切ない女心を高峰秀子が好演。
「雁」(1953日)
ジャンルロマンス
(あらすじ) 老父を抱えて貧困に喘ぐお玉は、やむにやまれず呉服商の末造の世話になる。部屋を与えられ時々末造の相手を務めながら暮らしの方はどうにか安定していった。ところが、ある日小間使いのお梅から嫌な噂を聞く。実は、末造は呉服商ではなく高利貸し屋で女房もいるというのだ。末造に騙されたと知ったお玉は今更どうすることも出来なかった。そんなある日、家の前をいつも通る学生・岡田と親密になり‥。
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(レビュー) 森鴎外の同名小説を名匠・豊田四郎が監督した作品。
物語自体は通俗的なメロドラマであるが、演出、撮影、美術、編集、キャスト。全てが高度なバランスの上で合致した風格のある作品である。
特に、お玉を演じた高峰秀子の表情が絶品だった。貞淑でウブな表情を見せたかと思えば、末造を誘惑する魔性をひけらかし、裏切られたと知ると今度はしたたかな振る舞いで彼の求愛を袖に振る。これだけ多彩な表情を見せる高峰秀子はやはり名優と言えよう。
そして、彼女は近所を通る清廉な学生・岡田に淡い恋心を抱き、かいがいしく世話をしていくようになる。御馳走を作ったり、留学するための資金作りを助けてやったり‥。恋に恋する少女のように岡田に尽くす姿は、末造に接する時とは正反対である。このあたりの女心も高峰は適確に演じ分けていて感心させられた。
ドラマは中々先に進まず少し退屈するが、中盤に入って岡田が蛇退治をするあたりから少しずつ動き出していく。お玉の葛藤がクローズアップされてくようになり面白く見ることが出来た。その切ない女心にはしみじみとさせられた。
また、このドラマにはお玉の心理を繊細に暗喩する様々なアイテムが登場してくる。先述した蛇の他に着物、本、小鳥、魚等々。この使い方には豊田監督の手練が感じられる。
とりわけ、映画のタイトルにもなっている「雁」の使い方が抜群である。雁はお玉の心情を端的に象徴するものとして冒頭とラストに登場してくる。伏線の上手さもあって、雁が飛び立っていくラストには彼女の寂寥感が見事に集約されている。余韻を残すエンディングが素晴らしい。