一つである。今回の事件には梅香という芸者が絡んでいるのだが、次郎は真相を暴こうと変装して彼女の座敷を度々訪ねる。互いに相手の正体を知っており、このあたりのふたりの駆け引きは中々魅せる。
ただ、いかんせんプログラム・ピクチャー故の限界も感じられ、演出に強引な箇所が見受けられる。例えば、クライマックスの爆弾探し、佐々木の顛末、犯人の自白後の処理の仕方。このあたりは雑然としている。爆破はチープだし、あの落ち方でああはならないし、流血しないのも何だか白けてしまう。
監督は森一生。前作の増村保造に比べるとスマートな演出で見やすいと言える。ただし、余りにも全う過ぎて面白みには欠ける。プログラム・ピクチャーを主な活動場としていたベテラン監督なので低予算に適した作りにはなっているが、先に挙げた例のように所々の詰めの甘さが惜しまれた。
キャストでは、梅香を演じた村松英子が良かった。朗らかな表の顔と冷淡な裏の顔。このギャップに見応えを感じた。
また、草薙役の加東大介も前作同様、良い味を出している。彼は中野学校の生徒にとっては非情な教官だったかもしれないが、実は生徒思いな優しい一面も持っている。次郎の母親に対する献身的な看護などにはそれがよく表れていた。
この雰囲気。好きだなぁ。
「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」(2010日)
ジャンルサスペンス・ジャンルロマンス
(あらすじ) 3人の母娘が経営するバーで殺人事件が発生する。彼女たちは殺した男の死体から金品を奪うとバラバラにして山奥に捨てた。帰宅後、次女・れんは男が持っていたロレックスの腕時計が無いことに気付く。彼女は“何でも代行屋”の紅次郎を訪ね、事件のことを一切明かさず腕時計を探してほしいと依頼した。それを受けて次郎はどうにか腕時計を見つける。ところが、そこには肉片らしきものがついていた。不審に思った彼は、先頃仕事で知り合った女性刑事・安斎にそれを調べてもらう。すると鼠の肉という答えが返ってきた。それを聞いて次郎は安心する。一方、安斎は次郎を泳がせて事の真相を暴こうと捜査を始めていく。
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(レビュー) 石井隆監督が1993年に撮ったノワール映画「ヌードの夜」(1993日)の約17年ぶりの続編。人の良い代行屋・紅次郎が今度は一体どんな事件に巻き込まれていくのか?前作を見てる者としては興味深く追いかけることが出来た。
尚、前作を見ていなくても一応は理解できる内容となっている。ただ、前作を見た上で鑑賞する方がベターだろう。というのも、紅次郎のバックボーンを把握した上で見ると今作はより一層楽しめるからだ。
紅次郎という男は基本的に情に脆い男である。これは代行屋としては欠点であるが、一人の人間としては愛すべきチャームポイントになっている。前作「ヌードの夜」には、石井隆作品ではお馴染みの「名美」という名前の女が登場して次郎が翻弄されていく。「名美」とは石井作品に共通するヒロインの名前であり、ある種ファムファタールの象徴とも言えるが、その名美と次郎の関係性がこの続編でも踏襲されているのだ。
本作のれんは名前こそ違え、ある意味では名美に匹敵するような魔性の女である。次郎はまたしてもこの悪女に騙されて酷い目にあっていく。仮にも代行屋という職業をしていながらこの学習能力の無さは致命的と言わざるをえないが、それが彼の純粋さであり男としての本能である。そこに同じ男としてニヤリとさせられてしまった。あ~また引っかかってやがる‥という具合に‥。
物語は次郎がれんの過去を探っていくサスペンスで進行していく。クライマックスから少し意外な方向に靡いていくが、これも前作「ヌードの夜」を見ていると「あぁ‥なるほど」と思えた。普通のノワール映画で終わらないところがこのシリーズの面白い所で、少しオカルトチックな風情が加味されるのだ。前作は名美の怨念がキーとなっていたが、今作は殺された人々の怨念が事件の影にうごめいている。クライマックスにおける霊気が漂う独特の空間が映画に面白い効果をもたらしている。
ただ、次郎にとっての「れん」=「天使」という図式。それを単なる言葉だけでなく何らかのエピソードとして紹介して欲しかった。れんの過去を知っていくうちに自分は騙されていたと知る次郎。しかし、一度惚れてしまったからにはどうすることも出来ず、自分の愚かさを打ち消すべく自己弁護的に彼女を神格化していくようになる。果たして次郎にとって、れんはどこまで「天使」だったのだろうか?そこを明確にするためのエピソードは必要だったかもしれない。そうするとラストはより感動的なものになっただろう。
尚、れんを「天使のような少女」と例えるのは、いかにも紅次郎っぽいセリフで好きである。彼は基本的に純粋な男である。だから、こういう臭いセリフを吐いても何となく納得できてしまう。
紅次郎は前作に続き竹中直人が演じている。ハードボイルドを気取っていても肝心な所では墓穴を掘ってしまう情けなさは、彼にしか出せない味だろう。今回もハマリ役に思えた。但し、一部でヤリ過ぎて若干コメディっぽくに写ってしまったのは残念である。このあたりは抑制して欲しかった。
れん役を演じたのは佐藤寛子。彼女の体を張った演技は実に素晴らしかった。全てを曝け出してタイトルの「ヌードの夜」を体現している。ただ、ここまで病んだキャラであれば、自分の体に鞭をうつシーンはもう少し痛々しくやっても良かったかもしれない。少々ぬるい。
石井隆の演出は基本的には前作同様、クールに整えられていて作品世界観を堅実に構築している。アバンタイトルの死体を巡るシーンには少しブラック・ユーモアも施されていて楽しめた。一方でクライマックスの熱の籠った演出にも目がくぎ付けになった。メリハリを利かせた色彩も画面を艶っぽくしていて良い。
ところで、車のシートベルト使った殺しのアイディアは秀逸だと思った。こういう殺しのテクニックは自分は初めて見た。中々良い。
O・ウェルズの特異な気質が炸裂したノワール作品。
「黒い罠」(1958米)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) アメリカとメキシコの国境沿いで、町の権力者が乗った乗用車が爆破された。メキシコ政府の犯罪調査官バルガスと新妻スーザンは偶然それを目撃していた。彼は早速、事件の調査を開始する。ところが、そこにアメリカ人のクインラン警部が現れて、二人は意見を対立させていくようになる。一方その頃、ホテルに残されたスーザンの身に、バルガスに私怨を燃やす地元マフィアの魔の手が迫る。
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(レビュー) ある爆破事件を巡って二人の捜査官が激しい対立を繰り広げていくフィルム・ノワール作品。
監督・脚本はO・ウェルズ。正直お話の方は精彩に欠く。というのも、本作には爆破事件以外にもう一つ、バルガスを付け狙うマフィアの陰謀も絡んできて、この二つが微妙に絡み合いながら展開されていくのだが、それがストーリーを分散させてしまっている。爆破事件の方はお茶を濁されたような感じでカタルシスが薄いし、一方のマフィアの陰謀も中途半端なままで終わり釈然としない。きちんと構成されているならまだしも、どうにもとっ散らかった印象である。
とはいえ、本作を凡庸なサスペンス映画と言う気はない。ウェルズの卓越した演出、洗練されたカメラワークには見るべき点が多い。
まず、もはや語り草になっている冒頭の長回しからして引き込まれた。バルガスが爆破事件を目撃するまでをクレーン撮影で捉えているのだが、これが実に痺れる!ウェルズと言えば、デビュー作「市民ケーン」(1941米)の画期的な撮影が思い出されるが、この長回しにも彼の作家としての気質がよく伺える。実験的で野心溢れる映像スタイルは、彼の映画創作上の重要なオブジェクトの一つだった。それを実証して見せてくれるかのような長回しが、本作には冒頭のシーン以外に数度登場してくる。
また、コントラストを利かせたダークな色調も実に魅力的であった。ネオンライトを利用した照明効果はスリリングで、フィルム・ノワールとしてのムードが満点である。そして、特筆すべきはクライマックスの工場を舞台にしたスチームパンク風なトーンである。この不穏さ、この冷酷さには引き込まれた。
異様なほどクローズアップが多いことも本作の特徴だろう。悪心に満ちた人物のクローズアップを深々と捉えながら、シーンに興奮と緊張感をもたらしている。これは主にここぞという見せ場となるシーンで用いられている。
このように、今作はウェルズの演出テクニックが存分に味わえる作品となっている。ストーリーはまとまりに欠くが、ケレンミのある映像は大いに見応えがあった。
O・ウェルズはキャストとしても突出した存在感を見せつけている。彼が演じるのは悪徳刑事のクインラン警部である。ウェルズはこれをふてぶてしく、時に一抹の孤独を忍ばせながら好演している。
特に、M・ディートリッヒ演じる酒場の女(これも超然とした演技で素晴らしい)とのやり取りには奥行きが感じられた。彼の中に彼女に対する恋心があったかどうかは定かではないが、様々な深読みをさせるという意味では実に懐の深い演技である。
ただし、終盤は悪魔にでも憑かれたかのような怪演になってしまい、やや冷静さに欠いた演技となっている。トータルの演技プランからすると大仰と言わざるを得ない。
尚、彼の片足が不自由という設定も、決して効果的な設定のように思えなかった。常に持ち歩いている杖が、ある場面では重要なアイテムとして機能しているが、それ以外にこれといった使い道がない。どうせならば彼のバックストーリーに関わるような“意味”を含ませてほしかった。
一方、彼と対立する主人公バルガスはC・ヘストンが演じている。顔を黒く塗って髭を生やしてメキシコ人になり切っているが、外見からして無理がありすぎるし今一つ押しも弱い。ウェルズの圧倒的な存在感の前では影が薄くなってしまった。
尚、今回は短縮版での鑑賞だった。リバイバル時の完全版はそれよりも10分ほど長い108分となっている。
実際の事件を描いた社会派サスペンスドラマ。
「黒い潮」(1954日)
ジャンル社会派・ジャンルサスペンス
(あらすじ) ある夜、国鉄総裁・秋山の轢死体が発見される。毎朝新聞の記者・速水は現場に駆け付けた。当時は労働運動が盛んな頃で、秋山は先頃断行した大量リストラの恨みから殺されたのではないかと噂された。新聞各紙は他殺説を大々的に報じ、この事件は人々の注目を集めた。しかし、速水は根拠のない想像を報じるのははおかしいとして、上層部の反対を押し切って他殺説を控えた紙面作りを構成する。これによって新聞の売れ行きは落ち、彼は窮地に立たされてしまう。
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(レビュー) 1949年に起こった「下山事件」を元にした井上靖の同名小説を、俳優として活躍する山村聰が監督・主演を務めた社会派作品。
尚、下山事件はいまだに謎に包まれた事件である。主人公・速水は自殺説を唱えており、映画冒頭で秋山が列車に飛び込むシーンが登場するが、これはあくまで映画作りとしてのスタンスである。実際には自殺or他殺は謎のままである。
ちなみに、松本清張はこの事件を元に「日本の黒い霧」という小説を書いている。そちらは他殺説というスタンスがとられているそうだ(未読)。いずれにせよ、今となっては真相は闇の中である。
映画はストイックなモノクロ映像が重厚な雰囲気を漂わせるが、黒澤組の脚本家・菊島隆三の流麗な話運び、速水を含めた登場人物達のやり取りがハイテンションに展開され、見る者をグイグイと引き付ける力強い娯楽作に仕上がっている。
速水は正義感の強い真面目な男で、今回の事件に全精力を傾けていく。世間の多くが他殺説を唱える中、彼は性急に結論付けず、中立的な立場を貫いていく。普通なら新聞を一部でも多く売るために、他社と同じように他殺説という見出しで引き付けようとするだろうが、彼はそうしないのだ。その姿にジャーナリストとしての魂を見てしまう。
果たして、今の世の中に彼ほど客観的な視点で記事を書ける記者はどれだけいるだろうか?多くは会社にスポイルされてしまうか、不利益をもたらす厄介者として放り出されるのかのどちらかだろう。
時として人間は不都合な真実から目を逸らしたくなる生きものである。見ないで済むのならその方が楽だからである。しかし、速水はそうしなかった。どこまでも真実を追求しようとするのである。その姿は正にジャーナリストの鏡である。
速水のプライベートのドラマも中々面白く見ることが出来た。
実は、彼は過去に深い傷を持っている。仕事しか頭にない彼は妻を構ってやれず、彼女を死に追いやってしまったのだ。しかも、不倫相手の男と溺死体で発見された。警察は心中として片づけたが、速水にはどうしてもそれを受け入れることができなかった。妻は何故死んだのか?その理由を彼は今でも探し続けているのである。
このトラウマは秋山事件に対する彼の執念に大いに関係しているように思う。どちらも真実を見るまでは結論付けたくない、という思いがひしひしとこちら側に迫ってきた。実に重層的なドラマで見応えが感じられた。
新聞社内には様々な個性的な記者達が揃っている。こちらも今作の一つの見所である。特に、速水を全面的にサポートする山名部長という上司がいる。今回の速水の活躍は彼の助力無くしてありえなかっただろう。彼は物語のキーマンであり、部下に寄せる情愛には味わいが感じられた。
他にも、情報を足で稼ぐ記者達、編集部のマスコット的存在・事務員の節子といったサブキャラも夫々の良い役割を果たしていた。今作は基本的にはサスペンスドラマだが、一方で彼ら記者達の友情ドラマ的な側面もある。例えば、事件を取り巻く環境に一喜一憂し編集部でビールを飲み交わすシーンには、まるで青春ドラマさながらの微笑ましさがあった。また、ラストの送別会のシーンには何とも言えぬ哀愁が感じられた。しみじみとくる。
尚、この時に一人の記者が発したセリフが印象に残った。
「真実でうずまれた新聞なんてあると思うか?10年も記者をやってみろ!自分なんてものはみんな消えちまうわな!」
これは彼の本音だろう。そして、確かに現実はこうなのだと思う。何ともやりきれない思いにさせられるが、映画はこの現実を鋭く提示している。
活気に満ちた編集部の風景を微細に再現した美術監督・木村威夫の働きぶりも素晴らしかった。画面の隅まで手を抜かない山村聰の演出もさることながら、奥行きを感じさせる映像は木村の美術あればこそだろう。
ちなみに、劇中の季節は夏真っ盛りである。密閉された編集部のうだるような暑さは、記者達の熱気も相まって何倍にも暑く感じられた。皆が手拭いで汗をぬぐい団扇で仰いで仕事に専念している。その暑さを少しでも和らげるためか、編集部のど真ん中には大きなカキ氷が置かれている。皆がそれに触って暑さを凌ごうとするのだが、その光景の何とユーモラスなことか‥。こうした新聞社内のユーモア溢れるやり取りも、本作を娯楽作足らしめている魅力の一つである。
エンタメ・ムービーとしてはよく出来ているが、真偽は個々の判断で‥。
「ザ・コーヴ」(2009米)
ジャンルドキュメンタリー・ジャンル社会派
(あらすじ) 和歌山県太地町で行われているイルカ漁を追ったドキュメンタリー映画。
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(レビュー) かつての人気テレビ番組「わんぱくフリッパー」でイルカ調教師をしていたリック・オバリー氏が、撮影クルーと共にイルカ漁の実態を暴いていくドキュメンタリー。
アメリカのアカデミー賞でドキュメンタリー賞を受賞をした作品である。しかしながら、日本公開時には、太地町の漁師を悪意的に描いている、内容に偏向にあるといった声が上がり様々な物議をかもした。果たして本当にそのような内容になっているのか?ぜひこの目で確かめたいと思い鑑賞してみた。
まず、実際に見て驚いたのが、オープニングにLIONSGATEという名前が出たことである。この配給会社はジャンル映画でのし上がってきたカナダの映画会社である。主にホラー映画などを配給している。何となくこの時点で嫌な予感がしたのだが、実際に本編が始まると想像していた通りの作りになっていた。つまり、サスペンス、ホラータッチが入り混じったエンタメ優先な作りになっているのだ。これは純粋にドキュメンタリーと言っていいのだろうか‥そんな疑問を拭えなかった。
例えば、リック氏が撮影隊と一緒に変装して太地町に潜入する冒頭のシーン。リック氏は「私はこの町で殺されるかもしれない‥」などと呟きながら登場する。これが必要以上に不穏な空気感と危機感をまきちらす"演出″のように感じてしまった。実際に彼がそのような危険に晒される場面はこの映画には登場してこない。
その後も撮影クルーは地元漁師や警察と対立しながら危険区域への侵入を試みたり、隠しカメラ、暗視カメラを使って撮影を敢行していく。この様子がこれまた過度な"演出″によって描写されている。これではさしずめ、秘境の地にまだ見ぬ怪物を求めて足を踏み入れる川口探検隊そのものである。エンタメに特化した“見世物”のように写ってしまった。
そもそも、本作には客観的なデータが余りにも不足している。研究者や行政、公式的な統計といった資料が全くと言っていいほど提示されない。そればかりか、中にはとんでもない論法を持ち出してイルカ漁の危険性を提唱している。
例えば、イルカの肉に含まれる水銀の人体への影響を水俣病の記録映像に重ねて語っているが、これは同列に扱うべき問題ではない。この二つは量や質においてまったく異なるケースである。これでもってイルカ肉摂取の危険性を主張するのは、観客を混乱させるだけである。
ドキュメンタリーとは客観的な視点が伴って初めて成立するものだと思う。伝統的に続くイルカ漁にどんな意味があるのか?良いか悪いかは別として、まずはそこをきっちりと描いていくのが筋道ではないだろうか?
昨今、M・ムーア監督の登場によって、ドキュメタリー映画にもエンタメ性が必要とされる時代になってきていることは分かる。ドキュメタリーにだって作り手側のメッセージがある。ある程度恣意的になってしまうのは仕方尚ないことだ。しかしながら、そのメッセージに一理ある‥と思わせる努力は疎かにしてはならない。それを怠ってしまうとドキュメンタリーではなくバラエティ番組のようになってしまう。
ただ、この映画がすべからくお粗末な出来だと言うつもりはない。エンタメとして割り切ってしまえば、ラストなどは戦慄的である。それこそLIONSGATEお得意のホラー的興奮は存分に味わえる。
また、自分はイルカを食べること自体、今まで知らなかった。その事実を教えてくれたというだけでも今作を観た意味はあったように思う。知らないことを知れるというのもドキュメンタリー映画の意義だろう。だから、内容の偏向はあるものの一見の価値はある作品だと思った。どう受け止めるかは個々の問題である。
それよりも、この作品がアカデミー賞のドキュメンタリー賞を受賞してしまったという方が問題である。果たして、協会員はこの映画をどこまで真実と受け止めたのだろうか‥。そこが気になってしまう。
尚、IWC(国際捕鯨委員会)の会合風景が出てくるが、これも普段では中々見れない映像だと思う。日本と反捕鯨国の鍔迫り合いが生々しく切り取られており興味深く見ることが出来た。
食の安全について考えさせられる。
「フード・インク」(2008米)
ジャンルドキュメンタリー・ジャンル社会派
(あらすじ) アメリカの食品業界の歴史と裏側を描いたドキュメンタリー作品。
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(レビュー) アメリカの食品業界は一部の大企業によって支配されている。政治家との癒着、下請け農家への圧力、事故のもみ消し等、消費者の安全よりもコスト削減による効率化が進められ"儲け″が最優先されているのだ。これは実に恐ろしい状況だ。
幾つか衝撃的なエピソードが出てくるが、最も印象に残ったのは後半に登場するモンサントのえげつない利益誘導主義である。遺伝子組み換えの大豆の特許を取って、それを下請け農家に配ることで独占市場を築いている。有機農業をしたい農家は市場で潰されるか、モンサントに裁判で訴えられるので逆らうことが出来ない。今話題になっているTPPでもし遺伝子作物が日本に輸入された場合、日本の農家はどうなるのだろうか?太刀打ちできないのではないか?そんな不安が頭をよぎった。
肉牛のO157問題も深刻に描かれていた。これは肉牛の飼料を低コストなコーンに切り替えたことで始まった問題で、言わば一部の大企業の利益主導が引き起こした問題である。このあたりはBSEの問題にも似ている。
映画では、O157の牛肉を食べたことで子供を失った母親が登場してきて、議員たちにケヴィン法という法案成立の働きかけをする。この法律は簡単に言えば、農務省に工場の操業を停止できる権限を与える‥というものである。今のアメリカ政府にはその権限すらないのだ‥と思うと恐ろしくなってしまうが、似たようなことは日本でもあるような気がした。助成金と天下りによるお目こぼしが正にそうだろう。
ここで描かれている問題は、決して我々日本人にとっても他人事ではないと思う。アメリカの肉牛や原料、飼料の輸入は始まっている。もしかしたら知らないうちに口にしている‥ということもあるかもしれない。
映画は最後に消費者の権利として不買運動を挙げているが、おそらく我々が出来ることと言ったらまさにこれしかないだろう。選択の余地は各人に託されている。今一度、消費者としての権利を見つめなおす時が来ているのではないか。そんな気がした。