「デビルズ・メタル」(2015ニュージーランド)
ジャンルホラー・ジャンルコメディ・ジャンル音楽
(あらすじ) 実家を離れて叔父の家に引っ越したブロディは陰キャでメタル好きなせいで、学校ではいじめられ、目当ての女子生徒にも見向きもされなかった。ある日、レコード店でメタル好きのザックと出会い、虐められっ子たちとバンドを結成する。そして、ザックの提案でメタルの大御所リッキーが住む家に忍び込むのだが、そこには悪魔の楽譜があった。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) メタルサウンドに乗って悪魔に取りつかれた人間をバッタバッタと倒していくコメディ・ホラー。
監督、脚本が
「ガンズ・アキンポ」(2019英独ニュージーランド)のジェイソン・レイ・ハウデンということで鑑賞した。
低予算のインディペンデント映画の割には、勢いのあるゴアシーンや、下ネタ満載なブラック・ジョークなど上々の出来栄えで結構楽しめる。特に、大人の玩具を武器にして戦うアイディアは秀逸で、こういうきわどいネタはインディペンデントならではだろう。
ただ、シナリオはかなり日和見で決して出来が良いとは言えない。
まず、個性的なバンドメンバーのキャラを今一つ活かしきれておらず、実に勿体ない扱われ方をしている。そもそもキーマンであるザックの立ち回りがドラマを掻き回しているようで、実は大して面白みが感じられないというのが致命的である。本来であれば、ブロディとの間に育まれる友情をもっとフィーチャーすべきであろう。そうすればもっとドラマは盛り上がっただろうが、そこを曖昧にしたまま進行してしまったのが惜しまれる。
悪魔が宿った楽譜というアイディア自体も決して悪くはないのだが、それを巡って繰り広げられるサスペンスが中途半端で盛り上がらないのも残念だ。楽譜を狙う適役が登場するのだが、結局これが後半のパニックシーンで埋もれてしまうという勿体なさ。
ヒロインがブロディに惹かれる理由も説得力に欠けるし、エンドロール後のオマケも理解不能。
正直、話はどうでもよく、ゴア描写と下ネタと勢いだけで突っ走っていったという感じの作品である。
個人的には、ブロディがヒロインとベンチに座って一緒にアイスを食べるシーンが今作一番の笑いのポイントだった。何とも言えないとぼけた笑いを誘う。
尚、先頃続編の製作が決定したということである。スタッフ、キャストは同じということなのでテイストは一緒になると思うが、勢いや表現がマイルドにならなければいいのだが。
「悪魔の植物人間」(1973英)
ジャンルホラー
(あらすじ) 大学教授のノルターは植物と人間を融合させる実験をしていた。実験体はサーカス一座のリンチに浚わせており、生徒の女子学生がその餌食となる。ところが、実験は失敗に終わり彼女は死んでしまった。同級生たちは友人の失踪を心配するが、そんな中、第二の犠牲者が出てしまう。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) いわゆるB級ゲテモノ映画という括りに入るのだろうが、監督が「黒水仙」(1947英)や「赤い靴」(1948英)、「黒い牡牛」(1956米)等で有名な名カメラマン、ジャック・カーディフということで、その辺の凡庸な作品とは一味違った独特の陰湿なトーンが充満している。
まず、タイトルクレジットのネイチャードキュメンタリーのような植物のクローズアップ映像からして、どこか異様な雰囲気を醸し出している。植物の成長を克明に記したその映像は、まるで植物が息をする生物のようで何となく不気味だ。
陰影を凝らした夜間撮影の不気味さも、中々に見ごたえがある。とりわけ、植物人間の造形が中々ユニークなこともあり、不気味なその姿が暗闇からヌッと現れるシーンは見応えがある。
今作はカーディフ自身が撮影をしているわけではないが、要所の映像には氏の才覚がよく表れているように思う。
誤解を恐れずに言えば、中盤のサーカス一座の見世物のシーンも中々面白く観れた。いかにも古き見世物小屋感が漂う”いかがわしさ”は、古典的名作「フリークス」(1932米)のオマージュとして捉えれば、過激に一歩先を目指したという感じもする。今ならおそらく地上波では放送できないだろう。
物語は人体実験にのめり込むノルターと、サーカス団で暴虐の限りを尽くしているリンチという悪役2名を出したことでやや散漫な印象となってしまった。また、人体実験の標的になる大学生カップルを2組用意しており、これもドラマを散漫にしてしまっている。こういう作品はもっとストレートな物語でも良いと思うのだが…。
個人的には、リンチの複雑な心理に迫る後半の娼館のシーンが最も印象に残った。先天的に顔面が奇形な彼は、サーカス団の他の仲間と自分は違うという妙なプライドを持っており、彼等を蔑み傲慢な態度で威張り散らしている。その日、仲間内の誕生日パーティーに誘われなかったことに怒ったリンチは、祝賀ムードをぶち壊して夜の街へと繰り出す。その足で娼婦を買う。そして、オプション料金を支払って「愛してる」と言わせるのだ。彼の寂しさ、孤独が表れた哀愁漂う名シーンだと思う。
「風の電話」(2020日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 東日本大震災で家族を失い、いまは広島に住む伯母の家に身を寄せている高校生のハル。深い傷を抱えながらも徐々に日常を取り戻し始めていたある日、叔母が倒れて入院してしまう。悲嘆に暮れるハルは道端で気を失ってしまう。そこを偶然通りかかった男性に助けられるのだが…。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 東日本大震災で被災した少女が故郷である大槌町を訪れる中で、少しずつ成長していく青春ロードムービー。
ハルを演じたモトーラ世里奈の存在感に支えられている映画と言う気がした。彼女についてはまったく予備知識がなく、映画を観終わって興味が湧いて調べてみたが、どうやらモデル出身のハーフということで、その風貌は唯一無二と言って良いだろう。自身がコンプレックスだという、そばかすが逆にいい意味で彼女の個性になっており、こういう女優は日本には中々いないのではないだろうか。終始愁いを帯びた眼も独特である。
物語は割とストレートな喪からの再生ドラマとなっている。また、ハルの置かれている状況から、東日本大震災についての映画という言い方もできると思う。
また、タイトルにもなっている「風の電話」は実際に岩手県大槌町に存在するということだ。自分もニュースなどで見たことがあるので知っていたが、それがこの物語の終盤のキーになっていく。今でも多くの人がそこに訪れているということで、そうした人たちのために作られた映画と言うこともできるかもしれない。
監督、共同脚本は日本のみならずヨーロッパでも活躍している諏訪敦彦。初期作品「M/OTHER」(1999日)もそうだったが、基本的に即興演出とロングテイクを信条とする作家である。今回もドキュメンタリーを見ているような感覚に捉われる場面が幾つかあった。
例えば、ハルが途中で出会う森尾と一緒にクルド人一家に招かれるシーンは、セリフを喋らされているというよりも、その場で生まれた言葉による会話という感じがした。
劇中にはハルの慟哭が2度あるが、これもやはり台本に書かれていたというよりもモトーラ世里奈がその場で即興的に演じているように見える。クライマックスの”風の電話”での演技も生々しいリアリティが感じられた。
こう言ってしまっては何だが、今回の物語は再生ドラマとしては実に凡庸で、描き方次第ではつまらない作品になっていた可能性もある。ハルが出会う人たちが善人ばかりなのも、リアリティと言う観点からすれば物足りなさを覚える。そもそも家出少女が行方不明ということ自体が大問題なわけで、そこに関してあまり触れられていないのもモヤモヤとしてしまう。
ただ、こうした作品としての問題点を諏訪監督のドキュメンタルな演出がすれすれのところで回避しているのも事実で、そこが本作の”肝”になっているような気がした。そういう意味では、諏訪監督の演出力の勝利という感じがした。
そんな中、ハルが生前の家族の幻影と邂逅するシーンは、幻想的なタッチが入り混じった場面で印象に残る。ドキュメンタリーとフィクションの中間といった感じの絶妙な演出の妙に痺れた。
逆に、シナリオ、演出で気になった点が二つある。
一つ目はクルド人一家との交流エピソードである。これは移民が置かれている苦しい現状というかなりヘビーな問題をはらんでおり、若干メインのドラマの邪魔になってしまった感じがする。本来であれば作品と切り離して語るべき問題だったのではないだろうか。
もう一つは、ハルの慟哭が2度登場するが、これが実に勿体なく感じられた。確かに1度目の慟哭には彼女の深い憤りと悲しみが伝わってきて引き込まれたが、それと似たシチュエーションと同じ演技で繰り返される2度目の慟哭はいささか興ざめしてしまう。ハルの慟哭を後半に取っておくか、2度目の演技を変えてあげるなどの工夫が必要だったのではないだろうか。
「四畳半タイムマシンブルース」(2022日)
ジャンルアニメ・ジャンルコメディ・ジャンルSF
(あらすじ) 夏の京都。大学生の「私」は灼熱地獄と化したおんぼろアパート“下鴨幽水荘”で映画サークルの撮影の手伝いをしていた。撮影が終わり一休みしようとしたその時、部屋のクーラーのリモコンが水没してしまう。そこに見知らぬ青年が現れる。彼はタイムマシンに乗ってやって来た未来人だというのだが…。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 森見登見彦原作のアニメ「四畳半神話体系」と劇団ヨーロッパ企画の上田誠の戯曲「サマータイムマシン・ブルース」のコラボ作品ということだが、この取り合わせは中々上手く行ってるように思った。元々上田誠は「四畳半神話大系」でシリーズ構成と脚本を務めていたので、相性の良さはあったのだろう。結果、誰が見ても楽しめる痛快娯楽作になっている。
尚、自分はアニメ版「四畳半神話体系」と映画化版
「サマータイムマシン・ブルース」(2005日)を観ているが、夫々に十分に楽しめた口である。少しハードルを高めにして観たが、それでもその期待に十分応えてくれた。
本作は「私」の一人語りで進行する。こういう作りは得てして何から何まで説明して味気なくしてしまうケースがある。しかし、今回はむしろ、その一人語りが上手くいっているように思った。複雑になりがちなタイムパラドクスの原理を簡潔明快に説明しており、観てて頭が混乱するようなことがない。こうした「私」のモノローグで進行する作りは「四畳半神話体系」自体がそうであり、そういう意味でも今回のコラボの相性の良さが伺える。
同様に、個性的なキャラクターが揃う「四畳半神話体系」の面々も、「私」の語りで人物関係や人となりが丁寧に描写されている。オリジナル作品を観ていない一見さんにも優しい作りになっている。この手のコラボ作品は既存のファンだけが楽しめればいいという物があるが、誰が見ても楽しめる娯楽作として周到に作られている所に製作サイドの誠意が感じられた。
今作の見所は壊れたリモコンを元に戻すために右往左往するドタバタ劇である。しかし、その傍らで展開される「私」と明石さんの恋愛も慎ましく描かれており中々に味わい深かった。特に中盤、自他ともに認める明石さんの”ポンコツ”映画を、ただ一人傑作と評する「私」の言葉を聞いた時の明石さんのリアクションが良い。アニメーションというジャンルゆえ、全体的に大仰な演出が続く中、こうした細やかな心理の機微を上手く拾い上げた所に自分は好感を持った。二人の恋の行方をさりげなく匂わせた締めくくり方も気持ちのいい終わり方である。
アニメーション制作は湯浅政明が率いたサイエンスSARU。湯浅監督は「四畳半神話大系」では監督を務めていたが、クレジットを見る限り今回はコンセプチュアルな部分以外では関わっていないようである。作品のテイスト自体は「四畳半神話大系」を引き継いでいるが、個人的にはこちらの方がずっと観やすかった。おそらく湯浅監督が直接関わっていなかったことが大きいように思う。湯浅作品は多少尖った部分があり、それが彼の”売り”だと思うのだが、今回はその尖った部分が余りなく大変マイルドな仕上がりとなっている。
ただ、アニメーションのクオリティ自体は、美麗な作画力で魅せる昨今の他作品に比べると確かに見劣りしてしまう。目の肥えた今の観客にとってはテレビアニメ並みのクオリティに映ってしまうだろう。実際、本作は元々ディスニープラス配信のシリーズ物であり、それを1本の劇場用長編映画として編集された作品である。
しかし、よく練られたシナリオと独特の世界観が、作画面のクオリティを補って余りある魅力をもたらしており、作品全体としての質は決して低いわけではない。むしろトータルでの完成度は高いように思った。
「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」(2019仏ベルギー)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 世界的ベストセラー『デダリュス』3部作の完結編の出版権を獲得した出版社社長エリック・アングストロームは、世界同時出版することを大々的に発表する。さっそく9名の翻訳者が選ばれフランスの豪邸に集められた。翻訳作業は完全監視の中で行わたが、ある日ネットに作品の冒頭10ページが流出してしまう。アングストロームの元に、24時間以内に500万ユーロを払わなければ次の100ページも公開するという脅迫メールが届くのだが…。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 世界的ベストセラーの翻訳を巡って繰り広げられる衝撃のミステリー。
ユニークな設定から始まる冒頭に興奮させられた。個性的な9人の翻訳者が豪邸の地下に集められ、厳しい監視の元、いっせいに翻訳作業を始める。ところが、ある日突然作品の冒頭がネットに流出してしまう。一体誰が、何の目的で作品を流出させたのか?その犯人探しが前半部のメインとなる。
自分は犯人が誰なのか何となく予想がついてしまったのだが、ただ後半から明らかにされる事件の背後関係については予想外の”からくり”が用意されており、最後まで面白く観ることが出来た。
ベストセラー誕生の影に壮大な復讐劇あり。そこを痛快に締めくくりながら上手くエンタメとして昇華していたと思う。
文学を金儲けの道具としか思わない企業家が痛烈なしっぺ返しを食らうというのも、観ていて気持ちが良かった。アングストロームの言いなりになっていた女性秘書の反抗は一つの見物で、胸がすくとはこういうことを言うのだろう。
但し、観ている最中幾つか腑に落ちない点があり、それらがクリアされていれば今作は更に完成度が増しただろうと惜しまれる。
例えば、9人の翻訳家が選定された経緯が劇中ではまったく描かれていない。ここはこのミステリを紐解く根本を成す部分なので明確にしてほしかった。
また、後半の電車のシーンは大変スリリングで面白く観れるのだが、リアルに考えるとさすがに無理があるように思った。
9人の翻訳者の中で一人だけ不幸な結末を迎えるが、これもドラマを勧善懲悪へ持って行こうという安易な作劇に思えてならないかった。そのせいで作品の後味が少し悪くなってしまった印象が残る。
監督、共同脚本は
「タイピスト!」(2012仏)のレジス・ロワンサル。「タイピスト!」はウェルメイドに作られたサクセス・ストーリーだったが、今回は少し捻ったミステリーということで、作家としての幅の広さを見せた感じがする。次回作はロマン・デュリスとヴィルジニー・エフィラ共演の家族ドラマのようである。日本の公開は今のところ未定。
「ジェーン・ドゥの解剖」(2016米)
ジャンルホラー
(あらすじ) 身元不明の女性の死体が、検死官のトミーと息子のオースティンのもとに運ばれてきた。ジェーン・ドゥと名付けられたその死体は外傷が全く見られなかったが、解剖を進めてみると次々と不可解な事実が明らかになっていく。死因が一向に突き止められないまま、彼らは恐怖の一夜を送ることになる。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 謎の死体を巡って繰り広げられるホラー作品。
死体解剖の様子をダイレクトに見せるので、グロ耐性がない人にはきついかもしれない。塚本晋也監督の「ヴィタール」(2004日)という人体解剖をモティーフにした作品があったが、当時過激な描写を持ち味としていた若い塚本監督にしては、かなりマイルドな仕上がりで、個人的にはやや物足りなさを覚えたが、本作はそれよりも露骨な描写が入っている。
物語は、ジェーン・ドゥの正体を突き止めていくミステリー仕立てで進行する。死体から次々と発見される謎めいたシグナルを一つ一つ解き明かしていく所にミステリとしての面白さが感じられた。とはいうものの、自分は序盤である程度、想像がついてしまい今一つ食い足りなかったが、それでも演出や描写にエッジが効いているので興味深く観れる。
監督は
「トロール・ハンター」(2010ノルウェー)のアンドレ・ウーヴレダル。「トロール・ハンター」はいわゆるフェイク・ドキュメンタリー・スタイルの作品で、当時はこうした作りの作品が流行っていた頃だった。
「クローバーフィールド/HAKAISHA」(2008米)などもこのスタイルに入る作品だろう。その監督が、今回は正統派なホラー・スタイルを貫いている。
全体的にそつなく演出されていて、中々上手い監督だと思った。中でも、ラジオから流れる歌や死体の足につけられた鈴の音など、音の演出が秀逸である。
また、鏡に映る人影やドアの穴から見える不気味な顔といったショック演出も冴えわたっていた。
個人的には、抑制を利かせながら展開される謎解きの前半に惹かれたが、アクション性が増していく後半も中々に面白く観れた。
ラストの幕引きもホラー映画としては常套であるが上手くまとまっていたと思う。
「アウトポスト」(2020米)
ジャンル戦争・ジャンルアクション
(あらすじ) 2009年10月、アフガニスタンに展開する米軍の重要拠点とされるキーティング前哨基地。そこは四方を山に囲まれた谷底にあり、タリバン兵からの攻撃にあまりにも無力な場所だった。度重なる波状攻撃に徐々に精神的に追い詰められていく兵士たち。やがて敵の総攻撃が始まる。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 実話をベースにしており、いわゆる”砦モノ”の映画としてスリリングに楽しめたが、現地の民間人の描き方やラストの締めくくり方等にアメリカ側に偏り過ぎている印象を持った。
もちろん、兵士の目線を重視することで、戦場のリアリティを出そうという意図は分かる。実際に窮地に追い込まれていくアメリカ軍の状況を手に汗握りながら観ることが出来た。そういう意味では演出意図は成功しているのだろう。
しかし、襲ってくるタリバン兵は完全にゾンビのような群衆に単純化され、主人公であるアメリカ兵ロメシャ軍曹やカーター特技兵はひたすらヒロイックで少し興が削がれてしまうのも事実だ。
このあたりはリドリー・スコット監督の「ブラックホーク・ダウン」(2001米)でも似た印象を持った。
反戦的なメッセージも感じ取れなくもないが、基本的にはエンタメ性の強いアクション作品という割り切りの上で楽しめる作品である。
物語はこれといったドラマ性はなく、徹底したドキュメンタリー志向の攻防戦となっている。登場人物が多いためすべてを把握するのは難しいが、主要キャラさえ分かっていれば物語はほぼ理解できるようになっている。
ロメシャ軍曹を演じるのはクリント・イーストウッドの息子スコット・イーストウッド。父親譲りのニヒルな佇まいが印象的で、本作では勇猛果敢な活躍を見せている。
カーター特技兵を演じるのはケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。先日観た
「ニトラム NITRAM」(2021豪)でも強烈な印象を発揮していた個性派俳優である。今回も周囲から少し浮いた存在というキャラ付けをされており、そんな彼がクライマックスで仲間の兵士を救出するために奔走する姿は、本作で最もエモーショナルに観れた。
他にオーランド・ブルームが基地の責任者という立場で登場してくる。ところが、前半で早々に退場してしまい少し勿体なく思った。本来であれば主役級の俳優なので消化不良感が拭えない。
それにしても、今作はカメラワークが素晴らしい。
特に、敵の総攻撃を描くクライマックスシーンは白眉だ。手持ちカメラによる長回しが戦場の臨場感を上手く表現しており、終始画面から目が離せなかった。
また、橋の上の爆発のシーンも意外性のあるカメラワークで印象残った。おそらくドローンを使って撮影しているのだろうが、そうとは思わせないところが上手い。
「ベルファスト71」(2014英)
ジャンル戦争・ジャンルアクション
(あらすじ) 1971年、北アイルランドのベルファスト。そこではアイルランドの統一を目指すカトリック系住民と、英国との連合維持を望むプロテスタント系住民の間で争いが繰り広げられていた。英国軍の新兵ゲイリーは、治安維持を目的に混沌のベルファストへ送り込まれるのだが…。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 先頃見たケネス・ブラナー監督の自伝的作品
「ベルファスト」(2021英)でも描かれていた騒乱。いわゆる北アイルランド紛争を舞台にした映画である。
この騒乱は領土問題や宗教対立など大変根深い問題をはらんでおり、様々な組織が入り乱れた内乱だった。そうした知識をある程度、頭に入れてから本作を観た方が良いだろう。「ベルファスト」ではカトリック系組織とプロテスタント系組織の対立という描かれ方をしていたが、本作を観るとそんなに単純な争いでもないということが分かる。カトリック系のIRAの中にも穏健派と過激派がいて、夫々に主義主張が微妙に異なるということが分かる。
映画は、紛争の地と化したベルファストに送り込まれた英国軍兵士ゲイリーの視座で進行する。
治安維持の任務に就いた彼は、市民の襲撃を受けた仲間を助けようとしてIRAのゲリラに命を狙われるようになる。果たしてゲイリーは無事にベルファストを脱出することが出来るどうか…というのが物語の大筋である。
サスペンスとアクションでグイグイと惹きつける剛直な演出が冴えわたり、中々に見応えの感じられる作品だった。負傷したゲイリーを介抱する医師の登場など、物語に一定の抒情性をもたらすエピソードにも好感を持てた。
ただ、様々な人物が入り乱れるベルファストの状況は多少分かりづらい面があり、史実を知らないまま鑑賞すると訳が分からないということになってしまう。IRA内には裏切者やスパイもいて、敵か味方か判然としない者たちもいる。そのあたりをもう少し分かりやすく描いてくれると、本作はもっと入り込みやすい作品になったかもしれない。
演出は全体的にドキュメンタリー・タッチでまとめられており、逃走するゲイリーの切迫感を上手く表現していると思った。とりわけ、序盤の市民の暴動シーンは、現場の混乱ぶりをスリリングに描いており白眉の出来栄えである。
また、大人顔負けの生意気な少年兵の登場など、ユーモラスな演出も冴えている。時限爆弾を巡って繰り広げられる一件にもブラック・ユーモアを感じる。
一方、細かいところで少し気になる箇所もあって、例えば序盤の市民暴動後のゲイリーの逃走シーンはラフなカメラワークが大変見づらかった。敢えて臨場感を出そうとしているのだろうが、はっきり言ってアマチュアレベルの撮影である。また、ゲイリーを介抱する医師とその娘の登場の仕方は、もう一工夫欲しい所である。戒厳令が出てもおかしくない夜の街にフラリと現れるというのは、どう考えても不自然過ぎる。
キャストではゲイリーを演じたジャック・オコンネルの熱演が印象に残った。
また、近年
「エターナルズ」(2021米)や
「ダンケルク」(2017米)といった大作で目覚ましい活躍を見せている若手俳優ビリー・コーガンがIRAの青年兵役として登場してくる。独特なナイーブな佇まいがこの役所に説得力をもたらしており、その顛末も含め印象に残った。
「軍中楽園」(2014台湾)
ジャンルロマンス・ジャンル戦争
(あらすじ) 台湾と中国が激しい緊張状態にあった1969年。台湾の青年兵士バオタイは、最前線の島“金門島”に配属される。しかしカナヅチであることが判明し、“軍中楽園”と呼ばれる娼館を管理する部隊に左遷されてしまう。彼はそこで、どこか影のある娼婦ニーニーと出会い惹かれていくのだが…。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 戦時下の娼館を舞台にした作品というと栗原小巻主演の
「サンダカン八番娼館 望郷」(1974日)を思い出してしまうが、こちらは娼館で働く青年兵士を主人公にしたメロドラマ風な作りになっている。「サンダカン~」のような娼婦の生態や悲劇的運命といったものも、本作では描かれてはいるが、あそこまでの重苦しさはないので割と取っつきやすい印象を持った。演出や脚本が全体的にライト志向なので観やすい。
主人公パオタイとニーニーの関係を巡る純愛もさることながら、本作で一際印象に残ったのはパオタイの士官長ラオジャンと人気娼婦アジャオの関係に迫った愛憎劇だった。アジャオの小悪魔的な魅力の虜になっていくパオタイの破滅は中々見応えがあった。
また、パオタイの同僚ホワシンと若い娼婦の刹那的な生き様も中々に良い。ホワシンは裕福な家庭の子息で、そのせいで軍隊では先輩たちから理不尽な虐めを受けるようになる。その現実を忘れるようにしてやって来た軍中楽園で、彼は自分と同じように悪辣な客たちから乱暴を受ける若い娼婦と出会い惹かれていく。その顛末は、ある程度予想はできたものの、実に痛ましくやるせない思いにさせられた。
ただ、このホワシンと若い娼婦の顛末にしてもそうだが、先述したように作りが全体的にライト志向なので、変にロマンチズムに傾倒しすぎてしまった感がする。
映像的にも、娼館の景観が色彩トーン含め美麗すぎるし、ホタルや砲火等のCGもどこか無理に美しくロマンチックなものとして作りすぎている感じがした。娼婦たちの悲しい運命を考えれば、本来ロマンティックであってはならないはずであり、そこはリアリティを重視すべきではないだろうか。
また、パオタイ、ラオジャンやホワシンといった主に男性キャラの造形が全体的に紋切的で、物語を浅いものにしてしまった感がある。
一方のニーニーやアジャオたち、女性陣は魅力的に造形されていて良かったと思う。ニーニーの秘密の過去もミステリアスで惹きつけられたし、アジャオの本音が曝け出る後半の”見顕し”シーンも見応えがあった。
また、ニーニーがパオタイの誕生日にプレゼントした男物の腕時計には色々な想像が掻き立てられる。客から貰ったものなのか?前夫の持ち物だったのか?そして、それを一度は受け取ったものの、娼館を去るニーニーに返すパオタイの心境は如何なるものだったのか?エンディングを見ながら、この腕時計の意味について色々と想像してしまった。
「リビング・デッド・サバイバー」(2017仏)
ジャンルホラー
(あらすじ) サムは元カノから私物を返してもらうために、彼女の部屋を訪れる。ちょうど彼女主催のパーティーがやっていた所で、人混みが苦手な彼は個室で過ごしていた。すると、そのまま寝入ってしまう。翌朝、目を覚ますと外の様子がおかしいことに気付く。パーティーの参加者は姿を消し、街中がゾンビであふれかえっていた。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) ゾンビに支配された世界で孤独を感じながら必死にサバイバルを繰り広げていく青年の姿を、淡々と綴ったホラー作品。
ジョージ・A・ロメロ監督の「ゾンビ」(1978米伊)がゾンビ映画の基本形を作ったことは今更述べるまでもないだろう。本作はその「ゾンビ」にオマージュを捧げつつ、”対ゾンビ”という所ではなく、孤立無援の状態になった主人公サムの孤独に焦点を当てた作品である。昨今この手の映画はアクションかホラーテイストで押しまくる作品が乱造されているが、それらとは一線を画した異色作となっている。
また、サムの非社交性は映画冒頭でプレマイズされているので、このサバイバル劇がどこか皮肉的に見えてくるのも面白いところである。「ゾンビ」におけるショッピングモールの日常シーンが大量消費社会に対する皮肉だと言われているが、ここでも同じようなシチュエーションを用いて”引きこもり”という現代的なテーマが語られているような気がした。最初は自分一人の天下だと思って能天気に過ごすが、食料が底を尽き、ライフラインがストップすると、次第に孤独に耐えきれずサムは精神を病んでいくようになる。
同様の視点で描かれていたゾンビ映画と言えば
「ゾンビ・ランド」(2009米)が思い出される。あれも主人公の青年は引きこもりという設定だった。しかし、本作とは真逆のアプローチで描かれており、両作品を比べてみると興味深いものが見つかる。
映画は後半からサラという女性が表れて、いよいよアパートからの脱出劇というサスペンスとアクション性が強まっていく。その顛末も意外なもので面白かった。
サラ役はゴルシフテ・ファラハニ。先頃観た
「バハールの涙」(2018仏ベルギージョージアスイス)で印象的な女性兵士役を演じていた彼女である。ここでも凛とした佇まいで芯の強いヒロイン像を作り上げている。
また、エレベーターに閉じ込められた中年ゾンビも中々印象的であるが、こちらはレオス・カラックスの盟友ドゥニ・ラヴァンが演じている。カラックスと作り上げた”怪物メルド”を想起させる怪演が継承されている。
尚、結末について投げっぱなしという否定的意見もあるようだが、個人的には決してそうは思わなかった。むしろ、「ゾンビ」オマージュとして考えれば至極納得のエンディングではないだろうか。