19世紀後半、デンマークの小さな漁村。プロテスタント牧師の娘マーチネとフィリパは、敬虔な村人たちの集落で慎ましい暮らしを送っていた。夫々に淡き恋愛を経験するが、神に仕える身であることから、相手の男性とは結ばれることは無かった。それから数十年後。かつてフィリパに恋焦がれた歌手パパンの紹介で一人の家政婦がやって来る。彼女、バベットはパリの動乱に巻き込まれた孤独な女性だった。不憫に思った2人は彼女を招き入れて新しい生活を始めるのだが‥。
(レビュー) 孤独な老姉妹と家政婦の交流を静謐なタッチで描いた心温まる人間ドラマ。
デンマークの寒村が舞台ということで、どことなく乾いた空気に包まれた映像作品だが、ドラマ自体は非常に温もりに溢れており、観終わった後には心癒された。
簡単に言ってしまえば、信仰心に熱い人々に訪れた奇跡のドラマ‥と言えばいいだろうか。ある種の教示的なメッセージも感じられるが、根本的には人間の情愛をテーマにしている。信仰心の絶対性を説くわけではなく、あくまで宗教を心の拠り所とする人間の”弱さ”と”強さ”。それ自体を描いており、実に普遍的なドラマだと思った。
マーチネとフィリパは村でも評判の美人姉妹で、牧師をしている父と3人で暮らしている。ある日、彼女たちの前に魅力的な男性たちが現れる。マーチネはローレンスという若き青年将校と、フィリパはパパンという人気歌手と恋に落ちる。しかし、敬虔なプロテスタントである彼女たちは独身を貫くことを決心する。女性としての幸せではなく神のために、更に言えば牧師である父のために、そして村人たちのためにその身を捧げる。そのまま恋人と結ばれていたら彼女たちは別の幸せを手にすることが出来ただろう。しかし、彼女たちはそうせず、敢えて神に仕える道を選択するのだ。
少し残酷な気もするが、時代性や土地柄を考えると、こういう選択は別に珍しいことでもなかったのだろう。マーチネとフィリバは、当たり前のようにその運命を受け入れている。
その後、家政婦のバベットが2人の元にやって来る。彼女はこの映画のキーマンで、マーチネとフィリバと相対する存在として登場してくる。つまり、彼女は信仰心の薄い無神論者なのである。果たして、マーチネとフィリバはバベットと出会ったことで、どう変化していくのか?彼女たちの信仰心はどう揺らいでいくのか?このドラマの見所はズバリそこである。
しかして、映画のクライマックス。バベットがマーチネたちに最高の晩餐を振舞うシーン。ここで彼女たちの信仰心は大きな篩にかけられることとなる。ここは見応えがあった。
神に仕える身、マーチネたちの側に立てば、質素倹約な食生活が当たり前なわけで、豪華な晩餐などもってのほかである。それは快楽の享受という”悪”とみなされるからだ。
晩餐の前夜、マーチネは脂汗を流すほどの悪夢を見る。彼女はそこまでバベットの晩餐を恐れた‥という証拠である。
何もバベットは意地悪しようとして晩餐に招待したわけではない。これまでのお礼をしたくて料理を御馳走しようとしているだけなのである。素直にその好意に甘えればいいものを、マーチネたちは信仰心が邪魔をしてそれを拒んでしまうのである。ここまで来るともはや狂信的。マーチネたちがどこか滑稽にすら思えてくる。
確かに宗教は人々の心に安らぎと平穏をもたらすという意味で、精神衛生上、大変良い物なのかもしれない。しかし、その逆に厳しい戒律、規律が人々の生活に窮屈さやストレスを与え”生”の実感を削いでしまう場合もある。バベットの晩餐に右往左往するマーチネたちの姿が正にそうだ。自分には彼女たちの混乱が何だか憐れに見えた。
人間は神の教えを守っているだけでは生きている意味はないのではないだろうか。人間には欲望がある。その欲望を満たすことで”生”を実感できる‥ということもあるのではないだろうか。むしろ、それが本来の人間のあるべき姿でなのではないだろうか。
ここで描かれるマーチネたちの姿を見ていると、そんな風に思えてしまった。
監督・脚本はガブリエル・アクセル。彼は元々はフランスのテレビ局で監督や脚本家として活動していた人物である。その後、地元のデンマークへ戻って映画作家として独立した。但し、作る作品はエロティックな映画ばかりで、余り有名な作品は無い。そんな彼が1978年に本作を撮って一躍世界に名前が知られるようになった。その才能はホンモノだったのか?ニセモノだったのか?本作の後も数本撮っているが、やはり今一つパッとしないのが何だかもどかしい‥。
ただ、本作を観る限り、姉妹の凛とした佇まいや村人たちの活き活きとした表情をクローズアップで捉えながら、淡々とした日常を魅力的に切り取った所は、中々どうして。かなりの手腕が感じられる。
また、後半丸々使って描かれる晩餐会のシーンでは、贅を尽くした豪華な料理とワインが登場してきてエンタメとしてのサービスも十分。バベットが作る料理は、かなり斬新な物があり、それを食べた村人たちのリアクションも可笑しかった。
マジックアワーを利用した素晴らしい景観も観てて惚れ惚れとさせられた。映像は本作の大きな見所の一つである。
シナリオも実に軽妙にまとめられていて良くできていると思った。シンプルなドラマなのでストレスなく物語を追いかけていくことが出来るのが良い。
キャストでは、バベットを演じたステファーヌ・オードランの佇まいが印象的だった。彼女はフランス出身の女優で、かの名優ジャン=ルイ・トランティニャンと名監督のC・シャブロルとの間に結婚歴がある。
特に、シャブロルとのコンビは有名で、彼の数々の作品に出演して一躍人気女優の仲間入りを果たした。
個人的にはシャブロルの長編2作目「いとこ同志」(1959仏)のヒロイン役が印象に残っている。2人の男の間を行き来する娘役で、とにかく美しかった。さすがにその頃に比べれば輝きが失われてしまったが、年を重ねたことによってもたらされるしっとりとした味わいは本作ならではの魅力である。料理をする時のきびきびとした演技も素晴らしかった。