豪傑・松五郎の生き様を見事に活写。
「無法松の一生」(1943日)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルロマンス
(あらすじ) 人力車夫の松五郎は九州小倉の名物男。警察署長と喧嘩をしたり、芝居小屋で大騒動を起こしたり、生来の豪傑さで何かと世間を賑わせていた。ある日、道端で泣いてる子供・敏雄を見つけて介抱してやる。敏雄の父は陸軍軍人の吉岡大尉だった。これがきっかけで松五郎は吉岡に気に入られ、たびたび家に招かれるようになる。吉岡の傍らには良妻賢母な妻・良子がいた。そんな幸せを絵に書いたような家族は、吉岡の突然の病死によって不幸に陥ってしまう。松五郎は彼に代わって残された母子の面倒を見るようになるのだが‥。
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(レビュー) 豪傑・松五郎の半生を描いた人情ドラマ。
夫を亡くした母子との交流を通して、喧嘩っ早くて情にもろい松五郎の人情味溢れるキャラクターがしみじみと描かれている。
監督は稲垣浩。主演は阪東妻三郎。今作は内務省の検閲で松五郎がよし子に思いを打ち明けるシーンが10分程カットされたそうである。しかし、結果として"描かない″ことでベタなメロドラマ色が抑制され、松五郎の思いにも奥ゆかしさが生まれた。おそらくこうした方が見る側も共感しやすいのではないだろうか。怪我の功名と言えるかもしれない。
尚、本作は1958年に同監督の手によってリメイクされている。その時に松五郎を演じたのは三船敏郎である。自分はそちらの方を先に見ていた。
三船版は阪妻版よりも更に猛々しくなっていて、二人のキャラクターがそのまま芝居に表れていてるような気がした。今回は幾分柔和でコミカルに造形されている。阪妻ならでの"味″であろう。
ストーリーはリメイク版も本作もほぼ一緒である。但し、松五郎の晩年は58年版の方が丹念に描かれている。43年版の方はそのあたりが淡泊で、ドラマのメリハリという点ではやや物足りなかった。前半の若かりし頃の松五郎を”動”とすれば、晩年の彼は”静”である。このギャップがリメイク版の方が上手く計られていた。物語の構成面では58年版の方を高く評価したい。
一方、オリジナル版にはリメイク版には無い優れた点がある。それは名カメラマン・宮川一夫が作り出す凝った映像演出の数々である。
所々に禍々しいトーンが表出するのだが、これはリメイク版には無い実験精神溢れる映像演出だ。
たとえば、松五郎が幼少時代を振り返る回想シーン。子供から見た"闇″に対する恐怖が一瞬現れる不気味な幻影によって表現されている。また、松五郎の末路を暗に示した終盤の眩惑的な映像も、様式美に溢れていて引き込まれた。全体のトーンからすれば浮いてるのは確かだが、インパクトはある。宮川独特の映像感性が感じられた。
尚、松五郎が最も活き活きとした表情を見せる祇園太鼓のシーンは、リメイク版共々、今回も強く印象に残った。何事にも一途な彼の気質が伺える名シーンであろう。
キャストでは、何と言っても阪東妻三郎の妙演を買いたい。
また、長門裕之(当時は沢村アキヲ名義)が少年時代の敏雄役で出演していたのは意外な発見だった。