偽札騒動をコミカルに描いたクライム・コメディ。
「危(やば)いことなら銭になる」(1962日)
ジャンルサスペンス・ジャンルコメディ・ジャンルアクション
(あらすじ) 紙幣を印刷するために使われるスカシ入りの和紙、10億円相当が盗まれた。偽札作りのシンジケートが動いていると察知した、チンピラのジョー、哲、健は、犯人グループよりも先に偽造のプロフェッショナル坂本を誘拐しようと画策する。ところが、計画を実行中に坂本を組織に連れ去られてしまった。その後、ジョーは犯人のアジトを突き止めて乗り込んだ。ところが、そこには電話番をしている、とも子という女が一人しかいなかった。ジョーは彼女を連れて組織が経営するクラブに潜入するのだが‥。
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(レビュー) 偽札騒動をユーモアとアクションで綴ったクライム・コメディ。
個性的なキャラ、破天荒な展開、人を食ったオチ。全てにおいて劇画タッチに構成されており、頭をからっぽにして楽しめる娯楽作品である。
監督は異才・中原康。若干風変わりな作品を撮ることがある作家であるが、今回は割と俗っぽいエンターテインメントになっている。いわゆるB級然とした快活な作風で、これはこれで肩の力を抜いて楽しく見ることができた。
尚、個人的に今作で一番好きな演出はトランプを使った合図の演出である。普通の犯罪映画ならここは花札を使うだろうが、敢えてトランプを持ってくるあたり‥。いかにも中平康である。洒落ている。
そして、今作はなんと言っても、会話のテンポが良い。その内容も実に洒落ていて、このあたりがいかにも中平康といった感じなのだが、軽妙なセリフがポンポンと飛び出す。以前に見た増村保造監督の
「巨人と玩具」(1958日)も、スピード感に溢れた会話で引っ張っていく社会派コメディだったが、それに匹敵するほどの軽快さが感じられた。特に、ジョー&とも子の掛け合いは、息も合っていて抜群だった。
後で分かったことだが、共同脚本の山崎忠昭は、かの岡本喜八監督の怪作
「殺人狂時代」(1967日)やTVアニメを多く手掛けたライターだそうである。その中にはルパン三世のTV第1シリーズ(いわゆる緑ジャケット版)も含まれている。そう考えると、キャラクター造形、世界観、セリフ回しの数々は、やはり劇画的に思えてくる。
例えば、今作のジョー、哲、健、とも子というチームは何となくルパン一家に通じる物がある。むろん、ルパン三世の原作は1967年からスタートしているので、両作品に関係性などあるわけがない。しかし、何となく共通する面白さが感じられた。
キャスト陣にも濃い面子が揃っている。ジョー役は宍戸錠、とも子役は浅丘ルリ子、哲役は長門裕之、健役は草薙幸二郎である。
夫々に個性的に演じているが、一番可笑しかったのはジョーを演じた宍戸錠だった。彼は通称”ガラスのジョー”と言われている。その由来は、彼の弱点がガラスをひっかく音だからである。黒板を爪でひっかく音と言えばわかりやすいだろうか‥。あの独特の音である。普段はニヒルに決めているのに、彼はその音を聞くと耳をふさいで、たちまち逃げてしまうのだ。そこにキャラクターへの愛着感が湧いてくる。
他の主要キャラにも夫々にコメディ・タッチが入っており、いずれもストーリー上で上手く笑いを生んでいる。こうした劇画チックなキャラクター造形も今作の一つの魅力である。
ヤクザな男の生き様を衝撃的に描いたハードな人間ドラマ。
「さらば愛しき大地」(1982日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 茨城県鹿島地方の工業地帯。農家を営む山沢家の長男・幸雄は農業だけでは食って行けず、ダンプの運転手をしながら一家を支えていた。ある日、幼い息子2人が川で溺死する。この事件をきっかけに幸雄は妻との関係を断ち切って、飲み屋の娘・順子との不倫にのめり込んでいく。実は、順子は幸雄の弟・明彦のかつての恋人だった。その明彦が東京から戻ってくる。明彦は順子との間に今更未練はなく、幸雄との関係にも一切口を出さなかった。一方、幸雄は仕事に息詰まりを感じ覚せい剤に手を出すようになる。
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(レビュー) 片田舎に住む男の破滅的な人生を鮮烈なタッチで描いた人間ドラマ。
今作の主人公・幸雄はとにかくダメなヤクザで、幼稚で傲慢で気性が荒く、そのくせすぐにイジける男である。正直、本作を見て彼に感情移入することは出来なかった。
ただ、彼を取り囲む環境を鑑みると、少しだけ不憫さも覚えた。彼をこのような人間にしてしまったそもそもの原因は、地方農村特有のドメスティックで保守的な社会が関係しているように思う。彼はその閉塞的な環境の中で自律できない大人になってしまったのだと思う。
加えて、育った家庭にも問題があるように思った。母親は彼を溺愛し、父は放任主義で何も口を出さない。更に、妻も幸雄の言いなりで、彼は完全に家の中では裸の王様状態である。冒頭の乱闘シーンが良い例である。傍から見ればこれは完全に駄々をこねた子供そのものである。
自分は今作を見て、先頃観た
「遠雷」(1981日)、
「祭りの準備」(1975日)を想起した。いずれの作品も、地方の若者たちの鬱屈した感情を赤裸々に描いている。そして、彼らは地方から抜け出せずにウジウジとマスターベーションをかいているだけである。都市と農村、若者の自律といったテーマ自体は、今作も「遠雷」、「祭りの準備」と同じだと思った。
今回はひたすら堕ちていくドラマなので、決して晴れ晴れとする映画ではない。ラストにしてもそうだ。このバッド・エンドには、何ともやりきれない思いにさせられた。しかし、衝撃度という点で言えば、先述した「遠雷」や「祭りの準備」を凌駕するほどのインパクトを持っている。いくらダメなヤクザ者が辿る結末だとしても、これほどに悲惨な顛末は無かろう。
一方で、ヘビーな鑑賞感を残す作品であるが、所々にユーモアが挟まれており、そこについてはクスクスと笑えた。また、中盤以降の幸雄と順子の同棲生活には、幾ばくかの幸福感も感じられた。特に、柔らかなトーンで撮られたピクニックのシーンに心が和んだ。
また、本作には幸雄と明彦という兄弟確執のドラマも用意されている。二人は同じ女・順子を巡って対立していくようになるのだが、後半にかけて巧妙にドラマが盛り上げられている。終始ヘビーで中々の見応えが感じられた。
幸雄役は根津甚八。今作はほとんど彼の独壇場の映画となっている。麻薬に溺れる姿、暴力描写における尖った演技等、見所が尽きない。また、その一方で見せる卑小さ、些末さも中々堂に入っていると思った。例えば、取引先の部長にへりくだる演技、明彦の結婚式で見せる打ち砕かれた表情などは絶品だった。
製作、監督、脚本は柳町光男。初見の監督であるが演出は端正に組み立てられており、ジックリと見せるタイプの作家のように思った。
印象深いシーンも幾つか見られ、例えばクライマックスの幸雄の心中に迫った演出には鳥肌が立った。それまで客観的にしか見れなかった幸雄の思考が、ドラッグによる幻聴現象を用いて初めて見ているこちら側に彼の心象が主観的に伝わってくる。この客観→主観の切り替えには不意を突かれ、思わず身を乗り出してしまった。
また、印象に残ったと言えば、幸雄の妻が業者の男と、おもむろに抱き合うシーンもインパクトがあった。場所が薄汚い豚小屋ということ。しかも、すぐ傍では溺死した我が子の法要が執り行われているということ。この異常なシチュエーションから、欲望に身を任せる人間の堕落と滑稽さが伺える。
唐十郎が残した唯一の監督作品。
「任侠外伝 玄海灘」(1976日)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) チンピラ青年・田口は近藤というヤクザに拾われ、沢木組の仕事を手伝うことになった。それは韓国人を密航させる仕事だった。ある日、田口は密航中の韓国人女性がレイプされそうになっていた所を助ける。偶然にも彼女・李は、近藤が25年前に出会った女と瓜二つだった。25年前----近藤と沢木は米軍の死体処理施設で働いていた。その後、韓国へ渡り二人は女性を犯して殺害した。そのうちの一人に李がそっくりだったのである。何も知らない田口は李に惹かれていく。そして、近藤も過去の事件を思い起こして李に惹かれていく。
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(レビュー) 1人の韓国人女性を巡って凄惨な争いを繰り広げるヤクザたちを、独特の映像美で描いたミステリアスな作品。
監督、共同脚本は劇作家・唐十郎。ちなみに、チョイ役で登場もしている。
唐十郎と言えば状況劇場の開祖として有名であるが、映画に出演しているのは数本のみで、監督業は今作1本だけである。自分の小屋で自由な表現活動が出来る舞台と、様々なしがらみを強いられる映画では、やはり表現手段として大きな違いがあるのだと思う。おそらく本人の中では、コマーシャリズムに流されてしまう映画界との付き合い方に何かしらのラインを引いているのかもしれない。
ちなみに、出演作には、大島渚監督の
「新宿泥棒日記」(1969日)や松本俊夫監督の
「修羅」(1971日)といった、かなり尖った作品がある。他に、若松孝二や寺山修二の作品等、やはり劇団活動と同様にアングラ臭がする作品ばかりである。
さて、そんな舞台を主戦場とする唐十郎の初めてにして唯一の監督作品は、やはり映画と言うよりもどこか舞台劇らしいものとなっている。演出はもちろんのことシナリオもかなり大仰なところがあり、シーンの急展開が目立つし、キャラクターの心理の機微も深くまで掘り下げられていない。舞台と映画の決定的な違いはここで、観客の対象の広さである。舞台は広い空間で芝居をするものであり、映画は狭い空間に向けて芝居をするものである。それがこの映画の”大仰さ”に繋がっているように思った。
ただ、逆に言うと、細かいことを気にしない堂々とした所には、処女作ならではの勢いも感じられた。現に、強烈なインパクトを残す映像が幾つかあった。
例えば、ラストの田口の李に対する痛切な愛の叫び。ここは印象に残った。童貞青年(現に彼は女を抱けない不能者だった)の精通できない悲しみが臆面もなく画面に叩きつけられており、脳裏に刻み付けられる。
この映画には、ヤクザの抗争や韓国人密航者の悲惨な運命といったドラマが織り込まれているが、主となるストーリーは田口と李の純愛ドラマだと思う。それがこのラストでテーマとして明確に打ち出されている。乱暴な展開など、色々と突っ込み所はあるのだが、最後にきちんとテーマに着地させた所にカタルシスを覚えた。
他にも、公道を背景にしたゲリラ撮影と思しきファースト・シーン。ここにも野心溢れる唐十郎の”勢い”が感じられる。また、乱闘シーンやレイプ・シーン等、人間のエゴを生々しく切り取った所にも見応えを感じた。いずれも剛直一辺倒な演出であるが、エロとバイオレンスをここまでごった煮にしたような演出には熱気と情熱が感じられる。
尚、一部でゲロやスカトロ、ヘドロ等の汚物映像も出てくるので、見る人によっては注意した方が良いかもしれない。美しい物も汚い物も関係なく、全てを真正面から捉えようとする唐十郎の創作姿勢なのだと思う。普通だったらこういう物には蓋を閉じてしまうだろう。しかし、彼はそこも正直に描いている。
また、今作は田口を主人公にしたドラマであるが、彼の相棒となる近藤の視点に立ってみると、ある種の不条理ドラマのようになってくる所も面白い。言わば、李という女性は、近藤がかつて韓国で殺した女の生まれ変わりでもある。つまり、一度死んだ女が蘇って復讐を果たす‥という心霊ドラマのようになっていくのだ。少しシュールなタッチが入ってくるのもそのせいで、いかにもATG配給らしい不思議なテイストを持った作品になっている。
キャストでは、田口を演じた根津甚八のトッポイ感じが中々上手くハマっていた。また、李役を演じた李礼仙の身体を張った熱度の高い演技も見応えある。他に、小松方正の怪演、嬉々として悪役を演じた宍戸錠の際どいコメディ演技が目を引いた。特に、宍戸に関しては相当笑えた。
評判を呼んだシリーズの続編。
「アウトレイジ ビヨンド」(2012日)
ジャンルアクション
(あらすじ) 加藤が仕切る山王会は関東で徐々に勢力を伸ばし、その影響は政界にも及ぶようになっていた。ある日、国交省の役人とその愛人が他殺体で発見される。その影では山王会が動いていた。マル暴の刑事・片岡は加藤に事を丸く収めるよう掛け合う。これにより事態はどうにか収拾したが、片岡は山王会の内紛を察知し、これを利用して出世を目論んだ。山王会の若頭・石原を快く思わない古参幹部を関西の暴力団・花菱組に引き合わせて2大勢力の潰し合いを仕掛けたのである。更に、刑務所に入っていた元ヤクザの大友を呼び寄せて、この抗争に巻き込んだ。一旦は堅気に戻ろうとした大友だったが、過去に因縁のある元子分・木村の誘いで再び暴力の世界に入っていく。
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(レビュー) 壮絶なバイオレンス描写と豪華キャストで話題を呼んだ北野武監督のヤクザ映画
「アウトレイジ」(2010日)の続編。
前作から5年後を舞台に、主人公・大友が抗争の渦中に巻き込まれていく様を描いている。
尚、前作のラストが”ああいう形”で終わったので、この続編にはどうしても強引さを感じてしまう。聞くところによれば、続編の構想は全く無かったらしく、それが思いのほか前作がヒットを飛ばし、こうして急遽続編が製作されたという話だ。それを知ると、なるほど‥この強引さも分かる気がする。
ただ、確かに強引な形で続いてしまった続編ではあるけれども、ストーリー自体にそれほど破綻が無い。大友の奇跡の生還、大友と木村の関係修復以外は中々よく出来ていて、今回もヤクザたちの仁義なき戦いには熱くさせられた。
惜しむらくは、前半が水っぽい所だろうか‥。設定の説明に時間が食われてしまい、展開がややスローテンポである。面白く見れるようになってくるのは、出所した大友が山王会と花菱組の抗争に絡んでくる中盤からである。ここからストーリーは軽快に進んでいくようになる。
例によって様々な濃いキャラクターが登場してくるが、今回一番印象に残ったのは前作にも出ていたマル暴の刑事・片岡だった。彼は旧知の大友を呼び寄せて、関東の山王会と関西の花菱組に潰し合いをさせようと暗躍する。表向きは飄々としているが、中々の切れ者で実に腹黒いキャラクターで面白い。ラストの顛末も良かった。
一方、北野武本人が演じる主人公・大友は前回とは打って変わって、かなり大人し目である。血で血を争う抗争から遠ざかって5年。この年月がやはり彼を変えてしまったのか‥と思えた。
例えば、彼が初めて登場する刑務所の食堂のシーン。疲弊しきった表情にはどこか悲哀を見てしまう。また、元子分だった木村に対しても、過去の因縁を水に流して冷静に対応をする。前作であれほど叫んでいた「ばかやろー!」を封印し、正直、今回の大友は前回に比べると物足りなく感じた。今回は片岡のドラマになっているという気がした。
ただ、それでも唯一、大友”らしさ”が感じられたのは、彼が花菱組に盃を受けに乗り込んでいくシーンである。この時、彼は花菱組の厳つい幹部達に向って吠えまくる。花菱組の幹部達も大友に負けないくらいのテンションで吠えまくり、このやり合いにゾクゾクするような興奮が感じられた。このような一触即発的な怖さは今シリーズの醍醐味だろう。
暴力シーンについては、前作と同じR15指定になっているが、若干のパワーダウンが否めない。唯一アイディアで前作を超えていたのは、バッティングセンターでの殺害シーンである。まぁ、よくこんことを考え付くなぁ‥と感心させられた。特殊メイクのヌルさや、髪の毛が一糸も乱れぬ演出上の不備等、不満は残ったが、アイディアだけは秀逸だった。
一方、北野風ノワール・タッチとでも言おうか、冷え冷えとした渋いトーンは今回も冴えわたっている。例えばラストシーンなど、日本でこれだけ冷淡な画作りが出来る監督はそうそういないだろう。今回も大いに痺れさせてもらった。
キャストは前作からの続投組が多いが、何人か新顔も登場している。いずれも劇画チックに造形されており、夫々に健闘していると思った。
ただ、やはり一部で既存のイメージが邪魔になってしまう者達がいる。例えば、西田敏行などは他の作品のイメージが強すぎてどうしても浮いて見えてしまった。
一方、前作ではまるでピンと来なかった石原役の加瀬亮だが、今回は大胆に演技を変えてきている。劇画チックに徹したと言う意味では前作以上の面白みを感じた。どうせやるならこのくらいのオーバーアクトの方が本作には合っているだろう。
北野武のヤクザ映画に対するオマージュが確認できる。「バカヤロー!」が炸裂しまくり。
「アウトレイジ」(2010日)
ジャンルアクション
(あらすじ) 山王会・大友組は組員同士の揉め事で村瀬組と抗争に突入した。大友は山王会・会長の支持で村瀬を病院送りにして村瀬組のをシマを治めた。そして、大友は裏カジノ経営に乗り出し組織を成長させていく。そこにかつての兄貴分・池本がやってくる。
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(レビュー) ヤクザたちの仁義なき抗争を過激なバイオレンス描写で綴ったアクション作品。
監督・脚本・主演は北野武。正直ここ最近の北野映画の迷走ぶりには目を覆いたくなるものがあったが、今回は完全にエンタメに特化した作りになっていて、一時の低迷を脱したかのようである。実に生き生きとした作品に仕上がっている。
物語は、裏社会ではよくある下剋上の物語となっている。新味は薄いが、そこは北野監督である。氏らしいブラックな演出が各所に施されていて中々面白く見ることが出来た。
例えば、歯科医院やラーメン屋といった平凡な日常空間に、突飛な暴力描写を被せてくるあたりは中々刺激的で面白い。決してリアルな暴力というわけではなく劇画チックに演出されているので、見ようによってはコントのようにも見れる。そのユーモア・センスは、これまでの作品のギャグに比べたら断然面白く感じられた。
今回も北野監督は、終始オフビートな演出に徹しており、これが過激なバイオレンス描写をどこか突き放した感じに見せている。それがクールさ、残酷さを際立たせ、場合によってはクスリとさせるようなユーモアを作り出している。このさじ加減が自分には絶妙にフィットした。
一方で、この手のヤクザ映画では欠かせぬ熱度の高い演出も、ここぞという場面ではテンションを上げている。皆で大声で罵りあうシーンが何度か登場してくるのだが、村瀬組の若頭が大友組に落とし前をつけに来るシーンは最もテンションが上がった。ここで「バカヤロー!」は何回登場しただろう?この言葉自体、ビートたけしのトレードマーク的なフレーズであり、もちろんそれを踏まえているのだろう。罵りあいながらボルテージを高めつつ最後に手が出る‥という運び方がたまらない。
尚、今作で一番印象に残ったシーンは、椎名桔平演じる若頭が殺される場面だった。ここは殺しのアイディアが斬新で面白いのだが、その直後の自動車を捉えた移動ショットの虚無感にも痺れた。凶行の後の静けさと冷淡な北野ブルーが合わさり、バイオレンスの雑味をクールに締め括っている。実にスマートな演出である。
濃いキャスティングも見所である。これまではどちらかと言うと固定されたキャストを起用することの多かった北野作品だが、今回はキャストの一新をはかりフレッシュな顔ぶれとなっている。杉本哲太、石橋蓮司、國村準、中野英雄等、このあたりの悪面振りは壮観だ。また、椎名桔平、三浦友和も適役だと思った。
ただ、一方でどうしてもパブリック・イメージで不似合に思ったキャストもいた。刑事役の小日向文世、大友組の金庫番を演じた加瀬亮は意外性を狙ってのキャスティングだろうが、"らしく″しょうとした結果"わざとらしく″映ってしまった。山王会のボス、北村総一朗も、ほとんどコメディのようにしか見えなかった。
ヤクザな刑事の奔走劇をパワフルに綴った快作!
「犬、走る DOG RACE」(1998日)
ジャンルサスペンス・ジャンルアクション
(あらすじ) 新宿署の刑事・中山は、在日コリアンの秀吉から情報を貰いながら日夜、犯罪を追いかけている。ある日、恋人の桃花が何者かに殺される。中山と秀吉は犯人捜査に乗り出すのだが‥。
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(レビュー) ヤクザな刑事と在日コリアンの情報屋がコンビを組んで殺人犯を追いかけていくポリス・アクション作品。
物語はストレート過ぎて食い足りないが、本作の魅力は新宿歌舞伎町をドライブ感あふれる映像で活写した所にあると思う。実に生々しく切り取られている。
例えば、一番印象に残ったのは、中盤で中山と部下の刑事が麻薬密売人からドラッグを取り上げて、それを吸って新宿の街を破壊しまくるシーンである。路上でたむろする若者たちを殴り倒し、ぼったくりバーでホステスをレイプし、そこに乗りこんできたヤクザをまた殴り倒す。店をめちゃめちゃに破壊した挙句、警察手帳を見せて全員を逮捕すると息巻くのだ。とても警察とは思えぬ、この「何でもかんでも壊してしまえ!」という行動は常軌を逸した犯罪行為であるが、一方である種のカタルシスも覚えた。目には目を、歯には歯を。犯罪には犯罪で対抗というヤクザ刑事の非道なやり方。そこに不思議とスカッとさせられた。
そして、ここから映画は一気にクライマックスまで突っ走ていく。物語前半は展開が鈍くて少し退屈したが、ここからは画面にグイグイと引き込まれ面白く見ることが出来た。タイトルの「犬、走る」が示すように、クライマックスは中山が新宿の街路を犯人を追ってひたすら激走することになる。この疾走感もたまらない。
監督・共同脚本は崔洋一。氏らしい男臭いテイストが貫かれており、この雰囲気は中々良い。要所のハイテンションな演出も迫力があるし、沈む所は上手く沈めて映画のトーンに上手く緩急をつけていると思った。
ただ、一部で違和感を覚える演出もあった。例えば、バイクで引かれた中国人ヤクザが新宿の夜空に吹っ飛んでいく演出は悪ふざけが過ぎるし、桃花を巡って三角関係にあるはずの中山と秀吉のやり取りも軽妙に傾倒しすぎな感じがした。これでは愛する桃花の弔いにも何だか重みがなくなってしまう。
キャストでは、中山を演じた岸谷五朗の鋭利な演技が中々に良かった。
しかし、それ以上に秀吉を演じた大杉漣の怪演も印象に残る。SMプレイの女王様に扮したかと思えば、死姦プレイに挑んだり、泥池にハマったりetc.色んな事をやらされている。役者とは大変な職業であることよ‥と改めて思ってしまった。
もっとも、彼に関してはラストでかなり美味しい見せ場が用意されている。もしかしたら秀吉は最初から″こうなること”を心のどこかで望んでいたのではないか‥。映画を見終わってそんな風に思った。このラストには泣かされる。
バディ刑事物として面白く出来ている。
「闇を裂く一発」(1968日)
ジャンルサスペンス・ジャンルアクション
(あらすじ) メキシコオリンピックを目指して日夜射撃の練習に明け暮れる警察官・本多は、他の2名の選手候補生と一緒に警視庁に呼び出される。ヤクザの組長を銃殺して児童を誘拐した犯人逮捕のために、捜査への協力を要請される。本多は江森というベテラン刑事とコンビを組み、早速犯人の母親の生家を張り込んだ。他の2名の候補生も夫々に刑事とコンビを組んで、愛人宅や彼が経営する会社での張り込みを開始した。しかし、犯人は中々姿を見せず時間だけが無情に過ぎていく。
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(レビュー) オリンピックを目指す射撃手と現場の刑事がコンビを組んで凶悪犯人を追いつめていくポリス・アクション作品。
3組の個性的なチームが夫々に捜査を開始していくのだが、これが多種多様で見ていて実に面白い。中でも、主役となる本多と捜査一課のベテラン刑事・江森のコンビはキャリアも気性も異なるので、様々な場面で対立を繰り返していく。彼らのやり取りには、ある種バディ物としての面白さが感じられ、今作の大きな見所となっている。
そして、オリンピックに選出されるかどうかという瀬戸際に立たされている本多等、候補生たちと、現場の刑事たちとの間には、今回の捜査に対する意気込みや思い入れに大きな隔たりがある。正直な所、本多たちにとっては、今回の仕事は厄介なだけである。もし犯人を見つけた場合、狙撃命令を出されることもある。相手は競技用の的ではない。いくら凶悪犯だと言っても生身の人間である。仮に撃ったとなればその精神的トラウマは計り知れないものとなるだろう。したがって、彼らは出来ることなら銃を使わず今回の事件が穏便に解決してくれることを願っている。
一方、彼らとコンビを組む江森たちベテラン刑事は、現場の叩き上げばかりである。特に、本多と組むことになる江森は銃を持たないことでも有名な刑事で、過去に銃を持った犯人を素手で逮捕したことがある昔気質のデカである。彼は本多等を人を撃ったことが無いド素人とバカにする。本多達も当然それに反発する。こうしてコンビの間にはギクシャクした空気が流れ、捜査は思うようにいかなくなっていく。
後半から、いよいよ追い詰められた犯人との対決になるのだが、こちらは野球場を舞台にした大掛かりな仕掛けでサスペンスフルに盛り上げられている。この時の試合は阪急ブレーブス対東京オリオンズ(東京スタジアム)である。貴重な古い映像が見れるという意味では、野球ファンなら一層楽しめるかもしれない。
但し、上映時間が90分に満たないプログラム・ピクチャーゆえ、どうしても重厚さには欠けてしまう。このクライマックスは、もっと時間をタップリかければ緊迫したシーンに出来たように思うが、残念ながら少しアッサリとした感じで物足りなかった。
脚本は黒澤組の菊島隆三。さすがに人間関係を紡ぐドラマはよく描けている。本多と江森の対立→融和の変遷が手際よく処理されていて感心させられた。また、物語の季節は日差しが照りつける真夏である。皆が汗まみれで事件を追いかけるのだが、これは彼が脚本を担当した黒澤明監督の「野良犬」(1949日)を連想させる。あの作品に登場する三船敏郎、志村喬の刑事たちも見ていて実に暑そうだった。おそらく今回のシナリオはそのあたりの所は相当意識して書かれているように思う。
反面、幾つか展開が都合よく進む箇所があり、そこは時間的な制約で上手く処理しれきなかったかな‥という印象を持った。例えば、本多達が犯人を追い詰めるきっかけとなる競輪オヤジの突然の登場などは、リアリティに欠ける内容だった。
キャストでは、主演コンビ、本多を演じた峰岸隆之介(後の峰岸徹)、江森を演じた露口茂の掛け合いに面白味を感じた。峰岸徹は後年こそ悪役のイメージが強いが、この頃はまだ若手スターとして熱血漢やニヒルな2枚目を演じることが多かった。中々シャープな佇まいで格好良い。一方の露口茂もダンディズム溢れる佇まいを見せ、後の「太陽にほえろ!」の山さんが連想された。彼らの対照的な個性を見比べてみるのも一興である。
堤真一のハイテンションな演技が笑いを誘う。
「アンラッキー・モンキー」(1997日)
ジャンルサスペンス・ジャンルコメディ
(あらすじ) 詐欺師の山崎は悪友と銀行を襲撃する。ところが、入ろうとした銀行から偶然、別の強盗犯が大金を持って出てきた。直後、その強盗犯は車に惹かれて即死、相棒も車に惹かれて死んでしまう。ただ一人生き残った山崎は大金を持って逃走する。そして、逃走中に誤って女性を刺殺してしまう。山崎はどうにか逃げ伸びて大金が入った鞄を埋立地に隠した。一方その頃、暴力団・村田組の組長は、上部組織の若頭・立花から新しい仕事を持ちかけられていた。しかし、彼は誤って立花を殺してしまう。村田はその死体を埋立地に隠した。そこは山崎が大金を埋めたすぐ近くだった。その後、逃走する山崎は警察から逃れるようにして町の環境汚染反対運動の一団に身を隠すことになる。彼はそこでリーダーのように祭り上げられてしまい‥。
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(レビュー) アンラッキーな男達が巻き起こすドタバタ騒動をブラックな笑いで描いたサスペンス・コメディ。
冒頭から銀行強盗犯のニアミスに始まり、出会いがしらの傷害事件、不可抗力による死亡事件。様々なアクシデントが次々と起こる。そして、事件の当事者たち、山崎と村田組の連中はラーメン屋のカウンターで奇跡的に遭遇する。ここまで映画はスピーディーな展開で一気に描いており、作品の世界観に自然と引き込まれた。
その後、物語は山崎と村田組、夫々の視点でじっくりと描かれていく。山崎の方は町の環境汚染反対運動に紛れ込んであれよあれよと言う間にヒーローに祭り上げられていく。一方の村田たちは、自分たちが殺した立花が所属する上部組織から命を狙われ逃走を始めていく。
そして、映画の終盤、クライマックスでこの二つが急転直下な展開を見せ、見事な大団円へと収束されていく。
一つの事件がもう一つの事件を起こし、更にそれによってもう一つの事件が引き起こされていく‥というように、今作は中々目の離せないストーリーになっている。所々に漂うペーソスも味わいがあり、全体的には面白く見ることが出来た。
監督・脚本はSABU。この監督は最近でこそメジャー系の作品を手掛けるようになったが、当時は若さと勢いに任せた作風を売りにするインディペンデント系の作家だった。処女作の「弾丸ランナー」(1996日)はまさにタイトルが示す通り、主人公たちがひたすら激走する映画だったし、2作目「POSTMAN BLUES ポストマン・ブルース」(1997日)もクライマックスはやはり主人公が自転車に乗って激走していた。そして、その2本の後に作られたのが本作である。
これまでの勢いに任せた作りから一転、プロットで見せる映画に変化している所に注目したい。序盤のトリッキーな時制の交錯、様々な人物が様々な場面で繋がる複雑な人物模様等、よく考えられていると思った。明らかにこれまでの勢いに任せた作風とは違う方向性を打ち出しており、そこに彼の作家としての成長が感じられた。
但し、シナリオ上、一か所だけどうしても不自然に感じてしまった部分がある。それは山崎が自分が殺した女性の遺骨に遭遇するシーンである。夜中にあんな所を遺骨を抱いた母親を乗せた車が走っているとは、いくらなんでもシチュエーションとタイミングが不自然である。確かに、本作は偶然に次ぐ偶然のスラップスティック・コメディであるが、ここまで行ってしまうとややご都合主義に思えてしまった。
また、所々のギャグに関しても気になる部分があった。劇中に登場する小ネタや事件の中に、これまでの作品の焼き直しのようなものが幾つか見られた。例えば、殺し屋が転んだ拍子で自分を撃ってしまうネタがあるが、これは「弾丸ランナー」にも登場してきたネタだった。どうしてもオチが予想できてしまうので、面白さが半減してしまう。クライマックスの鞄と死体を繋げるギャグも、序盤から分かり切っていることなのでやはり物足りなく感じた。こうしたベタなギャグをやってしまうあたりにSABU監督の若さを見てしまう。良くも悪くも彼はベタな作家なのだと思うが、やはりそこは意外性を狙うなどの工夫が欲しい。
キャスティングでは、山崎を演じた堤真一の熱演を推したい。彼はSABU作品のデビュー作からの付き合いだが、今回は不運と強運に右往左往する男を強烈な個性で演じている。見ようによっては吉本喜劇的なベタさはあるが、SABU監督の演出との相性で言えば上手く噛み合っている。何より自由奔放に演じている所が良い。
尚、個人的には同じ監督・主演コンビで作られた次作「MONDAY マンデイ」(1999日)の怪演も忘れがたい。この時の血管がブチ切ればかりのハイテンションな演技と言ったら、それこそ他の追随を許さぬほどだったが、それに幾分引けは取るものの今回もかなりのテンションを見せている。特に、商店街での一人芝居は絶妙だった。山崎の小心さ、正直さがよく出ている。
他にも、濃いキャストが揃っている。中でも、殺し屋を演じた田口トモロヲのラリッた怪演が印象に残った。彼は登場シーンからしてアブない匂いをプンプンさせ、本当にこんなオッサンに夜中の公園で出くわしたら逃げ出したくなるレベルである。
主人公の姿に共鳴。
「孤高のメス」(2010日)
ジャンル社会派・ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 地方の港町にひっそりと建つさざなみ市民病院に、ピッツバーグ大学で高度な外科医術を身に着けた当麻がやってくる。来て早々、彼は急患の緊急手術を難なくこなし周囲を驚かせた。患者のことを第一に考える当麻のひたむきな姿は、院長を初め看護師の浪子を変え、やる気のなかったさざなみ病院を改革していった。そんなある日、浪子の隣近所に住む少年が事故にあい脳死状態で運ばれてきた。そこに市長の大川も肝硬変で搬送されてくる。大川を救うためには脳死肝移植をするしか方法が無かった。しかし、それをするには日本ではまだ法整備がされていなかった。そこで当麻が下した決断とは‥。
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(レビュー) 医療の現場で働く看護師の目線を通して孤高の医師・当麻の姿を描いたヒューマンドラマ。同名ベストセラーの映画化である。
人命を尊重する当麻の考え方は実に崇高なものに思えた。彼は旧友の医師に向ってこんな事を言う。
命を助けたい患者と命をつなげたい患者が目の前にいる。その思いを受けなければ医師じゃない。
彼の医師としての信念がよく出たセリフだと思った。その後に下した彼の決断も実に天晴だった。
本作は医療問題に一石を投じたシリアスな社会派作品である。但し、決して難解な作品ではなく誰でも入り込みやすい作品になっている。当麻は少し変わった医師で、彼と周囲の人間の間で交わされるユーモラスなやり取りなど笑わせる個所があり、社会派作品だからと言って硬派にまとめるのではなく娯楽性をまぶした作りになっている。
例えば、当麻は手術室でオペをする時に必ず演歌を流す。よく手術中にBGMを流す医師はいるが、よりにもよって都はるみのド演歌である。これには当然回りの助手たちは困惑するのだが、その姿が可笑しい。また、彼らに反発を食らってしょぼくれる当麻の姿も可笑しい。他に、燕の巣を使った演出など、ユーモラスな味付けが要所で成されており、肩を張らずに見れるように色々と工夫されている。
話の構成も少し凝っているが、中々上手く作られていると思た。この映画は基本的には浪子の長男が、亡き母の日記を読み綴ることで展開されている。その日記には浪子の目線で見た当麻医師の姿が克明に記されており、それが本ドラマとなっている。現在と過去の接合に躓くような所もなく、ラストの感動もこの回想構成が上手く効いていると思った。
監督は
「八日目の蝉」(2011日)の成島出。残念ながら、演出面では「八日目の蝉」に比べると大仰になってしまっている。もしかしたら、元々の原作がコミックであることと関係しているのかもしれない。ちなみに、今回の映画は漫画版の原作者が別名義で書いた小説を元にしているそうである。したがって漫画版がそのまま原作というわけではない。しかし、自分はどちらも未読であるが、少々マンガチックな表現と感じる箇所が幾つかあった。このあたりはリアリティという点で見ると少々苦しい。
例えば、大川のキャラクター造形である。柄本明が演じているのだが、これが登場シーンからして過剰にイヤらしく味付けされている。ここまでアクの濃いキャラだと、後の彼の命を救うというドラマにも感情移入しずらくなってしまう。もう少し刺々しさを抑えて演じて欲しかった。
他に、当麻の敵役として登場してくる野本医師も大学病院の医師としては、かなりカリカチュアされている。しかも、いかにも悪役という役作りが自分には肌に合わなかった。
他に、ドシャ降りの雨の中で、患者の娘とオペの助手をした青年医師が語るシーン。何もわざわざそんなシチュエーションで‥と、わざとらしく思えてしまった。
果たして成島監督が元々のコミックをどこまで参考にしているのか分からないが、こうした過剰演出はシリアスな社会派作品の中にあっては浮ついているように見えてしまう。全体のトーンを考えてもう少し丁寧に演出して欲しかった。
愛に見捨てられた中年男をC・ファースが好演。
「シングルマン」(2009米)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 1962年、大学教授のジョージは恋人ジムが交通事故で亡くなったという連絡を受け愕然とする。ジムとは長年同性愛の関係にあった。遺族から葬式への参列を拒まれ、一人孤独に陥るジョージ。ある朝、彼は鞄に拳銃を入れて大学へ向かった。自暴自棄になりかけていた時、教え子の一人ポッターに声をかけられる。
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(レビュー) 恋人を失った中年男の孤独を静かに綴ったヒューマンドラマ。
監督・脚本はグッチやイヴ・サンローランなどで活躍するファッション・デザイナー、トム・フォード。今作は彼の映画監督デビュー作である。スタイリッシュな映像や時制を交錯させた眩惑的な演出など、映像に対する凝り具合は中々の物で、初監督作品ながら上手く作られていると思った。
特に、色彩に関するこだわりには目を見張るものがある。例えば、孤独に陥るジョージの現在は青を基調とした沈んだトーンで、彼の周縁や彼の回想を描く時には暖色トーンで切り分けされている。この明暗の対比は画面にメリハリを付けるという意味でも、ジョージの心象を反映するという意味でも見事に計算されている。長年ファッション界で活躍してきた氏ならではの色彩感覚だろう。
また、このトーンの切り替えは作品全体に幻想的な趣を与え、まるでこのドラマ自体がジョージの夢の中の出来事のようにも見せている。
例えば、彼が銀行で出会う可憐な少女などは白昼夢に現れた天使のようで面白い。これは死の前兆とも読み取れる。
全体的にトム・フォードの演出は映像主導的で、セリフに頼らず映像で"見せる″ことに主眼が置かれている。そのせいで若干説明不足と感じる部分もあるが、ただ監督の意図を汲みたくなるような画面設計は確かなものと感じ入った。得てしてムードだけに頼ってしまうと、作品の意図するところを何も掴めないまま見終わってしまう‥ということがままあるが、今作に限って言えばそういうことはない。
尚、最も印象に残ったシーンは、ジョージが雑貨屋でカルロスという新人俳優にナンパされる場面だった。壁一面に描かれた女性のアップの広告を背に、二人のやり取りが夕日の中で展開される。何気ない日常シーンだが、いかにもファンション・デザイナーらしいポップな画面が印象に残った。また、この時のカルロスのセリフ「母によれば恋人はバスと同じ。待っていれば次がやってくる。」というセリフも中々洒落ていて良かった。
ジョージと元妻の語らいにもしみじみとさせられた。元妻は今でもジョージのことを愛しているが、彼はジムのことを忘れられずその愛を受け止めることが出来ないでいる。別れた夫婦が未練がましく寄りを戻そうとする所に、何となく成瀬巳喜男の映画のような風情が感じられた。
一方、シナリオはやや日和見的な部分がある。
時代設定は丁度、冷戦時代真っ只中で、画面の中ではキューバ危機が度々登場してくる。確かに当時は同性愛に対する偏見の目は相当厳しかったので、この時代選定はさもありなんと言う気がするが、いかんせん何故キューバ危機をここまでフィーチャーする必要があったのか?そこが分からない。今回のドラマには政治的な事情は関係ない。むしろ余計なものである。もしかしたら、そこにはトム・フォードの個人的な思い入れがあるのかもしれないが、ドラマ上は余り意味がない。
また、先述のカルロスとの語らい、元妻との語らいは雰囲気やセリフ回しなどはとても良いのだが、全体のドラマを考えた場合、ここでのやり取りは冗漫という言い方も出来る。仮にここをカットしても特段全体のドラマに支障をきたすわけではない。
むしろ、テーマに深く関わってくるという意味では、彼の教え子であるポッターの方が重要なキャラクターである。彼との絡みを充実させることで、中年男が若い男子に振り回されるというドラマに残酷さや絶望的を持たせて欲しかった。そすればラストはよりドラマチックになっただろう。
キャストではジョージ役を演じたC・ファースの演技を高く評価したい。後に
「英国王のスピーチ」(2010英オーストリア)で大いに売り出したが、今作でもそれに勝るとも劣らぬ名演を見せている。愛を見失った悔恨と苦しみ、喪失感を漂わせながら、終始渋い演技を披露している。ただし、1か所だけ、拳銃自殺をしようとする場面だけは妙に軽薄な演技に見えた。全体のシリアスなトーンからかけ離れている。