人を食ったナンセンスコメディ。大人版「日本昔ばなし」。
「出張」(1989日)
ジャンルコメディ
(あらすじ) 主張中のサラリーマン熊井は、電車が事故で止まってしまい山奥の温泉街で一泊することになった。彼はそこで飲み屋の女主人と意気投合して一夜を楽しんだ。翌朝、目を覚まして街を出ようとしたとき、森の中から妙な物音を聞きつける。そこには機動隊相手に銃撃戦を繰り広げるゲリラの一団がいた。
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(レビュー) サラリーマンの奇妙な体験をシュールに描いたブラック・コメディ。
熊井は根っからの会社人間で仕事第一主義の男である。彼の人生の全ては会社であり、一生懸命働いてきたことに男としての誇りを持っている。しかし、その価値観は山中のゲリラに出会うことで崩壊してしまう。何故こんな所にゲリラが‥?という疑問を抱えながら、熊井は自由を獲得するために体制側と戦う彼らに奇妙なシンパシーを覚えていくようになる。それは会社の歯車として生きることを止めてより人間らしく自由に生きよ‥という啓蒙でもある。
見かけは実にシュールで奇妙な鑑賞感が残るが、ドラマ自体は自己存在の証明を問うた普遍的なテーマを持っている。目の付け所としては、製作年度が近いと言うこともあり滝田洋二郎監督の
「木村家の人びと」(1988日)との共通性も感じられた。人間の幸せとは?という疑問、非人間的な生き方に対する警鐘が、日常(下界)と非日常(山中)、保守(機動隊)と革命(ゲリラ)、常識(仕事)と非常識(戦争)の対比の中で浮き彫りにされている。確かに現実離れしたドラマであるが、中々鋭い風刺が感じられる。
監督・脚本は沖島勲。以前このブログで紹介した
「ニュー・ジャック・アンド・ヴェティ」(1969日)に続いて撮ったのが本作である。前作ほどのアバンギャルドさは薄まりかなり見やすくなっている。ただ、若干シュールな演出が見られるので、そこは好き嫌いが別れそうだ。
そもそも本作は寓話としてしか捉えられない作品である。今の日本に機動隊と交戦しているゲリラなんかいるはずがないし、温泉街の飲み屋での体験もまるで都市伝説のように描かれている。さしずめ狐に化かされた怪奇談といった有様で、そう言えば沖島勲はTVアニメ「まんが日本昔ばなし」のメインライターでもあった。もしかしたら、本人の中では"大人のための「まんが日本昔ばなし」”として作ったようなところがあるのかもしれない。
一方、シナリオは随分と雑味が多い。全体のドラマからすると余り意味を成さないようなシーンがあるので、もう少し整理する必要はあっただろう。
例えば、中盤の若いゲリラ兵の色恋沙汰や序盤の駅の会話、飲み屋の女主人達とのセックス、不要もしくは冗漫と感じられる場面が幾つかあった。逆に、熊井がゲリラたちに心を開くきっかけとなるシーンは重要な所なので、丁寧に描写して欲しかった。共通の話題として"ぢ″を持ってきたアイディアは面白くて良いと思うが‥。
ラストは綺麗にまとまっていたと思う。明らかに非現実的な演出で見る側をあっと驚かせるが、この監督特有のユーモアが感じられる。作品のメッセージ、つまり自分らしく生きよ‥というテーマも力強く発せられている。
ゲリラたちと過ごしたことで熊井の生き方はどんなふうに変わっていくのか?それを想像させるところも味わいがあって良かった。
熊井役は石橋蓮司、ゲリラの隊長役は原田芳雄。それぞれに作品のテイストに適した妙演を見せている。他に、行商人としてちょっとだけ登場する常田富士男のとぼけた演技も印象に残った。