内戦が続くスリランカから逃げ出した元兵士のディーパンは、難民キャンプで一人取り残された女ヤリニと、母を亡くした少女イラヤルと家族の振りをしてフランスへ亡命した。どうにか難民審査をパスした3人は、パリ 郊外の集合団地に部屋を借りてそこで新しい暮らしをスタートさせる。ディーパンはそこで団地の管理人の職を貰い、ヤリニは同じ団地に住む老人宅の家政婦を始め、イラヤルは小学校に通い始めた。秘密を抱えた三人の暮らしは徐々に平穏を取り戻していくが‥。
(レビュー) 難民問題が吹き荒れる欧州でこうした映画が作られたことは大変タイムリーなことだと思う。
言葉も文化も異なる地で、ディーパンたちは不慣れながらも徐々に平和な日常を取り戻していく。しかし、彼らが住む団地には不良の若者たちがたむろしていて何やら犯罪行為をしている。やがて、ディーパンたちは彼らの抗争に巻き込まれ、再び暴力の世界に引き込まれてしまう。内戦が吹き荒れる故郷からやっと脱け出せたと思ったのに、また戦いが待ち受けていたのである。彼らに安住の地はないのだろうか‥。見終わった後に色々と考えさせられてしまった。
自分が、この映画で面白いと思った所は、赤の他人が疑似家族を形成していくという、いわゆる人情ドラマの部分である。
デイーパンたちは亡命するために仕方なく家族の振りをするのだが、一緒に暮らすうちに徐々に本当の家族のようになっていく。その過程にほっと安堵させられた。映画前半は彼らの日常風景を綴った家族のドラマとなっている。
しかし、映画は中盤からガラリと雰囲気を変える。先述した暴力の匂いが蔓延し始め、ここから一気にバイオレンスの世界に突入していく。特に、ディーパンの元上官が登場して以降、この映画はほとんど彼のPTSDを描くドラマになっていく。
ディーパンはスリランカの内戦で戦った元兵士で格闘術や銃器の扱いに長けた、言わば英雄である。その彼の腕を見込んで元上官がディーパンを再び戦いの場に引き戻そうとするのだ。
平和な現在の暮らしと、仲間と共に戦ったあの懐かしき戦場。その狭間で彼の苦悩がじっくりと語られている。
思えば、映画の序盤からディーパンの表情はどこか固くて暗かった。常に硬直していて、決して笑顔を見せることはない。おそらく、過去の戦争の記憶が心の中にずっと残っていたからだろう。彼は現在の平和な暮らしにどこか居心地の悪さを覚えていたのかもしれない。
ここから映画は、タイトルにもなっている「ディーパンの闘い」そのものを描くようになっていく。見ているこちらがビックリするようなバイオレントな世界に猛進し、いい意味で期待を裏切ってくれた。
一見すると難民問題を提起した社会派作品。それが疑似家族が紡ぐ人情ドラマになり、そして戦いから抜け出せない元兵士の苦悩に迫った骨太なバイオレンス映画になり、いわゆる一つのジャンルに括られない面白さがこの映画にはあると思う。いわゆる通俗的な作りとは一線を画した作品になっている。
ただ、確かに面白い映画だと思うが、正直見ている最中は翻弄されっぱなしだったのも事実である。難民問題、底辺社会の実態といった社会背景を最初に強烈に印象付けてしまったこともあろう。そのせいでディーパン個人のドラマがどこか物足りなく感じられた。彼の心中を深く掘り下げるのであれば、そこを中心とした組み立てをするべきだったのではないだろうか?
例えば、スリランカで一体彼はどんな体験をしたのか‥といった情報は明確にすべきだったかもしれない。その方が見ている方としても分かりやすい。
ラストも賛否あろう。もしディーパンの葛藤をどこまで追求するのであれば、あのラストは流石にファンタジーに傾倒しすぎる。もっと現実を見据えた締めくくり方でも良かったのではないだろうか。
監督・共同脚本はJ・オーディアール。ここ最近コンスタントに優れた作品を発表している名匠で、もはやフランス映画界の中心を担う人物と言っても過言ではない。
彼の特徴は、何と言ってもフィルム・ノワール・タッチではないかと思う。今から思えば、一番最初に見た
「真夜中のピアニスト」(2005仏)からその資質はよく出ていた。前々作
「預言者」(2009仏)を見た時にも同様。氏が描くバイオレンスの生々しさはちょっと他に余り類を見ない。
例えば、今作で言えばクライマックス・シーン。ディーパンが<敵>のアジトに乗り込んでいく姿を1カットの長回しで捉えた演出などは、臨場感と緊迫感を上手く作り出していた。
更に言えば、カメラは常に銃を撃つ人間を写さない。常に撃たれる側、つまりディーパンや一般市民の側から捉えている。この演出によって、一体どこから弾が飛んでくるのか分からないという恐怖が実感できる。バイオレンスを娯楽ではなく残酷で非情な物として描いた所に、オーディアール監督のこだわりが感じられた。
メインキャストは、実際のタミル人を含め非常にフレッシュな布陣となっている。このキャストのおかげで本作は真に迫るものとなっている。
特に、ディーパンを演じた俳優は実際にスリランカの内戦で兵士として戦った経歴を持っているらしく、だからこそあそこまで生々しい演技が可能となったのだろう。造形共々、この強烈な個性には目が釘づけになった。