理不尽なしきたりに抗した男を中村錦之助が熱演!
「仇討」(1964日)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルアクション
(あらすじ) 江戸時代、脇坂藩の馬廻組を預かっていた江崎家の二男・新八は、槍の穂先が曇っているとケチをつけられ奥野孫太夫と果し合いすることになった。結果、新八は孫太夫を殺めてしまう。乱心による私闘として処分された新八は城下町を追放され山寺に籠った。そこに剣の使い手で有名な孫太夫の弟・主馬が仇討にやって来る。
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(レビュー) お家のために命を捨てなければならなくなった武士の葛藤に迫った時代劇。
家名を重んじる武家社会を痛烈に風刺した作品である。代々受け継がれてきた家名は当時の人々にとっては命にも等しいものだった。新八はそれを汚した孫太夫を決闘で切り捨てる。しかし、孫太夫の家もやられっぱなしでは黙っていられない。今度は彼の弟・主馬が新八に決闘を申し込んでくる。こうして泥沼の遺恨が繰り広げられていく。
全ては家名を守るため‥という、個人の生き方とは何も関係がない所で引き起こされた悲劇である。本作見ると改めてこの前近代的な掟には不快感を覚えてしまう。‥と同時に、当事者の感情の中に芽生える"憎しみ″に着目すれば、人間の心の弱さをまざまざと見せつけられる。
監督は今井正。クライマックスの決闘シーンの熱度の高い演出、新八と兄・重兵衛の最後の晩餐における緊張感を漂わせた演出等、要所に卓越したセンスが見られる。屋内におけるモノクローム映像もシリアスなドラマをキリリと締め、いかにも時代劇らしい重厚な作りになっている。
脚本・橋本忍の仕事ぶりにも感心させられた。中盤で時制を前後させたトリッキーな構成が登場してくるが、このフェイントにまんまとしてやられた。正に技ありである。新八と寺の和尚のやり取りも微笑ましく書き上げられており、最後の別れにはペーソスも感じられた。
また、小道具の使い方も抜群にうまい。例えば、新八と主馬の決闘シーンにおける木の枝の使い方などは実に皮肉的である。呆気にとられると同時に一種の虚無感も感じられ、武士の尊厳を滑稽にすら見せている。また、細かい所で言えば、感情の機微を扇子の開け閉めで表現する所作にも上手さを感じた。
キャストでは新八を演じた中村錦之助の熱演が印象に残った。持ち前のワイルドさを前面に出しながら、悲運の武士を猛々しく熱演している。
特に、クライマックスにおける立ち回りは大きな見所だろう。覚悟を決めて決闘にのぞむのだが、対する奥野家の策略によって絶体絶命の窮地に追い込まれてしまう。その焦燥感、絶望感には引き込まれた。髪を振り乱して戦う姿も迫力がある。
それにしても、新八の浮かばれなさには憐憫の情を禁じ得ない。身から出た錆びと言われれば確かにそうなのだが、事が悪い方、悪い方へと転がってしまうのはどういうことだろうか‥。武家社会の因習がそうさせているのか、はたまた新八自身の運の無さか‥。あるいは彼自身の不器用な性格が事を悪い方向へと歩ませてしまった‥とも考えられる。「長いものには巻かれろ」という言葉があるが、彼もそれが出来ていればここまでの悲劇は招かっただろう。