連合赤軍の映画撮影スタッフに迫った人間ドラマ。
「光の雨」(2001日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 連合赤軍の同志リンチ事件を描いた小説「光の雨」の映画化が決まる。CMディレクターの樽見がメガホンをとることになり、早速オーディションが始まった。そして、その製作現場を若き映画監督・阿南が撮ることになる。キャストが決まると撮影隊は知床の雪山で合宿ロケをスタートさせた。しかし、若い俳優たちにとって、当時の学生運動を理解するのは難しく撮影は途中で行き詰ってしまう。その時、樽見に差出人不明の一枚のハガキが届く。翌朝、樽見は撮影を放り出して行方をくらましてしまった。こうして後に残された阿南が監督を引き継ぐことになるのだが‥。
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(レビュー) 連合赤軍の同志リンチ事件は、
「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」(2007日)で詳しく描かれていたので、ある程度は知っていた。今改めてこの凄惨な事件を見せつけられると、実に居たたまれない気持ちになってしまう。今作は製作された順番から言うと「実録・連合赤軍~」よりも先である。鑑賞が前後してしまったが、もし今作を先に見ていたら、かなり衝撃を受けただろう。
監督は高橋伴明。元々はピンク映画出身で、日本初のヘア・ヌード映画「愛の新世界」(1994日)を撮った監督としても知られている人である。「愛の新世界」は性に奔放な女性の生き様をインモラルなシーンの連続で描いた作品だが、初のヘア・ヌードという宣伝文句の割にそれほど淫靡さは無く、むしろどこか清々しく見れる青春映画だった。そして、こうしたエロティックな映画を撮る一方で、この監督は今作のような社会派的な眼差しを持った硬派な作品も撮り上げる。また、このブログでは以前、同監督作の
「火火(ひび)」(2005日)を紹介したことがある。これなどは、陶芸家として成功していく女性のドラマ、骨髄バンク創設に尽力していく社会派的なドラマ、この二つが見事に融合した佳作だと思う。このように高橋伴明という監督は、一つのジャンルに固定されない器用な側面を持った作家と言える。
そして、彼の作品の大きな特徴は、いずれの作品からも力強いパッションが感じられる‥ということである。彼の演出はメロウで変に小難しい所はない。それゆえメッセージもストレートに伝わってくる。今作のように作品のモティーフにはかなり癖があるが、作り自体は大変明快で親しみやすい。
尚、今作でその資質が最もよく伺えたのは、阿南が失踪中の樽見を見つける劇場のシーンである。ようやくの思いで見つかった樽見だが、彼は撮影に戻らないと言う。その理由が、過去の悲劇と共に彼の独白で語られる。阿南とプロデューサーはその意を汲み、残りの撮影に邁進していくことを決意する。この展開、演出はかなり浪花節的である。
また、クライマックスに登場する光の雨のシーンなどは、幻想的なタッチで美しく撮られている。これも実にケレンに満ちた映像演出である。
ただ、こうした抒情的な演出は、やり過ぎてしまうとかえって無粋に見えてしまう場合もある。このさじ加減は実に難しい。個人的には、窓ガラスに写る倉重、上杉の独白、死体の目がグルンとひっくり返るといった演出には、受け付けがたかいものがあった。過剰で萎えてしまう。
物語は、撮影隊を追った現実のパートと、「光の雨」の劇中パートの2部構成になっている。撮影隊を追ったパートは、監督の樽見の疾走とそれを引き継いだ阿南を中心にして描かれている。劇中パートの方は、凄惨なリンチ事件を中心にして描かれている。前半は主に現実パートを、後半は劇中パートを中心に構成されている。
見応えを感じたのは、やはり劇中パートの方だった。「総括」と称して次々とメンバーをリンチしていく過程がじっくりと描かれていて、かなりの迫力が感じられた。ただ、「実録・連合赤軍~」の鬼気迫る圧迫感に比べると、本作は映画の中のドラマという形式になっているので、再現映像的なバーチャル感がある。その分、ソフトに感じられた。
尚、若い俳優たちが、自分の役や当時の事件についてどう考えているのか?それがメイキング映像を撮っている阿南のインタビューで告白されるのだが、これも興味深く見れた。ほとんどの若者たちが理解できないと答える。確かにそうだろう。その当時に生きた人間でさえ、この凄惨なリンチ事件を理解できた者などそういない。演じる側でありながら、それを理解できないという所に彼らの苦悩が見えてくる。俳優というのは大変な仕事である。
尚、キャストでは上杉を演じた祐木奈江が印象に残った。彼女はデビュー時こそトレンディドラマに出演しアイドル女優的な扱いを受けていたが、昨今は単身渡米し、D・リンチ監督の怪作「インランド・エンパイア」(2006米ポーランド仏)やC・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」(2006米)などに出演している。最近は演技派としての着々と実績を積み上げている最中である。今作ではボソボソと早口でしゃべる陰険な女性リーダー役を嫌らしく演じていて良かった。
「ヒーロー」=「暴力」というアンチテーゼにノックアウト!
「ヒーローショー」(2010日)
ジャンル青春ドラマ
(あらすじ) お笑い芸人を目指して上京した青年ユウキは、元相方の剛志に誘われてヒーローショーのバイトを始める。ところが、来て早々、剛志が恋人をメンバーのノボルとツトムに奪われたことでステージは大乱闘になってしまう。剛志は知り合いのチンピラに頼んでノボル達を恐喝した。すると、今度はツトムが兄の拓也に相談し、幼馴染で元自衛隊員の勇気に報復を依頼する。こうして抗争は激化し、ユウキは取り返しのつかない事件に巻き込まれてしまう。
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(レビュー) 暴走する青年達の姿を過激なバイオレンスシーンで描いた青春映画。
本作を見てL・クラーク監督作の
「BULLY/ブリー」(2002仏米)を思い出した。若者たちの無軌道な暴力を社会風刺の中に描いた「BULLY/ブリー」は、色々な点で本作と相関する。どちらも、若者たちの鬱屈した感情が見えてくるような作品である。ただ、大きな違いもあって、今作は暴力を犯した"罪"に重点を置いて作られている。暴力へ傾倒していく過程に重点を置いた「BULLY/ブリー」とは違ったアプローチになっており、そこに虚無的だった「BULLY/ブリー」にはないドラマチックさがある。言わばこの「ヒーローショー」は、ユウキ達の"罪と罰"のドラマとなっている。
監督・脚本は井筒和幸。こうした粗野な青春映画を撮らせれば上手い監督で、過去には「岸和田少年愚連隊」(1996日)という関西青春グラフィティ物がある。ただ、今回は「岸和田~」等で見られるコメディトーンは抑制され、完全にシリアスな青春ドラマになっている。中々骨があって面白く見れた。
物語はユウキと勇気、同じ名前の二人の青年の関係を中心に展開されていく。ユウキはお笑い芸人を目指す気弱な青年で、勇気は元自衛隊員でバツイチ子持ちの女性との結婚を考えている大人びた青年である。物語前半は、ヒーローショーのバイト仲間の痴話喧嘩を発端にした報復合戦で展開される。その結果、中盤である取り返しのつかない事件が起こり、それによってユウキと勇気の運命が狂わされていく。
最も印象に残ったのは、中盤のユウキ達と勇気達のグループの喧嘩のシーンだった。ここでのリンチはかなりねちっこく撮られている。おそらく井筒監督も相当力を入れたのだろう。増幅していく憎しみが徐々に暴力をエスカレートさせていく過程は見ていてかなり恐ろしかった。普段ならいじめられっ子であろうツトムでさえ、我を忘れてリンチに加担してしまう。ある種、これは集団心理の恐ろしさとも言えるが、このカオス感がたまらない。また、暴力を振るう人間とそれを静止する人間、夫々の立場が目まぐるしく入れ替わるのも、かなり恐ろしかった。ほとんど躁状態である。
ただ、一方で恐ろしいとは思いながらも、何故かそれを見て興奮する自分もいた。血なまぐさい暴力から目を離せなかった。そう思えてしまう一番の要因は、リンチの標的にされる青年が傲慢で傍若無人なキャラクターだったからだろう。彼に酷い目に合されてきた青年達の報復にはある種の爽快感が感じられ、自分も暴力という名のウィルスに感染してしまったかのような感覚に捕われた。実に恐ろしいことだが、それだけこのシーンには力強さとリアリティがある。
後半からは、この暴力に加担したユウキと勇気の関係を中心に、夫々の運命が語られていく。周縁のドラマがやや散文的で食い足りず、前半で見られたようなスピード感、迫力が失われてしまったのは残念だったが、ユウキと勇気の人生の対比、そこから生まれる二人の葛藤は見応えがある。
また、勇気と拓也の微妙な関係も面白い。二人は友人関係ではあるが、決して親友というわけではない。拓也は勇気を最強のヒーローと持ち上げているが、それは本心ではないだろう。上手く利用してやろう‥。その程度くらいにしか思っていないはずである。そして、それを知ってか、勇気も拓也には決して本心を見せない。この二人の抜き差しならぬ関係は場面場面によって変化する。その時の夫々の心理を想像してみるとこの関係はかなり面白く見れる。
ラストは、実にしたたかに締めくくられている。安易に結を下さなかった幕引きに賛否あろうが、ラストの「SOS~♪」がユウキの心を代弁しているかのようだった。おそらく彼の前には荊の道が広がっているだろう。しかし、罪を犯した者には一生罰がついて回る。この苦々しさもまた真理である。ズシリと余韻を引く終わり方だった。
シナリオについては所々で穴が目につく。例えば、中盤のリンチ事件の社会的影響はほとんど描かれておらず、どうにも不自然に映ってしまった。また、あの30万はどうなったのか?どうして場所を突き止められたのか?よく分からない。他人の映画を見る目が厳しい井筒監督のこと。観客に対しても決して親切な作家ではない。そのあたりは想像してくれ‥ということなのかもしれない。
主演二人を演じたジャルジャンの演技は良かった。かつて「岸和田少年愚連隊」でナイナイを見事に演出した井筒監督だが、ここでも再び演技未経験のお笑いコンビを上手く使っている。もちろん、元々のポテンシャルもあるのだろうが、彼らの良い意味での、演技臭くない演技が新鮮で良かった。
SHO-GUNGの友情が愛おしく見れた。
「SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者」(2012日)
ジャンル青春ドラマ・ジャンル音楽
(あらすじ) 埼玉で細々と活動するヒップホップ・グル―プ”SHO-GUNG”を脱退したマイティは、東京のインディーズ・グループ”極悪鳥”のパシリをしながらステージに立つ夢を追いかけていた。そして、ついに彼はラップ・バトルの大会で決勝戦に登り詰める。ところが、極悪鳥のリーダーからわざと負けるよう命令される。彼は仕方なくそれに従った。しかし、怒りが収まらなかったマイティはリーダーを暴行して半死の目に合わせた。東京にいられなくなった彼は、恋人を連れて栃木へ逃亡する。そこで不法商売しているヤクザの元で働き始めるのだが‥。
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(レビュー) インディーズ・ムービーながらカルト的な人気を博した
「SR サイタマノラッパー」(2008日)シリーズの第3弾。尚、この間に第2作「SR サイタマノラッパー2~女子ラッパー☆傷だらけのライム~」(2010日)が製作されている。自分は未見だが、見ていなくても今作は十分理解できた。
今回は、第1作で”SHO-GUNG”を脱退したマイティのその後のドラマが描かれている。名声を求めて東京に出た彼は事件沙汰を起こして栃木へ渡り、そこでも犯罪に手を染めていくようになる。何をやっても上手くいかず自暴自棄になっていく様は実に鮮烈で、中途半端にしか生きられないルーザーの哀愁に切なくさせられた。
その一方で、今作はマイティの元仲間、イックとトムの物語もフィーチャーされていく。彼らは今でも夢を諦めずSHO-GUNGとして地道な活動を行っている。栃木で行われるフェスに参加するために遠征するのだが、そこでマイティとどうやって再会するのか?そこがこのドラマの見所である。落ちぶれていくマイティのドラマ、上昇していくイックたちのドラマ。この対比がドラマチックに描かれている。
特に、クライマックスとなるフェスのシーンは、驚異的な長回し効果もあってかなりの見応えが感じられた。ステージの上と下に分け隔てられた両者に青春の"陽”と"陰”を見てしまう。実に残酷な対比だが、現実の何たるかを厳しく捉えた所に好感が持てた。その後に続くラストシーンも1カット1シーンで撮られており、やはりドラマチックで見応えが感じられた。
監督・脚本は俊英・入江悠。なんと言っても、彼の特徴はこの長回しの演出にあるように思う。低予算・小規模のインディーズ界では昨今デジタルカメラの普及が目立つが、彼はその汎用性を知り尽くしている監督の一人と言っていいだろう。
特に、先述のクライマックスにおける、フェスの周囲を回り込む約15分にも及ぶ長回しは見事である。マイティが車から降りてからの一連の動作が、手持ちカメラによって臨場感たっぷりに切り取られている。多くのエキストラ、スタッフを巻き込んだ大掛かりな撮影であり、この労には素直に拍手を送りたい。無論、ドラマ的に言ってもここはキーとなるシーンで、一番盛り上がるシーンとなっている。
ただ、流石に強引な個所もあって、例えばマイティは一旦会場から逃げ切っているが、あのスピードで、しかもあれだけ大勢に追いかけられたら普通は捕まりそうなものである。おそらく本気で走ったらカメラが追いつけない。だから少し余裕を持った走りになっているのだろう。このあたりはどうしても不自然に見えてしまった。
他に、マイティがバーの女を灰皿で殴りつけるシーンも、アクションが弱く不自然極まりない。前半で彼が極悪鳥のリーダーを本気で殴っていた迫力に比べれば、何とも間の抜けた演出となっている。
出演陣は第1作から引き続き変更ない。夫々に敵役だと思ったが、今回はマイティが主役ということで、演じる奥野瑛太のパッションの詰まった演技が印象に残った。第1作ではそれほど目立っていなかったのだが、今回は夢に散っていく姿を鮮烈に演じている。本シリーズをきっかけに彼は次々とTVドラマに出演しているが、今後の活動が楽しみである。イックとトムも相変わらず良い味を出している。マイティを含めた彼ら3人の友情は愛おしく見れた。
また、今回は舞台となる栃木県から、日光出身のヒップホップ・グループ"征夷大将軍”が出演している。こちらも個性的な4人グループで見ていて楽しかった。イック達に負けず劣らずの存在感を見せつけている。
愚直な情熱を綴った音楽青春映画。
「SR サイタマノラッパー」(2008日)
ジャンル青春ドラマ・ジャンル音楽
(あらすじ) 埼玉の田舎でラッパーになる夢を抱く青年イックは、ヒップホップ・グループ"SHO-GUNG″のメンバーとして日夜活動していた。しかし、仲間のトムやマイティはバイトや家業の手伝いに忙しく、未だにライヴも出来てない。そんなある日、イックは中学時代の同級生・千夏に再会する。千夏は東京でAV女優として活躍していたが地元に戻ってきたのだ。彼女はイックの夢をバカにする。これに奮起したイックは伝説のトラックメーカー、タケダ先輩の協力を得て、ライヴに向けて本格的に動き出す。
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(レビュー) ラッパーになる夢を追いかける青年をユーモアとペーソスで綴った音楽青春映画。
インディペンデント映画ながら単館系で異例のヒットを飛ばし、後に2本の続編が作られた人気作である。監督・脚本は若き俊英・入江悠。
さすがに小規模作品と言うこともあり、作りに粗さが目立つ。しかし、イックのプロになりたいという一途な思いには青春映画然とした輝きが見られ、ラストも実に不格好だがこれぞ青春‥という清々しさに満ち溢れている。得てしてこの手のドラマは安易にサクセス物に流れがちだが、そういった強引さも無く、非常に現実を見据えた締め括り方になっていて好感が持てた。
本作の主人公イックは、夢だけは一人前に語る、いわゆるヘタレである。しかも、仕事もしないで部屋でゴロゴロしているニートで、客観的に見て世間知らずなお坊ちゃんでしかない。いい年していつまで夢みたいなことを語っているのだ‥と普通の人なら誰もが思うだろう。バイトや家業を手伝うトムやマイティの方がよっぽど現実を見据えているし、AV女優として裸一貫で稼いできた千夏、あるいは東京に出て行った他のメンバーたちの方がよっぽど大人である。結局、イックは夢だけ語って田舎でくすぶっている臆病者なのである。千夏はそんな彼を鼻で笑う。
この千夏というキャラクターは中々魅力的なキャラだと思った。彼女は東京に出たが夢破れて帰ってきた元AV女優である。書店の事務室における彼女とイックのやり取りが面白い。ここで彼女はイックのことを「宇宙人」と言ってバカにする。ラッパー・スタイルで粋がるイックは、それだけこの田舎町では奇異な存在‥ということなのだろう。
そして、彼女は事あるごとにイックに固執し罵倒する。その理由も何となく想像できる。つまり、過去の自分を思い出させるからなのだと思う。おそらくだが、千夏自身もアイドルになりたくて着飾ってこの町を闊歩していたに違いない。何の根拠もないのに自分に酔っているだけの人をよく「イタい人」というが、正に現在のイックも傍から見ればイタい人である。千夏にとって、イックは過去のイタい自分を思い出させる憎むべき存在なのである。
こうして見ると、イックと千夏の関係は、ある種合わせ鏡のように思えてくる。夢を追いかける者と、夢に破れた者。陽と陰である。この二人のやり取りはドラマの核心を成す物とも言え、終始面白く見ることが出来た。
ただ、そんなイタい人、イックであるが、自分はどうしても彼のことが嫌いにはなれなかった。ここまで純粋に夢を追いかけることが出来ること自体、素晴らしいことではないだろうか。少なくとも夢を見ることを止めてしまった千夏に比べたら輝いて見える。それに、最終的に彼はニートを脱している。相変わらず思考は甘ちゃんであるが少しは成長しており、そこに自ずと愛着感も湧いくる。何だか放っとけないような、応援したくなるような気持ちに駆られた。
入江悠監督の演出は、終始客観的な眼差しに拠ったスタイルが採られている。例えば、各所に登場するロングテイクなどは、その場の空気感をリアルに捉え、緊迫感や臨場感を生んでいる。
特に、市民の集いのシーンは白眉の出来栄えである。イックたちとスーツ姿の大人達との受け答えが描かれているのだが、この生々しさには目を見張るものがあった。イック、マイティ、トム、夫々のセリフが個性的で3人のキャラクターが映えている。また、このシーンはイックたちに現実の何たるかを突き付けたという意味でも、非常に重要なシーンとなっている。大変見応えが感じられた。
美しくて残酷な青春寓話。
「PiCNiC」(1996日)
ジャンル青春ドラマ
(あらすじ) 少女ココは両親に連れられて精神病院にやってきた。彼女はそこで教師を殺害したツムジと彼の親友サトルと出会う。ある日、3人は病院の塀の上を歩いて外の世界に出た。やがて彼らは1軒の教会に辿りつく。ツムジは神父から聖書を貰い、突然信仰心に芽生えた。そして、世界の破滅を信じ込む。やがて3人は、世界の最期を見ようと歩き始めるのだが‥。
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(レビュー) 若者たちの刹那的な生き様を描いた作品。
監督、脚本、編集は岩井俊二。いかにも氏らしい浮遊感を漂わせた寓話になっており、儚く残酷で美しい青春ドラマが綴られている。
鑑賞順は前後してしまったが同監督の
「リリイ・シュシュのすべて」(2001日)に共通するようなテーマが読み取れたことは興味深い。「リリイ・シュシュ~」は、孤独な若者たちが偶像であるアーティストにのめり込んでいく話だったが、ここでは同じように世間から孤立する若者たちが世界の破滅という、ある種夢想に取り込まれていくというドラマになっている。大人たちが彼らを抑圧する存在であることも共通していて、この両作品にはかなりの相似点が見られた。
そして、ここでも岩井俊二は常に若者たちの目線に拠ってドラマを紡いでいる。
ツムジ達は過去に事件を起こして、ここにやってきた精神疾患者である。ある意味では、無垢な子供たちとも言えるが、それゆえ彼らの行動は直情的で残酷である。
例えば、自暴自棄とも言えるラスト。これなどは彼らの純粋さがよく表れたシーンである。世界の終わりを求めてさ迷い歩いた彼らは、結局現実を捨て夢に生きることを選択する。この余りにもバカ正直な、そして余りにも哀しいラストは鮮烈である。彼らは純粋すぎたのだろう‥。
ただ、こうした精神疾患を患った主人公たちなので、彼らの視点に寄ったドラマは当然抽象的で混沌としている。そこは見る方としても手こずる部分である。
例えば、ココとツムジが何故事件を起こしたのか?その理由は一応セリフでは説明されているが、具体的な背景までは見えてこない。それゆえ、彼らの葛藤もまるで雲をつかむかのようにモヤモヤとしている。そこは観る側が積極的に想像するほかない。また、ツムジが突然神様を信じたり世界の破滅を予言したりするのも、普通に考えたら理解できないだろう。
このようにココたちは常に奔放で何を考えているのか分からず、そのため彼らの心中にすり寄ることは大変難しい作品となっている。作り方にかなりクセがあるため、好き嫌いがはっきりと分かれる作品だと思う。
映像は、岩井監督らしい美的感性が随所に炸裂している。特に、真っ青な空をバックにココが塀の上を疾走するシーンの解放感が素晴らしかった。また、フォトジェニックに切り取られたラスト・シーンも忘れがたい。
一方で病院内の映像は暗くジメジメしたムードで撮られている。ツムジが幻視する教師の造形は、本来の岩井カラーと趣を異にするホラー風味になっているが、これは中々面白かった。特殊メイクが稚拙なため滑稽に見えてしまうのだが、そこも含めて何とも形容しがたい薄気味悪さを覚えた。
キャストは、ココ役をChara、ツムジ役を浅野忠信が演じている。Charaはカラスの羽根で作った全身黒づくめの衣装を身にまとい、メンヘラ気味な少女を独特のトーンで演じている。浅野忠信は真っ白な服を着て、真っ黒なCharaとの対比を見せている。両者とも演技云々と言うよりも雰囲気が抜群に良かった。尚、二人は今作を機に結婚した。
一方、牧師を演じたムーンライダーズの鈴木慶一は演技が素人過ぎてダメである。元来俳優ではないのだから、これは完全にミス・キャストと言えよう。
尚、今作は1994年に製作された作品だが、一部の暴力シーンが問題となり、その部分がカットされて劇場公開された。今回見たのはカットされたバージョンである。その後、2013年のベルリン映画祭で完全版が上映された。現在は完全版がブルーレイでリリースされている。ちなみに、カットされたのは精神病院でココたちが折檻されるシーンらしい。おそらく倫理的な問題でカットされたのだろう。
美しい映像は必見。
「言の葉の庭」(2013日)
ジャンルアニメ・ジャンル青春ドラマ・ジャンルロマンス
(あらすじ) 靴職人を目指す高校生タカオは、ある雨の日に学校をさぼって公園で靴のスケッチを書いていた。そこで缶ビールを飲む女性ユキノと出会う。以来、二人は雨の日になると、そこで交流を育んでいった。タカオは次第にユキノに惹かれていくのだが‥。
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(レビュー) 高校生の少年と孤独な女性の愛を繊細なタッチで描いた中編アニメーション。
原作・監督・脚本は新海誠。
「秒速5センチメートル」(2007日)の所でも書いたが、彼の演出スタイルは非常にスタイリッシュである。ある種絵画的映像美が際限なく追及された所にその才覚が伺えるが、これは彼が独自の作家性を前面に出すことが許されている環境にあるからであろう。
彼の作品をこれまでプロデュースしてきたのはコミックス・ウェーブ・フィルムという会社である。ここは、クリエイターの作家性を重視した作品作りを行っている会社で、こうした支えを借りながら新海誠はオリジナリティ溢れるアニメーションを作り続けることが出来ているのである。
物語は、少年の初恋を抒情的に綴っもので中々味わい深い。この年頃の少年にとっての夢や希望、大人の女性に対する憧れが如何に人生にとって大きいものか。それが丁寧に描けていると思った。
また、タカオの家庭環境は少し変わっていて、そこに彼のバックスボーンも嗅ぎ取れる。これも色々と想像してみると面白い。
今作は基本的にタカオの視座で進むドラマであるが、一方でユキノの方に目を向けると、彼女にも彼女なりのドラマが見えてくる。こちらは仕事や恋に悩む大人の女性のドラマになっていて、これも中々面白いと思った。ただ、タカオに比べるとどうしても紋切り的で、一定のリアリティは感じられるものの、彼女が抱える悩みは掘り下げ不足という感じがした。今作は50分足らずの中編作品である。もう少し時間があればこちらも充実したものに出来たかもしれないが、このあたりは致し方がない。
映像は今回もひたすら美しい。先述したように、これは新海作品の大きな美点である。今回はほとんどが雨が降る公園を舞台にしたタカオとユキノの会話劇になっているが、この背景が非常に美しく描写されていて感心させられた。特に、雨粒で煙る空気を映像として見せたセンスには脱帽である。実写では中々ここまで美しくは表現できないであろう。アニメーションならではという感じがした。
ただ、こうした美点には落とし穴もあると思う。美しい映像で塗り固められた世界観は、時として創作者のナルシシズムばかりが目立ち、ドラマをどこか浮世離れした物に見せてしまう場合もある。自分は新海作品の中に必ずこのあたりの功罪を見てしまう。そのせいで「秒速5センチメートル」は余り肌に合わなかった。美しい映像ばかりが目立って、ストーリーや人物の葛藤が後方に追いやられてしまったからである。肝心のドラマが物足りなかった。
しかし、今回は「秒速~」に比べると主人公たちの葛藤はしっかりと描かれているし、ストーリーも小品に合ったサイズで余り破天荒な感じを受けなかった。おそらく新海監督の繊細なタッチは、SFやファンタジー、大河ドラマよりも、こうした日常に起こる細やかなドラマの方が合っているような気がする。
この映像世界は今見ても新鮮!
「ダーククリスタル」(1982米)
ジャンルファンタジー・ジャンルアクション
(あらすじ) 惑星トラは凶暴な種族、スケクナシ族によって支配されていた。彼らの城には、不思議なパワーを持った伝説のダーククリスタルがあった。一方、絶滅の危機に瀕していたゲルフリン族の少年ジェンは、穏やかな種族、ミスティック族の長老に拾われ育てられていた。彼は死の床にあった長老から、ダーククリスタルにまつわる伝説を聞かされる。そして世界を暗闇から救うためにクリスタルを求めて旅立った。その後、ジェンは旅先で同じゲルフリン族の少女キーラと出会う。そこにスケクナシ族の攻撃が始まり‥。
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(レビュー) 全編マペットで作られたファンタジー映画。
伝説のクリスタルの謎を解き明かす冒険が、壮大な世界観の中で繰り広げられている。
ストーリーは大仰で物足りないが、今作の見所は何と言っても緻密に作られた映像にあろう。
監督は「セサミストリート」のマペット操演で有名なジム・ヘンソンとフランク・オズ。また、製作には「スター・ウォーズ」(1977米)の製作者ゲイリー・カーツが参加している。ヘンソンは「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」(1980米)にスタッフとして関わったことがあり、、その流れからカーツが本作の製作に参加したものと思われる。尚、「帝国の逆襲」から登場したシリーズの顔、ヨーダの声とマペット操演は、今作の共同監督であるフランク・オズが担当している。
このように今作と「スター・ウォーズ」の間には密接な関係がある。その背景を知ると、ダーククリスタルを求める今作のジェンの冒険は、「スター・ウォーズ」のルーク・スカイウォーカーの冒険と何となく似ているような気がする。
さて、なんと言ってもこの映画は独特の世界観が素晴らしい。美術背景、クリーチャー、全てにおいて隙のない作りで完成度が高い。無論、マペット操演を知り尽くしたヘンソンだけに、各クリーチャーの動きも絶品である。一部で人間が入った着ぐるみ演技もあるが、基本的にはアニマトロニクスによる操演である。撮影にはかなりの手間暇がかかったのではないだろうか。
個人的には、スケクナシ族が作った機械兵士ガーシムと、ジェンとキーラの旅を助けるランドストライダーが好きである。ガーシムはヤドカリとカニを足して二で割った感じのビジュアルで、一体どうやって操演していたのだろうか?複数本の足が自然に動いていて驚かされた。ランドストライダーは長い4つ足で歩く顔がアザラシみたいなクリーチャーである。これもデザインが奇抜で面白かった。
また、森の中の映像も見応えがあった。まるで生きているかのように画面の端々の植物たちが静かに息づいている。こうした微細に渡るこだわりが、本来ありえないファンタジー世界にリアリティをもたらしている。
怪獣てんこ盛りのバトル映画。
「大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE」(2009日)
ジャンル特撮・ジャンルSF・ジャンルアクション
(あらすじ) ウルトラマンベリアルは、ウルトラ戦士の故郷、光の国を追放されて幽閉される。そこをレイブラッド星人の手によって解放された。ベリアルは、100体の怪獣を召喚できるギガバトルナイザーを手に光の国に復讐を果たした。難を逃れた一部の戦士たちは、ベリアルに敢然と立ち向かっていく。
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(レビュー) 元々はカードゲームから派生したTVシリーズがあり、その流れから製作された映画である。尚、今作の前に「ウルトラギャラクシー大怪獣バトル」、「ウルトラギャラクシー大怪獣バトル NEO」2本のTVシリーズが放映された。そちらは未見である。
正直、ストーリーがゴチャゴチャして今一身が入らなかった。
一応主人公は先のTVシリーズ同様レイだと思うのだが、彼は自ら変身して戦うわけではない。彼は怪獣を召喚して戦うのだ。そこにそもそもの問題があるように思った。最終的に今作の最強の敵ベリアルと戦うのは、同じように光の国を追われたウルトラマンゼロである。これでは何だかゼロが主役のように思えてしまう。こういうストーリーではカタルシスが生まれてこない。
尚、ウルトラマンゼロは今作で初登場した後、人気を博して様々な作品で展開を見せていくようになる。
「ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦!ベリアル銀河帝国」(2010日)でも活躍を見せていた。
他にも様々なキャラが登場してきて、全体的に詰め込み過ぎな感がする。例えば、ウルトラマンダイナなどは脈絡なく登場してきて活躍するのだが、あくまで画面を賑わすサブ的な要員でしかない。ダイナ独自の戦いが描かれるわけではなく、本筋に食い込むだけの必要性が余り感じられなかった。
今回は大怪獣バトルと名打っているだけあって、いわゆるオールスター物になっているわけだが、見た目のお祭り感はよく出ているが、実際にそれがストーリーを上手く盛り上げているかと言われると正直微妙な感じがした。
一方、アクションシーンに関しては中々見応えが感じられた。監督の坂本浩一はアメリカやニュージーランドを拠点に活躍した才人らしく、それが良い意味で旧来のバトルシーンを一新している。CGとワイヤーアクションを駆使したスピーディーな格闘シーンは非常に刺激的である。特に、序盤のベリアルとウルトラ戦士たちの戦いは、さながらジャッキー・チェン映画のような躍動感が感じられ興奮させられた。
また、基本的に今作は復讐劇というハードなドラマになっているが、所々にコミカルな演出を用意している。これも映画を見やすくしようという監督のサービス精神が感じられて良かった。暴走したレイをヒュウガがパンチで沈めるシーンは、まるで冗談みたいな演出だったが、思わず笑ってしまった。
また、呆気なく倒されてしまうダダ星人もヲタヲタ逃げ回るだけで何だか可愛らしかった。今作には100体もの怪獣が登場してくる。懐かしい怪獣、知らない怪獣がたくさん出てくる。そういう意味では、ちょっとしたお得感が味わえる映画かもしれない。
こういうのをハリウッドでやってくれるのは画期的。最初で最後かもしれない。
「パシフィック・リム」(2013米)
ジャンルアクション・ジャンルSF
(あらすじ) 近未来、太平洋の深海から次々と現れた怪獣によって人類は滅亡の危機に瀕していた。人類は怪獣を倒すべく巨大ロボット、イエーガーを作ってこれに抗戦する。一時は優勢だったが、怪獣たちも徐々に強力になり、残るイエーガーはたったの4体になってしまった。かつて怪獣との戦闘でトラウマを植え付けられたイェーガーのパイロット、ローリーは再び戦場に駆り出される。そこで出会った日本人研究者マコと共に新たな戦線に向かうのだが‥。
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(レビュー) 巨大ロボットと巨大怪獣の戦いを迫力の映像で描いたSFアクション作品。
正直、ストーリーは突っ込みどころ満載だが、そのマイナス点を補って余りある日本特撮・アニメに対する敬愛、そこに愛着感を覚えてしまう。しかも、これだけの製作費をかけて作ってくれたのだから、 共同製作・監督・脚本のギレルモ・デル・トロには足を向けて寝れない。本来ならば、こういうのは日本の伝統芸能なはずである。それを彼が世界的規模でやってしまったのだ。
元々、彼は日本のアニメや特撮を信奉していたらしい。これまでの作品を見ても、そんな嗜好は微塵も感じられなかったが、各インタビュー記事を見る限り、どうやらそれは本当らしい。だからこそ、ここまでの作品が撮れたのだろう。そこかしこに日本特撮・アニメの影響が見られる。
個人的には「新世紀エヴァンゲリオン」、「機動戦士ガンダム」、「ウルトラマン」シリーズ、「ガメラ」シリーズ等が思い浮かんだ。その他にも「マジンガーZ」や「ゴジラ」シリーズなども連想させられた。
しかも、この映画がすごい所は、これらが単なる”ファション”に見えないことであって、全てにドラマ的な意味とギレルモ監督の”愛”が感じられるのである。別にパクっているわけではなく微妙にアレンジされており、そのあたりの細かなこだわりにも好感が持てた。
尚、個人的には香港の戦闘シーンが一番燃えた。いかにもヒーロー映画然とした展開であるし、ドラマの転換点としても重要なシーンとなっている。
キャストは、それほど大物はおらず、むしろ地味と言っていい布陣となっている。ただ、逆に言うとまっさらな状態で見れると言う意味では良いキャスティングだったように思う。唯一、ギレルモ作品の常連R・パールマンが出てきて、今回も強烈な個性を発揮している。彼は後半から目立った活躍を見せていくようになる。彼のようなベテランが脇を固めることで、ドラマもしっかりと支えられていると思った。
尚、今回は3D吹き替え版での鑑賞だった。本当はIMAXで見たかったのだが、タイミングが合わず結局普通のMASTER IMAGEになってしまった。したがって、どこまで3Dの迫力が実体験できたのかは分からない。
また、今回は吹き替え版がかなり豪華である。それを聞けただけでも少しを得をした気分になった。
斬新な構成で描いたサスペンス作品。
「LOOK」(2007米)
ジャンルサスペンス・ジャンル社会派
(あらすじ) アメリカには至る所に監視カメラが設置されている。そして、毎日市民の行動は記録されている。今時の女子高生二人組はデパートで担任教師に色目を使っていた。レジ係の女性店員は上司からセクハラを受けていた。倉庫係は裏で女子社員たちとセックスを楽しんでいた。指名手配中の強盗殺人犯はパトカーに呼び止められて警官を撃って逃走した。深夜のコンビニ店員は暇を持て余して悪友とおしゃべりをしていた。ゲイの黒人カップルは妻に隠れてエレベータの中で不倫をした。様々な光景を記録していく監視カメラ。そして、強盗殺人犯の映像が全米中で話題になっていた時に第2の事件が発生する。
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(レビュー) オープニングにテロップが出てくるが、アメリカ人は普段生活する中で一日平均200回も監視カメラに撮られているそうである。この数字には驚かされる。日本でも街中や建物の中で監視カメラをよく見かけるが、さすがにアメリカほどではないだろう。200回という数字はちょっと想像できない数字である。
しかし、アメリカがこうなったのも何となく理解はできる。要するに、2001年に起こった同時多発テロの影響が確実にあるのだろう。安全を保障するために警戒を厳重にせざるを得なくなったのだ。これは彼らの”不安”の表れのような気がした。
”世界の警察”を標榜するアメリカ‥。そのアメリカが、国内にも監視の目を強化しなければならなくなったのは実に皮肉的と言える。
映画は、監視カメラに映し出される様々な人々の姿を捉えていく。全編、監視カメラだけの構成になっており、この斬新な作りには感心させられた。まるでドキュメタリーのように見れた。
ちなみに、同年に作られたブライアン・デ・パルマ監督作
「リダクテッド 真実の価値」(2007米カナダ)も記録映像だけで作られたフェイクドキュメンタリーだった。それと今作は同じ構造の映画になっている。
また、社会派的なテーマにも見応えを感じた。本来、監視カメラとは犯罪などの事件を監視するために設置される物である。しかし、監視が行き過ぎると、それは個人のプライバシーの侵害にもなる。治安維持のために、ある程度は認められるべきだが、その線引きは中々難しい。
現に、今作のカメラも虐め、殺人、不倫、強盗などを捉えていくが、それと同時に性癖や家族の内幕などのプライベートも捉えてしまう。もし自分が監視される側だったら決して気持ちのいいものではない。果たして、どこまでプライベートに干渉すべきなのか?その問題提示も今作から読み取れた。
映画は後半から、強盗殺人犯のサスペンスを中心に娯楽色が強められていく。前半に登場した事件と後半に登場する事件を上手く結びつけながらアップテンポに展開されており、中々面白く見ることが出来た。基本的にこの映画は、一つ一つのシーンをバラバラに構成しているので一見すると何のつながりもないエピソードに見える。しかし、この強盗殺人犯のエピソードのように、後半から全てのエピソードが複雑に関連付けられ、最後にはきちんと整理されていく。このあたりの構成は上手くできていて感心させられる。
尚、ラストの人を食ったオチも、映画を締めると言う意味では上手く決まっていると思った。こうしたさりげない演出が映画の後味を軽妙にしている。
難は中盤が少しだれることだろうか‥。ここで描かれるオフィス・ラブのネタには余り面白味が感じられなかった。よくあるネタであるし、全体のサスペンスを悪戯に中断させてしまっている。ここはサラリと流す程度で十分だった気がする。