「悪魔スヴェンガリ」(1931米)
ジャンルサスペンス・ジャンル古典
(あらすじ) パリの下町に住む貧乏な音楽教授スヴェンガリは、相手を自分の意のままに操る不思議な魔力を持っていた。ある日、同じ下宿に住む若い画家たちのアトリエに行くと、そこでモデルとして日銭を稼ぐ可憐な娘トリルビーと出会う。その美しさに惹かれたスヴェンガリは、彼女をオペラの檜舞台に立たせてやろうとするのだが…。
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(レビュー) 原作は古典的な名作ということで(未読)、これまでに何度も映像化されている作品である。IMdbによれば最古の映像化は1914年ということだから、かなり古くから愛されていることが分かる。今作も戦前の作品ということで、映像や芝居は流石に古いが、ドラマ自体は今見ても十分に通用する普遍性を持っていると思った。
怪しい雰囲気を漂わせたスヴェンガリの造形から、一見すると怪奇映画のようなイメージを想像する。
確かに、スヴェンガリが白目を剥いて魔力を発動するクローズアップに、同年公開の
「魔人ドラキュラ」(1931米)のベラ・ルゴシのような恐ろしさが感じられる。しかし、こうしたハッタリを効かせたホラー的演出は極わずかで、基本的にはドラマを語ることに専念しており、分かりやすい例を挙げれば「オペラ座の怪人」のようなメロドラマとなっている。ファントム(悪魔)に魅せられた人間の悲しい性。ゲーテの「ファウスト」のようなドラマでもある。
そして、この悪魔スヴェンガリは随所でオフビートなユーモアを醸している。そのため、どこか憎めないキャラクターとなっている。ラストで彼が採った”選択”も物悲しさを覚える顛末で、そうした彼のキャラクター性が本作に一定の味わいをもたらしている。
また、ドイツ表現主義的な美術セットと技巧的なカメラワークも特筆に値する。特に、映画前半の舞台となるスヴェンガリが住む下町の造形は、総じて曲線的な作りで、それが「カリガリ博士」(1919独)のような一種異様な雰囲気を創出している。
カメラワークでは、スヴェンガリの部屋とトリルビーの部屋を繋ぐ疑似1カット映像がダイナミックで、時代を考えればかなり画期的且つ実験的な試みをしていると言えよう。
スヴェンガリを演じるのは
「グランド・ホテル」(1931米)でガイゲルン男爵を演じていたジョン・バリモア。両作品を見比べてみると、まったく方向性が違う役柄で面白い。尚、彼は現在も活躍する女優ドリュー・バリモアの祖父である。
「グッドナイト・マミー」(2014オーストリア)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) エリアスとルーカスの双子の兄弟の元に、整形手術をして顔に包帯を巻いた母親が帰ってきた。ところが、母は以前とはまるで違った雰囲気で戸惑いを覚える。やがて兄弟は衝撃の事実を知ることになる。
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(レビュー) 包帯で顔が分からないというビジュアル的な不気味さも相まって、双子の兄弟の恐怖心理に感情移入しながら最後まで面白く観ることが出来た。
どうして母親が整形手術を受けたのか?どうして父親がいないのか?どうして以前の母親とは態度が違うのか?そのあたりの謎を伏せたままストーリーが進行するので、観る人によってはストレスがたまる作品かもしれない。ただ、クライマックスまで観るとそのあたりの謎は全て判明するので、そこに至るまでは辛抱強く観てあげなくてはいけない作品でもある。
とはいっても、スッキリしない部分もあり、全てが明確に回答されるわけではない。観る側の想像に託す部分もあり、そのあたりが本作の面白い所である。
また、エリアスとルーカスの双子の兄弟にも秘密があり、これもクライマックスで判明する。これにはアッと驚かされた。ここまでの展開を振り返ると、なるほど。すべての辻褄が合っていることに膝を打った。
と同時に、子供ならではの無垢な残酷さに背筋が凍る思いもした。本作は基本的に、この兄弟の視座で物語が語られていくのだが、終盤で母親の視点に立って自分は映画を観ていた。どちらがモンスターかと言われると、明らかにこの兄弟の方がモンスターであると断言できる。
正直、ネタが分かってしまえば、この物語自体、非常にシンプルな話に思えてくる。どちらかと言うと、短編向きの物語という感じがした。実際に猫のエピソードはドラマを語る上では不要であるし、繰り返しのシチュエーションや悪夢のシーンも、必ずしも必要というわけではなく水増し感をおぼえる。
ただ、この単純な物語をミステリアスな演出でグイグイと牽引していった監督の演出手腕は見事なもので、それによって最後まで飽きなく観れたのも事実である。
彼らが住むスタイリッシュな邸宅は、どこか冷え冷えとしたムードを創り出し、スリラー映画としての雰囲気も抜群。美しい森やトウモロコシ畑、湖を捉えた自然風景も、この手のグロテスクな作品にしては意外なほどの品格を与えている。
監督、脚本は
「ロッジ-白い惨劇-」(2019英米)のヴェロニカ・フランツとセヴェリン・フィアラ。思えば「ロッジ~」も幼い兄妹と継母のミステリアスな愛憎を描いた身の毛もよだつようなスリラーだった。その源泉を本作から窺い知れたことは興味深い。共に母子の愛情を根本的に否定している所に、共通のテーマが汲み取れる。
「パスワード:家(h0us3)」(2018スペイン)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 大学時代の情報処理グループのメンバーが、それぞれの恋人たちを交えて夕食会を催すために久々に集まった。メンバーの一人ラファが、今インターネットで最も秘密だとされるファイルを開くことに成功したと告白する。その中にあった拡張現実のアプリを起動してみると、そこには驚くべき”現実”が映っていた。
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(レビュー) WikiLeaksからダウンロードしたファイルの中に謎めいた拡張現実アプリに隠されていた…という都市伝説みたいな話である。その手の陰謀論や最先端テクノロジーが好きな人なら興味深く観れるのではないだろうか。かく言う自分も、このアプリに現実味があるかどうかは置いておき、中々面白いギミックだと思った。
映画前半はラファを中心としたメンバー間のIT関連の話がダラダラと続き、正直あまり面白くはない。しかも、ここでの会話が後の伏線となっているかと思いきや、そういうわけでもない。登場人物の紹介という意味においても、もっとスマートな脚本を望みたい所である。件のアプリが話題に上がるのは中盤からで、ここからいよいよ本題に入っていく。
このアプリがどのような代物かはネタバレになってしまうので、敢えて伏せておく。ただ一つ言えることは、意外にもSF的な要素を含んだ話になっていく…ということだ。意外性を突いた展開で中々に面白い。
特に、このアプリのシステムを解明する試行錯誤の過程には興奮させられた。更に、コトは世界滅亡の危機にまでスケールアップしていき、当初の予想を上回る展開が用意されており上手く盛り上げられていると思った。
しかして、どういうオチが待っているのかと思いきや、これも一筋縄ではいかない。ここはラファが言っていたことが真実なのかどうかで解釈が分かれるような気がする。
自分はラファは途中までは本当のことを言っていたが、最後は嘘をついたのではないか…と睨んでいるのだが…。
監督、脚本は本作が長編デビュー作となる新鋭らしい。
低予算のインディペンデント作品ということで、会話劇主体の密室劇になっている。正にアイディア勝負の作品と言うことが出来よう。限られた条件下で中々健闘していると思った。
ただ、先述したように前半の水っぽさや、俳優陣の演技、映像的な工夫については物足りなさを感じてしまう。IMdbでフィルモグラフィーを見る限り、本作以降の作品はまだないようである。
「人生、ここにあり!」(2008伊)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルコメディ・ジャンル社会派
(あらすじ) 1983年、ミラノ。正義感の強い労働組合員のネッロは、異端すぎたために反発を招き、新たな組合に異動させられてしまう。そこは、廃止された精神病院から出てきた元患者たちで構成された協同組合だった。彼はそこで建築現場の“床貼り”を請け負う事業を立ち上げるのだが…。
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(レビュー) 精神病患者というデリケートな題材をカラッとした明るいトーンで描いており、誰が見ても楽しめる良作になっている。
そんなに上手くいくはずないだろうと思う所が何度かあったが、驚くべきことに本作は実話を元にしているそうである。映画の最後にテロップで出てくるが、イタリアでは1978年に精神病院廃絶法が制定され、患者たちは入院治療ではなく地域の精神保健サービス機関で予防や治療を受けることになったそうなのである。日本ではちょっと考えられないことであるが、患者の自立支援を目指した制度として、これは中々画期的なことではないかと思う。
映画は開幕からスピーディーなテンポで始まる。異様な速さに観てて戸惑いを覚えてしまったが、これ以降は落ち着いたテンポで物語が紡がれていく。ネッロが置かれている状況、彼が面倒を見ることになる個性的な患者たちの紹介。夫々に手際よく処理されていて自然と物語に入り込むことが出来た。
後半からジージョという患者のロマンスが描かれるが、ここから映画は少しシリアスに傾倒していく。このエピソードは精神病患者が一般社会に適応していくことの難しさを如実に物語っているように思う。よくある話と言えば、よくある話だが、ジージョの身になると実に居たたまれない気持ちにさせられた。
他にも本作には様々な個性的なキャラクターが登場してくるが、いずれも愛着感が湧くように造形されており、製作サイドの良心が感じられた。
ただ、これは誰もが楽しめる大衆娯楽という割り切りがあった上での話であって、実際にはここでは描かれていないようなシビアな面も相当にあったのだろうと想像される。実話ベースということを併せ考えれば、尚更そう思えてくる。例えば、「カッコーの巣の上で」(1975米)や
「ショック集団」(1963米)のような精神病患者のネガティブな面は人情噺の前に完全に漂白されてしまっている。したがって、観る人によっては甘ったるさを覚える人がいても当然という気がした。
床張り事業の一方で、本作はネッロと恋人の関係を描くドラマも用意されている。こちらはサイドストーリー的な扱いだが、メインのドラマ同様、ハートウォーミングな決着を迎え、後味は中々に良かった。
「よこがお」(2019日仏)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 訪問看護師の市子は、大石家の祖母を献身的に介護し、孫娘である基子から慕われ介護福祉士になるための勉強を教えてやっていた。ある日、基子の妹サキが行方不明になる。1週間後に無事に保護されるが、彼女を誘拐した犯人は意外な人物であった。
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(レビュー) 一つの事件をきっかけに不幸のどん底に落ちていく女性看護師の運命をスリリングに描いた愛憎ドラマ。
何と言っても市子を演じた筒井真理子の巧演が素晴らしい。普段は朗らかな表情を貫いているが、ふとした瞬間に見せる冷徹な眼差しにゾッとするような怖さが感じられた。事件の加害者でありながら同時に被害者でもあるという複雑な立場を絶妙に演じている。正に独壇場の活躍と言って良いだろう。
特に終盤、婚約中の吹越満に別れを告げた後に落書きをされた車を洗車しに行く一連のシークエンスは見応えがあった。悲劇のヒロインから一転、復讐に燃える女の情念を醸しつつハードボイルドなヒロインへと見事に豹変させている。
他に、早朝のゴミ出しで基子の彼氏である池松壮亮と再会するシーンも息を呑むような変貌ぶりを見せている。別れ際における冷酷な表情への変化にゾワゾワするような怖さが感じられた。
このように筒井真理子の演技は観ているこちらの感情を常に揺さぶってくる。彼女なくして本作は成り立たなかっただろう。そういう意味では筒井真理子の演技がこの映画の魅力を底支えしていると言っても過言ではない。
また、その演技を引き出した監督、脚本の深田晃司の演出力も見事と言うべきである。
そこかしこに不穏な空気を感じさせる画面作りは、過去作
「淵に立つ」(2016日)でも顕著に見られたものであるが、今回もその演出は冴えわたっている。
例えば、タイトル画面の煙草の煙などはその最たるもので、これから起こる”事件”を予感させるものである。あるいは、基子が市子と手をつなぐクローズアップは、二人の関係に友情以上のものを匂わせる絶妙な映像演出でシンプルながら印象深い。また、終盤の横断歩道のシーンもスリリングで見入ってしまった。
更に細かいところで言えば、サキが姉の基子のことを「ほんとガキ」とボソッと呟くところにはギョッとするような驚きがあった。それまで仲が良さそうに見えていた姉妹に、ほんの一瞬だけ”闇”を感じた瞬間である。こうした人間の本性に隠された”闇”を描かせると、深田監督は本当に上手い。
一方で、少し不自然に思う演出もあって、例えば市子が夢の中で犬の真似をして吼えるシーンがある。これなどは奇をてらったのかもしれないが、シュールすぎて苦笑するしかなかった。
市子が基子の幻影と対峙するシーンも面白いと思うのだが、本筋に必要かどうかというとそこまでの必然性が感じられなく、むしろ全体のリアリズムから浮いてしまっている印象を持った。
こういう演出は深田監督の一つの特徴なのだが、このあたりは好みが分かれる所かもしれない。
ちなみに、クラブのシーンが余りにも適当に撮っているのが丸分かりで、これもいただけなかった。
それにしても、今回の誘拐事件のそもそもきっかけが、幼少期に受けた性的トラウマだったというのは、実に罪作りな話であると思わされる。動物園のサイが勃起していたという話や基子が幼少期に芽生えさせた性癖にしてもそうだが、この物語にはどこかセクシャルなメッセージが隠されているような気がして、観終わった後に色々と考えさせられた。鑑賞後にモヤモヤとした感情がくすぶる。通俗的な愛憎ドラマと一線を画した複雑さを持ったおり、一筋縄ではいかない作品で見応えを感じる。
「LOVE LIFE」(2022日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) ホームレス支援のNPOで働く妙子は、再婚した夫の二郎と、前夫との間にできた連れ子・敬太の3人で暮らしていた。再婚に反対だった義父の機嫌を取ろうと、その日妙子たちは彼の誕生日のお祝いを催した。和気あいあいとした雰囲気の中、突然の不幸が彼らを襲う。
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(レビュー) 愛する我が子・敬太を失った母・妙子の再生ドラマかと思いきや、妙子と次郎、夫々の過去の愛憎にまで物語は転じ、最後まで予想できない展開で面白く観ることができた。
監督、脚本は深田晃司。これまでにも
「歓待」(2010日)で移民問題を、
「さようなら」(2015日)で原発問題を取り上げながら、同時代的な社会問題をテーマとして取り入れてきた俊英である。本作では社会福祉や移民、ホームレスといった問題を取り上げながら、一組の家族に起こった悲劇を巡る数奇なドラマを語っている。ちなみに、妙子の義母が敬太の死をきっかけに信仰に傾倒していくが、これも
「淵に立つ」(2016日)との共通性が認められ興味深かった。
このように今回は深田監督の過去作からの引用が幾つか見られ、そういう意味では集大成のような作品に思えた。
物語は中盤で妙子の前夫パクが登場して急転する。終盤の展開が少し雑に映ったが、妙子の”ある選択”がもたらすラストの顛末には、実にいたたまれない気持ちにさせられた。
妙子からすれば、敬太を死なせてしまった原因が自分にあるという贖罪の念があったのだろう。失ったパクとの愛をもう一度取り戻したいという気持ちがあったのかもしれない。しかし、そんな彼女の思いは見事に打ち砕かれてしまう。愚かな選択と一蹴することはできる。しかし、彼女の止むに止まれぬ気持ちを想像すると不憫でしょうがなかった。
観終わって、色々と考えさせられる作品である。一組の夫婦の軌跡の物語、愛についての物語、あるいは手話が印象的に登場してくることを考えると、昨年観た
「ドライブ・マイ・カー」(2021日)のようなディスコミュニケーションをテーマにした物語という捉え方もできよう。
いずれにせよ、観た人が様々な角度から様々に解釈できる作品であることは間違いない。非常に懐の深い作品である。
個人的には、本作は人間の二面性について描いた作品…というふうに捉えた。
ここに登場する人物は皆、本音を隠し、表面を取り繕って生きている。自分を含め人間であれば誰でもそうした面はあると思うが、それをこの映画は痛いほど鋭く突いている。
例えば、次郎は妙子を気遣う優しい夫であるが、その一方で非常に薄情な男でもある。無口な義父も妙子に対する感情を前面には出さない。しかし、自然とそれは態度に表れてしまう。義母も妙子に朗らかに接しているが、何気ない一言から彼女の本音が見え隠れする。
そして、妙子もこの再婚にどこか負い目みたいなものを感じていたのではないだろうか。おそらく彼女は次郎の過去の女性遍歴についてすべて知っていたと思う。しかし、それを一切詮索しないで、現在の平和な結婚生活を壊さないように心掛けているように見えた。
「和をもって貴しとなす」という言葉がある。周囲に波風を立てない殊勝な心掛けは、いかにも日本人らしくて、それ自体美徳と言えなくもない。しかし、自分の意見をはっきりと主張する外国でも果たしてそう言えるだろうか?
パクは在日ホームレスという社会的弱者である。本人が意図していたかどうかは別として、その立場を利用して妙子と寄りを戻していった。彼もまた表裏の顔を使い分けたわけだが、しかしここに登場する他の日本人に比べると随分と図々しい男だと思った。それが個人の性格によるものなのか、国民性なのかは分からないが、実に厚顔にして”したたか”である。
一般的に日本人はシャイで本音を言わない人種だと言われている。その生態を本作は見事に突いていると思った。自分自身にもそうした所があるので、これには余計に納得させられてしまう。
したがって、妙子の顛末にも他人事ならざる憐れさを覚えてしまうのである。
「友情にSOS」(2022米)
ジャンルサスペンス・ジャンルコメディ
(あらすじ) 卒業を目前に控えた黒人の大学生クンレとショーンはパーティをハシゴする“全制覇ツアー”を予定していた。ところが、その夜、部屋に知らない白人女性が酔いつぶれて倒れていたことから予定は狂ってしまう。警察を呼ぼうとするクンレに対し、ショーンは自分たちが怪しまれるからやめろと反対するのだが…。
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(レビュー) 泥酔した白人女性を介抱しようとするクンレ達の選択がどんどん事態を悪化させていくところに、ヒッチコック監督の「ハリーの災難」(1955米)のようなブラックコメディ・テイストを感じる。ただ、その一方で、クンレとショーンの友情にホロリとさせられたり、人種差別に対する作り手側の問題意識が垣間見れたり、全体的に硬軟織り交ぜた作風になっており中々侮れない作品になっている。
まず、出自や性格が全く異なるクンレとショーンのやり取りが面白い。クンレは成績優秀な優等生。ショーンは落ちこぼれの劣等生。本来であれば住む世界の違う二人であるが、幼い頃からお互いを知っているということで、実にいいコンビ振りを見せている。時に冗談を言い合い、時に喧嘩もする。そんな二人の友情が、この一件で危機に陥る。
そして、本作にはもう一人、重要な主要キャラが登場してくる。それが二人のルームメイトのカルロスである。彼もまた非白人ということで、学内ではあぶれ者である。衝突するクンレとショーンの間を取り持つ緩衝材的な役割を担っていて、この3人のバランスがドラマを回すうえで非常に上手く機能している。
全体的にスラップスティックなテイストが強めで笑える作品になっているが、終盤にかけてシリアスに転じていくのも意外性があって面白い。
また、すべてを丸く収まて大団円としなかった所には作り手側の気骨が伺えた。今回の事件で経験した人種差別の恐怖は、クンレに一生拭い去ることのできないトラウマとして植え付けたことは確かである。その恐怖を暗示するかのようなラストの演出は白眉である。
尚、IMdbによれば監督と脚本は夫々に本作が長編2作目の新鋭ということらしい。二人は本作の元となったショートフィルムを製作しており、そちらがかなり高く評価されて今回の長編製作に繋がったということだ。
演出は軽妙にまとめられているし、話のテンポも軽快でストレスフルに観れる。昨今この系統の作品ではジョーダン・ピールのような才能も登場しており、どうしてもインパクトという点では見劣りしてしまうが、本作も中々どうして。エンタメ性と社会派的なメッセージが見事なバランスで融合された快作になっている。
「ブレット・トレイン」(2022米)
ジャンルアクション・ジャンルサスペンス・ジャンルコメディ
(あらすじ) 運の悪い殺し屋レディバグは、依頼人のマリアからブリーフケースを盗むだけの簡単な仕事を請け負い、東京発・京都行の超高速列車“ゆかり号”に乗り込む。難なくケースを奪ってミッションを終えるが、殺し屋たちが入り乱れる乱闘に巻き込まれてしまい…。
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(レビュー) 伊坂幸太郎のベストセラー「マリアビートル」(未読)をブラット・ピット主演で描いた痛快アクション・エンタテインメント。
原作準拠で日本を舞台にしているが、幾つか設定に変更があるようで、煌びやかなネオン街は現実感が薄くどこか架空の街を思わせる。ブラピが乗り込む超高速列車”ゆかり号”の内装も普通の新幹線に比べると装飾過多で、そういう意味では架空の日本を舞台にしていると解釈してよかろう。敢えて突っ込みどころ満載なバカ映画としている節もあり、そういうスタンスで観れば十分に楽しめる作品ではないかと思う。
実際、コミックタッチなアクションシーンはすこぶる痛快で、戯画化されたキャラクターたちが織りなす因縁も、あり得ないくらい数奇に満ちていて飽きさせない。誰と誰がどこで結びつき、それが物語の中でどう転がっていくか。伊坂幸太郎の作品の中ではこうした皮肉めいた人生の因果がたびたび登場してくるが、それが本作でもドラマチックに再現されていて、外見の派手さはともかくとして原作に対するリスペクトが感じられた。
特に、終盤にかけてのアクションシーンは、デヴィッド・リーチ監督らしい突き抜けた演出が心地よく、観ている方としてもテンションを維持したまま一気に駆け抜けることができた。少々ブラックなテイストもあるので、そこも”らしい”と言えば”らしい”。
ただ、編集の問題もあるのかもしれないが、シーンの繋ぎの悪さが気になる箇所が幾つかあった。例えば、ミカンとレモンの最後の別れは、それまでのテンションを考えると妙にメランコリックで少し戸惑いを覚える。終盤におけるプリンスの動向がまったく描かれないのも、一体彼女はどこで何をしていたのだろうか?と気になってしまった。
尚、劇中にかかる楽曲も実に多彩でGood。日本が舞台ということで日本の歌がフィーチャーされているのも嬉しい。開幕で流れるビージーズの「ステイン・アライヴ」は女王蜂のアヴちゃんがカバーしているバージョンだったとクレジットで知って驚いた。
キャストでは、ブラピの少し三の線が入った造形が作品のテイストに見事にマッチしていた。さすがにこういう役はお手の物といった感じである。
真田広之の貫禄タップリな演技も堂々としたもので、アクションも相変わらずキレがある。もはやハリウッド大作に欠かせぬ日本人俳優になった感がある。
日系人俳優では木村役を演じたアンドリュー・小路も雰囲気があって良かったと思う。今回初見であるが、どうやら米英で幅広く活動しているらしく、今後の活躍が楽しみな俳優に思えた。
他に、チャニング・テイタムやライアン・レイノルズといった豪華スターのカメオ出演等、濃ゆいキャストのオンパレードはもうそれだけでお腹いっぱいという感じである。
ところで、劇中に登場してくる”モモもん”なるキャラクター。どことなく東京オリンピックの某マスコットキャラに似てなくはないだろうか?そのあたりにも製作サイドの遊び心が感じられてニヤリとさせられた。
「FOUND ファウンド」(2012米)
ジャンルホラー・ジャンル青春ドラマ
(あらすじ) 11歳の少年マーティは、学校では虐められ、家では両親の愛を受けられず鬱屈した日々を送っていた。ある日、兄の部屋のクローゼットからボストンバッグを見つける。その中には切断された生首が入っていた。
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(レビュー) 兄の秘密を知ってしまった少年の恐怖を描いたホラー作品。
前半は間延びした展開が続きやや退屈するが、兄の異常な行動に徐々に惹かれていくマーティの心理は中々興味深く観れる。
無力な自分を救ってくれるヒーローだと思っていた兄が、実は裏では連続殺人鬼だったという恐怖。しかし、それを知っても尚、兄は自分に対して優しく頼もしい存在であることに違いはないという事実。兄の表裏の顔に翻弄されるマーティのスリリングな心情が、この物語を面白く見せている。
しかして、ラストはとんでもないことになってしまうのだが、これには実にやるせない気持ちにさせられた。ホラー映画でこのような不思議な気持ちにさせられたことが、かつてあっただろうか。凄惨で異常でありながら、マーティの心情を察するとどこか悲しみを禁じ得ない。
監督、共同脚本は初見のスコット・シャーマーという新鋭である。本作が氏の初長編作品ということだ。低予算の処女作ということで、多少の作りの粗さは見受けられる。事件性を無視した話作りにも無理を感じた。
ただ、そうした粗さはあれど、ここぞという所で見せるパワフルな演出は相当なもので、特に中盤でマーティが見る「Headless」というホラービデオは特殊メイクを含め相当力が入っている。ホラービデオという体に合わせて敢えて作り物臭さを全開にしているように見えるが、その胡散臭さも含め”映画”=”見世物”としての醍醐味が存分に感じられた。エログロナンセンスの境地といった感じである。
ちなみに、本作で直接映像として表現されるゴア描写はこのシーンのみである。兄の殺害行為などは一切描かれず、クライマックスまでそれは徹底されている。
今作の白眉は何と言ってもこのクライマックスシーンで、ここも被害者の悲鳴のみで表現されており、それがかえって想像を喚起させ余計に残虐性を際立たせている。先のホラービデオの映像が効果的に効いている。こうした計算高い演出にスコット・シャーマーの才気が感じられた。
尚、先述したホラービデオであるが、同じ「Headless」(2015米)というタイトルで後に製作されている(日本未公開)。スコット監督はプロデュースに回り、別の者が監督を務めているようだが、ティーザーを見る限り内容は本編で描かれていたものと同じような感じであった。
「デッドガール」(2008米)
ジャンルホラー・ジャンル青春ドラマ
(あらすじ) 高校生のリッキーは同級生のJTに誘われて、廃病院に忍び込み、そこで拘束された全裸の女性死体を発見する。ところが死体だと思っていたそれは不死の女だった。リッキーは逃げようと言うが、JTは彼女の裸体を障り始め…。
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(レビュー) 広義の意味でのゾンビ映画になるのかもしれないが、少しコリポレ的に危い内容かもしれない。ゾンビとはいえ全裸の女はレイプされいたぶられ、まるで性具のように扱われるからだ。観る人によっては、嫌悪感を抱くかもしれないだろう。
しかも、この映画は理性を持ったリッキーを主人公としながら、最終的には彼自身もその理性を失ってしまうという所にオチを持って行っており、これも観る人によっては賛否分かれるだろう。おそらく普通の娯楽映画であれば、真逆の結末にするに違いない。
個人的には、JTのような行動は理解しかねる所である。要は最後の一線を超えるかどうかであり、高校時代の自分であればそれは超えないなと思う。
また、本作は視点を変えればコメディのようにも映る作品である。自分は時々苦笑しながら本作を観た。
もう一つ、リッキーの葛藤に焦点を当てれば、本作は切ない青春ロマンス映画のようにも観れる。
彼は学校では冴えない生活を送っており、大好きだった同級生も体育会系のイケメンに奪われてしまい、大変惨めな思いをしながら、この廃病院にやってきた。悪友JTにそそのかされてゾンビ女を抱こうするが、大好きだった彼女のことを忘れられずどうしても抱けない。そして、ゾンビ女を助けようとする。
このプロットは先だって観た台湾映画
「怪怪怪怪物!」(2017台湾)に大変似ている。向こうは虐めがテーマだったが、こちらは性欲がテーマになっている。夫々に違いはあるが、強者による弱者の搾取という構図は共通している。主人公が辿る結末が異なる所も含め、両作品を見比べてみると興味深いと思う。