実際に起こった強盗殺人事件をリアリズム溢れるタッチで描いた名匠・熊井啓の監督デビュー作。
「帝銀事件 死刑囚」(1964日)
ジャンルサスペンス・ジャンル社会派
(あらすじ) 昭和23年、帝国銀行で毒殺事件が起こる。厚生省技官を名乗った犯人は現金と小切手を奪って逃走した。マスコミ各社はこの事件をセンセーショナルに取り上げた。警察の捜査も一気に熱を帯びていく。しかし、犯人が使っていた名刺、小切手の行方、目撃証言といった手掛かりからは具体的な犯人像は浮かび上がってこなかった。その頃、昭和新報の記者・武井は犯行に使われた青酸化合物から、旧日本軍の過去の事件を連想する。彼はこの二つを結びつけて独自に調査を開始するのだが‥。
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(レビュー) 事実を元にした社会派サスペンス作品。
名匠・熊井啓が緊迫感みなぎるドキュメンタリータッチで描いた初監督作品である。実際の映像、証言などを参考にしながら作り上げた労作で、初演出とは思えぬ重厚なタッチに彼の才能が感じられる。
特に、犯行現場を再現した序盤のシーンは、粒子の粗いモノクロ映像、伊福部明の悲壮感を漂わせたスコアによってトラウマ級の恐ろしさを見る側に突きつけてくる。周到にリサーチした上での撮影だったそうで、かなりのリアリティが感じられた。
物語は新聞記者・武井の視座で展開していく。彼は犯人が使用した青酸化合物から旧日本軍731部隊を連想し、独自に調査を開始する。ちなみに、731部隊とは戦時中、生物化学兵器の研究をしていた特殊部隊のことである。武井は、犯人はその関係者ではないか?と睨んでいくのだ。映画が進むにつれて、彼のこの仮説は徐々にスケールアップしていき、サスペンスが上手く盛り上げられていると思った。また、このミステリの背景には、戦後日本の不安と混乱といった状況も透かして見ることができ、中々興味深く見ることが出来た。
もっとも、最終的に武井のこの捜査は占領軍からの一方的な中止命令によって断念せざるをえなくなってしまう。仮にここを深く突っ込んでいけば、衝撃的な事実が白日の下に晒されたのかもしれないが、事件は平沢という男を逮捕して一応の解決となる。ただ、映画でも描かれているが、今となってはこれは冤罪ではないか‥という意見もある。果たして彼が本当に犯人だったのかどうかは確たる証拠がなく、その何とも煮え切らない所も含めて、12人もの命を奪ったこの凶悪事件には改めて戦慄を覚えてしまった。
映画は後半から、その平沢を中心としたドラマになっていく。彼の死刑囚としての苦悩ぶりが熱っぽく語られていて実に見応えが感じられた。
ただ、前半の武井の捜査、後半の平沢の苦悩、この二つを同時に追いかけたことで作品としてのインパクトは若干薄まってしまったような感じがした。
仮に、冤罪の怖さを問う作品として見た場合、真実が分からない以上、そのメッセージ自体が果たしてどこまでの意義を持ち得るのか疑問に思えてしまう。社会派作家でもある熊井監督であるから、当然告発の映画にしたかったのだろが、題材が製作された時代に合わない上に、散漫な作劇が足を引っ張ってしまった感じがする。
また、ドキュメンタリータッチは事件捜査を描く前半こそ奏功していたが、平沢周辺の人間ドラマを描く後半に至っては余り向いてないような気がした。前半と後半、夫々に合った演出作法を取るべきだったのではないだろうか。