女優ニコールと舞台演出家チャーリーは、一人息子と円満な夫婦生活を送ってきた。しかし、長年連れ添った仲にも少しずつ亀裂が入り、このたび離婚することになる。ニコールは新たな女優の道を進むべく息子を連れてLAに引っ越しするのだが…。
(レビュー) 一組の夫婦の泥沼の離婚劇を描いたドラマ。
観てて決して楽しい作品ではないが、要所にユーモアを配した作りになっているので最後まで面白く観れる大人の恋愛映画になっている。
物語は夫々が幸福だった頃を振り返るモノローグから始まる。実はこの時すでに離婚協議が始まっているのだが、まさかそれが最後の方の伏線になっていたとは…。実に上手い脚本の構成だと思った。
この夫婦が最後にどうなるのか?色々と予想しながら観ていたが、なるほどそういうオチをつけてきたか…と納得である。ある程度想定の範囲内であるが、かすかな希望が垣間見えた所に溜飲が下がった。
と同時に、彼らの関係はどこかで軌道修正できたのだろうか?という思いも頭の中を駆け巡った。
例えば、離婚以前はニコールが家族の散髪をするのが常だった。それが別居してからはチャーリーも仕事にかまけて散発に行かなくなる。彼が息子に会いにニコールの別宅を訪れた時、彼女はボサボサの髪の毛を見るに見かねて散髪しってやった。
このシーンに代表されるように、彼らはまだ夫婦だった頃の気持ちがかすかに残っているのである。
あるいは、ニコールがテレビ俳優として華々しい活躍を収めた時、チャーリーは賛辞を贈った。逆に、チャーリーが劇団の助成金を得てブロードウェイ公演が決まると、ニコールは自分のことのように喜んだ。売れない頃から苦労を分かち合ってきた者同士、互いの仕事に敬意を表したわけである。夫婦としては破綻したかもしれないが、お互いにアーティストとして認めあっているのである。良きライバルとして今後も励ましあっていけるのではないか、という気がした。
このように二人の関係は離婚協議中も決して険悪という所までは行っていない。もしかしたら別居しているから喧嘩も起こらないのかもしれないが、まるで結婚以前の普通のカップルのような関係を築けている。
ただ、一度離れてしまった心はそう容易く元に戻ることはできないのが現実である。仮に今回復縁しても、またいつか別れるのではないか?そんな気がした。
この映画は終始二人の関係を浮かれることなくシビアに描いており、それがドラマのリアリアティに繋がっている。
二人の間に立った弁護士の存在も大きいと思う。本人たちは穏便に別れようとしていたにも関わらず、互いの弁護士が徹底抗戦の姿勢を貫き事態が悪化してしまった。
更に、彼らの息子の親権問題も離婚を複雑にしている。
当の息子は割とあっけらかんとしているのが気になったが、果たして彼は両親の醜い争いをどう思っていたのであろうか?この映画はそこのところを詳しく描いていない。しかし、描いていないからこそ観る方としては色々と想像してしまいたくなる。ウェットにしようと思えばいくらでもすることができただろうが、全編クールに抑制しており、この映画はその辺りも実に上手い。
さて、映画を観終わって、今回は夫婦のどちらに非が多かったのか?と誰もが考えるところであろう。
個人的な意見を言えば、今回はチャーリーの方に分が悪いような気がした。おそらく離婚を決定的にしたのは彼の浮気ではないかと思う。もちろん、ニコールの中ではそれまでに様々な鬱積が溜まっていたのだろう。チャーリーに縛られて生きてきたこと。女優としてのプライドを軽視されたこと。チャーリーの名声を嫉妬したこと。色々な思いが積もりに積もって今回の離婚に繋がったのだと思う。
それに引き換えチャーリーの愚かさよ。確かに芸術家として見れば彼は優秀かもしれない。しかし、私生活では何もできない男である。
例えば、弁護士との会談でランチを注文するシーンがある。この時、彼は一人でメニューを決められずニコールに決めてもらっていた。私生活では万事この調子なのだろう。最後まで自分は孤独だと言い張るあたり。実に女々しい。
確かにオープニングのニコールのモノローグにあるように良い所もある夫なのだと思う。しかし、根本的には仕事重視の人間であり、妻を妻としてでなく一人の俳優としてしか見てなかったのだろう。
監督・脚本は
「フランシス・ハ」(2012米)のノア・バームバック。前作「フランシス・ハ」でその才能が一気に開花した俊英である。今回もイノセンスな演出を見せつけ、その実力はいよいよ本格化してきたという印象を受けた。
そして、何と言っても本作はキャストの魅力が抜群である。
ニコールを演じたスカーレット・ヨハンソン、チャーリーを演じたアダム・ドライヴァー。二人の好演が作品をワンランク引き上げている。
特に、ニコールが弁護士に涙ながらに心情を吐露するシーン。チャーリーと激しく口論を繰り広げる後半のポイントとなるシーン。この二つは圧巻だった。