ペンシルヴェニア州の小さな田舎町で二人の少女が行方不明になる。警察は現場近くで目撃された車を元にアレックスという青年を逮捕した。しかしアレックスは10歳程度の知能しかなく、まともな証言を得られないまま釈放の期限を迎えてしまう。少女の父ケラーは捜査が進まない不満を担当の刑事ロキに募らせる。そして、自分の手で娘の居場所を聞き出そうとアレックスを監禁するのだが…。
(レビュー) 誘拐事件の被害者家族と容疑者、事件を追う刑事たちの悲劇的顛末を緊張感みなぎるタッチで描いたハードなサスペンス作品。
冒頭の狩猟シーンからして異様な雰囲気を漂わせた作品である。本作はこうしたトーンが至る所に見られ非常に重苦しい鑑賞感が残る作品である。観終わった後にはどっと疲れた。しかし、同時に充実感も覚えた。
監督は
「灼熱の魂」(2010カナダ仏)で世界的に注目されたD・ヴィルヌーヴ。最近ではSF映画の傑作「ブレードランナー」(1992米)の続編
「ブレードランナー2049」(2017米)や、映像化不可能と言われたSF大作「砂の惑星」(1984米)のリメイク等、次々と重要な作品を任されている要注目な映画監督となっている。
ただ、個人的にヴィルヌーヴという作家はジャンル映画よりもサスペンス映画にこそ、その才覚を発揮できる監督だと思っている。「灼熱の魂」はもちろん、それ以前の作品。例えば、長編デビュー作である「渦」(2000カナダ)や、実際の銃乱射事件をベースに描いた
「Polytechnique」(2009カナダ)等、いずれも緊張感を漂わせたトーンでグイグイと観る者を引っ張る素晴らしい作品だった。
この「プリズナーズ」でも、そんなヴィルヌーヴの卓越したサスペンス・タッチが存分に味わえる。
例えば、アレックスが乗ったRV車から捉えた不穏なカット、アレックスが逮捕されるシーンにおけるノワール調なタッチ、神父の地下室に踏み込んでいくシーン等は白眉である。また、ケラーがアレックスの口を割ろうとして拷問するシーンも非常に陰湿、残酷で、この異様な雰囲気にも圧倒されてしまった。
こうした卓越した演出が2時間半ずっと続くため、本作は観終わった後にかなりの疲労感に襲われる。これだけ重厚感のある作品を撮り上げてしまうヴィルヌーヴの才気には改めて感服するほかない。
物語もよく練られていて最後まで目を離せなかった。誘拐事件発生から容疑者の逮捕、釈放までは軽快に展開される。呆気にとられるくらい淡々としているが、物語はここから一気に本格化していく。ストーリーの重点の置き方が潔い。
圧巻は、ケラーのアレックスに対する監禁、尋問シーンである。ここは非常にねちっこく撮られていてイヤな鑑賞感が残る。ここまで徹底して描写した所にヴィルヌーヴのこだわりが感じられる。
つまり、ヴィルヌーヴは復讐の恐ろしさ、理不尽さ、独りよがりな正義の愚かさを暗に示したかったのだろう。
ケラーの葛藤も非常に丁寧に描かれている。彼は最初はこの復讐に躊躇し苦悩する。しかし、一度タガが外れると人間というのは恐ろしいもので、どんどん拷問をエスカレートさせていくのだ。この辺りの心理変化には実にリアリティが感じられる。それゆえ観ているこちらも重苦しい気持ちにさせられる。
更に、ケラーはもう一人の被害者の父親である黒人男性を連れてきて一緒に拷問に加わるように強制する。この”もう一人の父親”の心情も興味深く読み解けた。
本作が数多あるサスペンス映画と一線を画した作品足り得ているのはこの部分だろうと思う。被害者の父親を2人登場させて、その思考の違いを観客に突きつけているからである。二人の父親の思考の違い、葛藤がテーマを深淵している。
一方、事件そのものを追いかける捜査過程も十分面白く観れた。
ロキ刑事は事件を捜査するうちに、過去に起こった9件の事件の存在を知り、そのうちの1件に重要な手掛かりを見つける。そして、過去の事件を追悼する集会で、彼は偶然にも重要参考人を見つけるのだ。過去の事件を絡めながら複雑に展開させていくストーリーテリングは見事と言えよう。
尚、最後に犯人が判明するのだが、これも意外で面白かった。
今回の脚本家は初見であるが、事件のからくりや被害者家族の心理に対する鋭い洞察など、かなり巧妙に書けていると思った。まだフィルモグラフィー自体が少ないので、実力のほどは何とも言えないが、次回作は名作「パピヨン」(1973仏)のリメイクを任されているというから今後の活躍に期待したい。
キャストでは、ケラー役をH・ジャックマン、ロキ刑事をJ・ギレンホールが演じている。今作は彼ら二人のW主演と言っていい作品である。
中でもH・ジャックマンの苦渋を滲ませた演技が絶品だった。愛する娘を奪われ復讐の鬼と化していく形相は、彼の代表作である「X-MEN」シリーズのウルヴァリンとはまた違った迫力が感じられた。特に、遺留品の確認で見せた絶望の演技が白眉だった。
他に、ポール・ダノ、メリッサ・レオ、ヴィオラ・デイヴィスといった芸達者な演技陣が魅せる。
ところで、タイトルの「プリズナーズ」(原題のまま)の意味とは何だろう?これはテーマそのものにも深く関係してくる問題だと思うので、自分なりに解釈を述べてみたい。
翻訳すれば《囚人》ということになる。これは囚われの身となったケラーたちの娘のことを表しており、同時にケラーたち自身のことも指しているのではないかと考えられる。
というのも、映画の冒頭、ケラーと長男は鹿を撃つ前に祈りを唱えている。ここから彼らは敬虔なキリスト教信者であることが分かる。
更に、ケラーはアレックスを拷問する時に「神よ許したまえ」と泣きながら唱えていた。自分の行っている行為が神の教えに背くことだと自覚しているからである。
キリスト教で復讐は禁じられている。しかし、人間の心は弱い。一度復讐心に駆られると容易にその衝動は止められない。
現にケラーは途中からアレックスが犯人じゃないかもしれない‥と薄々感付きながらも拷問を止められなかった。これが人間の弱さ、恐ろしさである。自分の心に嘘をつき、神に対して”言い訳”をしながら拷問を続ける。それが普通なのである。
つまり、人間とは神の名のもとに一生苦悩する運命を背負わされた《囚人》なのである。