小学6年生の石田将也のクラスに、耳の聞こえない少女、西宮硝子が転校してくる。将也は硝子を無邪気にイジメるようになり、他のクラスメイトたちもそれに追随した。その結果、硝子は転校してしまった。将也はイジメ問題の責任を一人で背負わされ、周囲から孤立するようになる。それから数年後、高校生になった将也は心を閉ざしながら無為な日々を送るようになる。
(レビュー) いじめ問題をモチーフに少年少女の友情と恋を爽やかに綴った青春ドラマ。同名のコミックを原作にしたアニメーション映画である。
原作は少しだけ読んだ程度で詳しい所までは知らなかった。世間的にかなり話題になったと記憶している。その原作がアニメ映画になるということで個人的にも注目していた作品である。
改めて本作を観ると、その意義というものが噛みしめられる。ここで描かれる、加害者が被害者に転じる因果応報的教訓は、いじめ問題を解決する上で一つのヒントになるのではないだろうか。
イジメの罪を背負って生きる将也の葛藤と苦悩は、見ているこちら側にストレートに伝わってきた。クライマックスにおける彼の行動は、硝子を救おうという強い意志から生まれたものであるが、同時に彼自身も救われたいという願いに思えた。あの行動で生還できたことは正に奇跡と言うほかないが、神様はちゃんと見ていたということだろう。これも、努力した者は救われるという教訓のように感じられた。
そして、こうした社会派的なテーマの一方で、本作は青春ドラマとしても中々よく出来ている。
将也と硝子の淡いロマンスが初々しく描かれており、観ているこちらが恥ずかしくなるくらいだった。
特に、硝子が勇気を出して将也に生の声で告白する所などは愛らしい。その切なる思いに気付けない将也の鈍感振りは流石にどうかと思うが、何とも歯がゆく、この年頃の少年少女の純情が微笑ましく表現されている。
とにかく、本作はこの硝子の愛らしさ、いじらしさが一つのチャームポイントになっているように思う。イジメられても笑顔を絶やさぬ健気さは、高校生になっても変わらないままで、これには将也ならずとも惚れてしまうだろう。
物語は基本的にはこの二人の関係性を軸に描かれるが、それ以外に様々な個性的なサブキャラが登場してくる。
その一人、硝子の妹、結弦は姉と将也の間を取り持つキーパーソンとして印象深かった。少年のような格好の不登校の少女という設定で、そのバックストーリーは明らかにされていないが、硝子を支えてきた過去から色々なものを想像してみたくなる。
また、将也と硝子の母親同士の関係も興味深く観れた。陰と陽、タイプが全く異なるキ母親で、その彼女たちが今回の問題をきっかけに奇妙な関係で結ばれていく所が面白い。
例えば、補聴器の弁償代の受け渡しのシーンなどは、かなり生々しく描かれていてドキリとさせられた。将也の母親は金では解決できないということで自らを犠牲にして誠意を見せたのだろう。将也の悪戯で傷つけられた硝子と同じ右耳から血を流す絵はショッキングだった。
そして、そんな彼女たちが、後半でまったく立場を逆転させてしまうのは実に皮肉的である。ここにも加害者と被害者の逆転という構図が見て取れる。
もう一人印象に残ったのは、将也と一緒に硝子をイジメていた同級生、植野の存在である。彼女以外にも、本作にはいじめっ子が複数人登場してくるが、植野はその中でもメインのドラマに深く関係してくるキャラクターである。彼女は硝子と終始、対立の姿勢を見せており、本作一番の悪役的ポジションに位置している。しかし、単なるイヤな性格の少女というだけでなく、彼女の行動は全て将也に対する恋心から発せられたものであり、嫉妬の表れに他ならない。これもまた年相応の無邪気な”身勝手”さであり、どこか憎めなさも感じられる。
花火のシーンでチラッと映る彼女の家族のシルエットが印象深かった。彼女には彼女の人生があり、そこには当然他人には言えぬ悩みもあるのだろう。そのバックストーリーを色々と想像してしまいたくなった。
このように様々なキャラが活き活きと描写されており、本作は単なる青春ロマンスという枠組みを超えた作品になっているような気がする。改めて構成の上手さに感心させられた。
監督は
「けいおん!」(2011日)の山田尚子。いわゆるリアリティのある日常描写に定評のあるアニメーション作家で、その資質は本作でも十分に発揮されている。京都アニメーションが描くクオリティの高い作画も申し分なくドラマに説得力をもたらしている。
また、将也の主観を意識させたカメラワークや、彼から見た周囲の人間の顔に×マークをつけるという特殊な演出も中々効果的だった。
但し、序盤の小学校編は時制の往来が激しいので、観てて少々混乱させられた。イメージカットを度々挿入する映像演出も鼻につく。確かにこうしたMV風でクールな映像演出は目を引くし、映画のテンポを良くして飽きさせないという効果はあるが、個人的には日常のリアリティを大切にする本作であれば、こうした小手先のテクニックは繊細さを逆に殺してしまっているのではないか…という気がした。
脚本は「けいおん!」、
「若おかみは小学生!」(2018日)の吉田玲子。
ベテランだけに安定感がある。ただ、唯一、終盤の将也と硝子の再会シーンは少しご都合主義に見えてしまった。まるで磁石のように引き合う二人は、いかにも青春ロマンス然とした展開で嫌いではないのだが、何か一つ”きっかけ”が欲しかった。その役割を担うのが結弦ではなかっただろうか。
それと、クライマックスで硝子が”ある行動”に出るのだが、その動機付けが今一つ説得力に欠けるものだった。確かにストーリーの流れから言えば理解はできるのだが、あともう少し理由を足して欲しかった。これも結弦の写真で表現できたと思う。原作では結弦が動物の死骸の写真を撮っていたことが描かれていたが、この映画の中ではそこがはっきりと明示されていなかった。
声優陣では硝子を演じた早見沙織の熱演が素晴らしかった。伝えたい気持ちをそのまま言葉にして出すことが出来ないジレンマ。それを見事に表現している。