主人公を演じた伊藤雄之助の演技が良い。独特の味わいがある。
「プーサン」(1953日)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルコメディ
(あらすじ) 都内の補習高校で数学を教えている野呂は、のんびりとした性格の中年男。帰宅中にトラックに轢かれそうになって右腕を負傷する。まともに授業が出来ず生徒に手伝ってもらい、その手間賃としてお金を請求された。さすがに校長の信頼を失い、野呂は夜間部の担当に格下げされた。彼が下宿する先にはカン子という活発なキャリアウーマンがいた。野呂は彼女の頼みでストリップ劇場に連れて行かされる。初めてのデートである。しかし、当の彼女は余り面白くないと不機嫌で、結局デートはあっけなく終わってしまった。野呂はそんなカン子に次第に惹かれていく。その後、野呂は教え子にそそのかされて一緒に学生デモに参加する。これが問題となり彼は教師をクビになってしまう。
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(レビュー) 臆病でシャイな中年男の悲哀をコミカルに綴った社会風刺劇。
原作は横山泰三の同名4コマ漫画。それを和田夏十が脚色、市川崑が監督した作品である。
スケッチ風な作りになっているのは原作のスタイルをそのまま踏襲したからなのか‥?エピソードが散漫で1本の映画として見た場合少しまとまり感に欠く。
例えば、野呂が通う病院に来る喘息の青年などは、エピソードが投げっぱなしである。また、戦記物で売り出した代議士・五津も、戦争体験者である野呂の"陰″の部分を表したかったのだろうが、中途半端なままに終わってしまった。学生運動を巡る少年たちの対立も最後はどうなったのか?これも結末が描かれていない。
原作は未読だが、ここまで乱立したエピソードを見せられると、どうも製作サイドは1本の作品として何か大きなお題目を挙げようという気持ちは初めから無かったのかもしれない。あくまでオムニバス風なスケッチドラマとして作ろうとしたのだろう。それを割り切った上で見れば、個々のエピソードはそれなりに楽しめる。
中でも、派出所のシーンは面白かった。殺人犯が自首してくるのだが、丁度そこに居合わせていた臆病な野呂は怯えてしまう。ところが、巡査は慣れた手つきで彼に対処する。その後、少年が鼠を殺したと言って入ってくる。人殺しに驚かなかった巡査が鼠の死体を見て腰を抜かしてしまう。唖然とする野呂‥。これは可笑しかった。
また、警察に自殺の電話が2本同時にかかってくるシーンも面白かった。片方は老人の首つり自殺、もう片方は若い女の服毒自殺。署内の警官はこぞって女の方へと駆けつける。大勢の警官に取り囲まれた女は驚いて目を覚ます。結局、女は自殺未遂に終わる。
こうした笑い所はあるが、後半に入ってくるあたりから本作は徐々にシリアス色が強められていく。
デモに参加して教職をクビになった野呂は仕事探しを始めるのだが、戦後特需で景気が良くなっていた時代とはいえ、まだこの頃は社会全体が活気を見せるほどではなかった。一部の富裕層と一般庶民の間では大きな格差があった。野呂のように職にあぶれた連中は、日銭を稼ぐのに必死になって職安に詰めかける。しかし、のんびり屋の野呂に当然仕事など見つかるはずがない。次第に困窮していく野呂。その姿は見ていて悲惨である。最後に残った食料、キャベツを頭にのせてキチガイの真似をする所などは、笑うに笑えない哀しさがあった。
後半からはこうした悲劇色を打ち出しながら、時代の”闇”が徐々に表象されていく。見ていて少々鬱になるが、これが当時の社会だったのだろう。カリカチュアはされてはいるが何となく理解はできた。
キャストでは野呂を演じた伊藤雄之助の妙演が良かった。マンガチックな造形に堕することなく、世渡り下手な中年男の悲哀を見事に演じきっている。こういう情けない男って本当にいそう‥と思わせる説得力が感じられると共にどこか愛着感も覚えた。極端な話、今作はキャラクター映画的な所がある。野呂という男の存在感。それで持っているような映画であり、そこは大いに楽しめた。