イイ話でホッコリできる。

「ル・アーヴルの靴みがき」(2011フィンランド仏独)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 小さな港町ル・アーヴル。靴磨きの仕事をしている中年男マルセルは、献身的な妻アルレッティと慎ましくも幸せな暮らしを送っていた。ある日、アルレッティが病に倒れ入院してしまう。医者の診断では絶望的だと宣告されたが、彼女は夫には黙っていて欲しいと頼んだ。その頃、港では搬入されたコンテナからアフリカからやって来た密航者が発見される。その中の一人、少年イドリッサは逃亡し、その先でマルセルに出会う。不憫に思ったマルセルは彼を匿うことにするのだが‥。
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(レビュー) 平凡な中年男と密航少年の交流を温かい眼差しで描いた人情ドラマ。
監督・脚本はA・カウリスマキ。オフビートな佇まい、時折見せるノワールタッチは相変わらず健在で、彼の作風を知っている人なら安心して楽しめる作品だと思う。ただ、彼本来の冷徹主義は今回は完全に封印されている。不法移民という社会派的な題材に深く突っ込むこともなく、あくまで人情ドラマに重きを置いた作りはこれまで以上に楽天的な仕上がりを見せている。
例えば、病に瀕したアルレッティの死のドラマ。母を探して旅をするイドリッサの再生ドラマ。死と生を対比させたドラマ構成は、描き方次第では残酷で暗い物語にすることも出来たはずだ。それをカウリスマキはリアリズムを抑制して寓話化をはかっていく。その結果を良しとするかどうは人それぞれだろう。
確かに奇跡を描く物語だけに、やりようによっては大変嘘臭くなるドラマである。三流の監督ならこれ見よがしに抒情的なBGMでも流して涙を誘おうとするのだろうが、やはりカウリスマキは一味違う。彼特有のミニマムな演出・シナリオが、本来の"臭み″を上手く中和している。そこを含め、個人的にはここまでロマンティックなドラマを見せてくれたことに素直に拍手を送りたい。
映画は非常にコンパクトにまとまっていて、むしろ省略しすぎな感じがしなくもないが、それとて唐突に感じるというほどではなく堅実に展開されている。いつの間にパン屋の小母さんにイドリッサのことを教えたのか?といった細かな不審点はあるが、そこは見る側が汲み取ってやるべきだろう。
ただ、後半のライブシーンは1曲丸々演奏がかかる。これは全体のコンパクトな作りからすると若干長く感じられた。音楽にこだわりを持つカウリスマキだけに思い入れがあったのだろうが、省略できる部分である。
小道具の使い方にも唸らされるものがあった。後半に"ある包み紙"が登場してくる。この伏線と回収が抜群に上手かった。おそらく最後の"アレ″はアルレッティのちょっとした悪戯心だったのではないだろうか?自分にイドリッサのことを何も話してくれなかったマルセルに対する嫉妬のようなもので、だからあの包み紙をベッドに置いたまま彼女はいなくなったのだと思う。見た目は仏頂面な彼女(カウリスマキ作品の常連K・オウティネンなのだから当然仏頂面)だが、この時だけはまるで悪戯をしでかした少女のように愛らしく思えた。
キャラクターはストーリー同様、シンプルに造形されていて大変見やすい。ただ、このシンプルさがキャラクターの平板化に繋がっているような気がした。ともすると、物語を展開させるためだけに作られた存在のように見えてしまう。全てが善人という所にも引っかかった。
ただ、イドリッサを追いかけるモネ警視のキャラだけは出色だと思った。今回は悪人らしい悪人は余り登場してこないが、彼は唯一悪役サイドに立つキャラである。しかし、そんな彼でさえも情にほだされ、根っこの部分では決して悪人というわけではない。彼は捜査官という職業柄、敢えて人間嫌いを装っているが、実際には寂しい男なのだ。他に比べてキャラクターに奥行きが感じられて印象に残った。