荒んだ教育現場を息詰まるようなタッチで描いた作品。
「パリ20区、僕たちのクラス」(2008仏)
ジャンル青春ドラマ・ジャンル社会派
(あらすじ) パリの下町に様々な人種の子供たち集まる中学校があった。彼らの家は総じて貧しく成績は芳しくない。そんな中、国語教師フランソワは真剣に彼らと向き合っていく。夏休みが明けた新学期、生徒の一人、黒人少女のクンバが突然反抗的になる。フランソワは彼女に反省を促すのだが‥。
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(レビュー) 一見するとまるでドキュメンタリー映画のように感じられるが、今作は紛れもないフィクションである。
演技経験の無い子供たちと約1年にわたるワークショップを通じて作られた作品で、その生々しさたるや尋常ではない。かつて羽仁進が小学校の教室にカメラを置いて撮った短編ドキュメンタリー
「教室の子供たち」(1954日)、
「絵を描く子どもたち」(1956日)を彷彿とさせる。羽仁はカメラに子供たちが慣れるまで待ってから撮影を行ったという。本作も撮影に入るまでに相当の時間と労力を費やしているに違いない。その準備がこの息詰まるような緊張感とリアリティに結びついているように思う。演技ではなく本当にそこで起こっているかのうような迫力が感じられた。尚、フランソワ役を演じるのも俳優ではなく今作の原作者だそうである。彼は自身の実体験を元にしてこの小説を書いたという。
予め言っておくが、今作は学園物には付き物の、教師と生徒が絆を深めていく‥というようなお決まりのエンタテインメント作品ではない。DVDのジャケットや邦題がいかにも″それ風″だが、むしろ教師と生徒は互いにいがみ合っているだけで凄惨な教育現場しか登場してこない。果たして、学校が持つ意味とは何なのか?ということを考えさせるような作りになっている。感動を目的にして見たら痛いしっぺ返しを食らうだろう。
前述のように、今作は1年のワークショップを経てから撮られている。なので、この生々しいやり取りを見る限り、ほとんどのシーンは即興演出だと思われる。撮影現場には3台のカメラが持ち込まれたそうだが、フランソワと生徒たちのディスカッションをリアルタイムで切り取りながら、その現場の空気を生々しく伝えている。
たとえば、前半のフランソワとクンバのやり取りからはピリピリとした緊張感が伝わってきた。教科書を読むように言うフランソワ、それを頑として拒否するクンバ。どうして読みたくないのか?とフランソワは執拗に尋ねるが、クンバは読みたくないの一点張りで押し通す。二人は授業が終わった後も教室に残って、更に押し問答を繰り広げていく。二人の平行線が延々と続くので、見ているこちらも肩が凝ってしまう。それくらい緊張が強いられる。
また、クラスで一番の問題児スレイマンを巡る一件もハードなやり取りで引き込まれた。彼は非識字者で文字を書くことが出来ない。それを知らなかったフランソワは自己紹介文を書くという宿題を出してしまった。こうして彼はフランソワと対立の溝を深めていく。これもかなり激しい口論が繰り広げられていて非常に迫力があった。
尚、ここでの二人の確執は、後に起こる"ある重要な事件″の伏線となっている。この事件が本ドラマのポイントでありクライマックスである。教師と生徒の師弟愛という美談が万人の涙を誘う一方で、今作は敢えてそれとは逆の結末を見せる。これは製作サイドの問題提示と見ていいだろう。互いに分かりあえるなんてことはドラマの中の絵空事でしかない。現実にはそんなに簡単に問題は解決しない‥。これが作り手側が訴えたかったメッセージなのだと思う。
過去に
「フリーダム・ライターズ」(2007米)という映画を紹介した。あれは実話の映画化だが大変美しい師弟愛のドラマにもなっていた。そういう作品は教育の啓蒙という意味から大切だと思う。しかし一方で、今作のように厳しい現実に目を向けさせる作品も貴重ではないだろうか。
今作には、他にもたくさんの個性あふれる生徒たちが登場して、フランソワと丁々発止の口論を繰り広げていく。先述したスレイマンのエピソードがメインのドラマになるが、基本的には個々のエピソードを交錯させながら進行していくスケッチドラマになっている。サブ・エピソードは幾つか消化不良になってしまったが、これも問題を安易に処理しないことでリアリティを堅持しようとした作り手側の狙いだろう。終始一貫している。
それにしても、フランソワと生徒の激しいやり取りを見ていると、日本では考えられない光景である。ここまで堂々と討論できるのは、言論の自由を重んじるフランスだからなのか‥。それに比べたら日本の学校はなんと無機的で安穏としているのだろう。良くも悪くも詰め込み式の教育になってしまっている。自分で考え、自分で表現するということを教えていない。こう言っては何だが、今作を見ると日本の教育は何かが間違っている‥という気がしてならない。