売春禁止法に揺れる遊女たちの群像劇。
「赤線地帯」(1956日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 吉原の赤線地帯の老舗「夢の里」は、売春禁止法案が国会に提出されたニュースを受けて騒然としていた。店で一番の人気やすみはいつ路頭に迷っても困らないように箪笥貯金を蓄えていた。病気の夫と幼子を抱えるかなえはいくら稼いでも薬代と家賃の支払いで貧窮していた。年長のより江は馴染の客と結婚を考えていた。息子を女手一つで育てるゆめ子は今の身を恥じていた。そこに、大阪から流れ着いたミッキーが新顔として入ってくる。
楽天レンタルで「赤線地帯」を借りようgoo映画映画生活ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 「洲崎パラダイス 赤信号」(1956日)の原作者・芝木好子の短編「洲崎の女」を元にした群像ドラマ。尚、今作は溝口健二監督の遺作である。
個性あふれる5人の女性たちの生き方が軽快に綴られていて、当時の世相が織り込まれている所も含め、大変興味深く見れる作品だった。売春禁止法は「夢の里」の旦那やそこで働くやすみ達を不安に陥れる。おそらく多くの遊郭が相当困ったことだろう。「俺たちのやってることは社会事業だ!」「自分の物を自分で売って何が悪いのさ!」といったセリフが印象に残る。
尚、法律は今作公開直後に成立し、溝口監督はその3か月後に死去した。
さて、物語は5人の群像劇になっているが、メインとなるのはやすみのエピソードと、ゆめ子のエピソードになる。
まず、やすみの生き様は実にアッパレであった。親密になった贔屓客を次々と騙して援助金を搾り取り、同僚に金貸しをしながら利子を稼いでいる。「夢の里」で一番の売れっ子で最後は見事な成功を果たしていく。そこに行きつくまでの山あり谷ありのドラマが、このエピソードの見所である。
反対に、ゆめ子のエピソードは救いのない隠滅としたドラマとなっている。彼女は夫に先立たれ息子を一人で育てているのだが、その苦労は見るに忍びない。映画序盤、彼女の息子が会いにやって来る。息子はまさか母が身体を売っているなど夢にも思っていない。ゆめ子は店の奥に隠れて我が身を恥じるしかない‥。愛しい息子に顔を合わせることも出来ないのだ。その心中を察すると居たたまれない。その後、彼女は息子と決定的な決別を迎えるのだが、これは実に残酷だった。
他の3人も個性的に色分けされていて面白く見れた。夫々が抱える問題も多岐に渡っていてドラマチックである。
ただ、ここまで詰め込んでしまうと全体として散漫な印象がしてしまう。柱となるドラマがあった「洲崎パラダイス」に比べるとどうしてもメッセージのインパクトが弱まってしまった感がする。
ちなみに、溝口監督と言えば、過去に芸妓を描いた「祇園の姉妹」(1936日)や「祇園囃子」(1953日)といった作品がある。ドラマの芯がしっかりしたこれらの作品との比較から言っても、今作はドラマが分散気味である。
もっとも、こうした過去作のオマージュが所々に散りばめられているので、溝口芸妓映画の集大成といった捉え方は出来るかもしれない。そういう意味では見応えは感じられる。
キャストではミッキー役を演じた京マチ子が印象に残った。きびきびとした演技で5人の中で最も明るい芝居を見せている。ただ、その影では他人には言えぬヘビーな問題も抱えている。この表裏を上手く演じた所は流石であった。
また、ハナ江を演じた小暮美千代は意外なキャスティングだった。「祇園囃子」ではベテラン芸妓を演じていたが、あの時の華やかさと打って変わって、今回はまるで別人のような不幸の身の上を演じている。クレジットを見て知ったくらいである。
一方、やすみを演じた若尾文子は相変わらずの美貌に見とれてしまった。こちらも「祇園囃子」では見習いから一人前の芸妓になっていく成長を瑞々しく演じていた。今回はもはや百戦錬磨といった貫禄を見せつけ男たちを手玉に取っている。
難は何かと物議をかもした音楽だろうか‥。過度に不穏なトーンを覆い被せてくるので一部で違和感を覚えた。
尚、助監督に増村保造がクレジットされている。彼は溝口健二に師事し、その後は市川崑の元で助監督を務めて一本立ちしていった。