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海と毒薬

衝撃の実話の映画化。オペシーンの臨場感が半端ない!
海と毒薬 デラックス版 [DVD]海と毒薬 デラックス版 [DVD]
(2001/12/21)
奥田瑛二、渡辺謙 他

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「海と毒薬」(1986日)星5
ジャンル社会派・ジャンルサスペンス
(あらすじ)
 昭和20年、九州の医学大学に勤務する研究生、勝呂と戸田は、教授たちの下で日々切磋琢磨しあう仲だった。勝呂は自分が初めて担当する老婆の手術のことが気にかかっていた。彼女は末期患者で治る見込みはなかった。しかし、貴重な研究材料として手術を受けることになったのである。憤りを感じる勝呂。しかし、彼は老婆に本当のことを言えなかった。丁度その頃、大学では医学部長の席を狙って権力争いが行われていた。その候補である橋本教授が結核患者のオペをすることになる。勝呂と戸田はそれに助手として参加する。ところが、簡単に終わるはずだった手術は、思わぬミスによって失敗してしまう。落胆する勝呂。一方の戸田は教授の指示に従って粛々と事態に対処した。それから間もなく、米軍の空襲によって病院は半壊してしまう。その影響で勝呂が担当する老婆も命を落としてしまった。絶望の淵に叩き落された彼らに軍から"ある命令”が下される。
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(レビュー)
 アメリカ兵の捕虜8名を生体解剖した事件、いわゆる九州大学生体解剖事件をモティーフにして書かれた遠藤周作の同名小説を、名匠・熊井啓がリアリズム溢れるタッチで描いた衝撃の問題作。

 モノクロの硬質なトーンが2度にわたって描かれる手術シーンを生々しく捉えている。まるで自分もその場にいるかのような臨場感あふれる演出が奏功し、正に<映画>=<見世物>という興奮を味あわせてくれた。しかも、単なる見せかけだけの<見世物>ではなく、捕虜の生体解剖という歴史的事件を克明に浮かび上がらせたのだから、これは徹頭徹尾"社会派作品”である。見終わった後にはズシリとした鑑賞感が残り、まさに社会派作家・熊井啓の真骨頂を見た思いである。

 この事件には戦争という特殊な背景が大きく関係しているように思う。軍からの命令もあったし、次期学長を狙う橋本教授以下、関係者の名誉挽回の思惑もあった。平時ではこういう巡り合わせは無いだろう。おそらく戦争という"死”に直面していた当時の特殊な状況が彼らの精神を狂わせ、結果としてこの犯罪は行われたのだと思う。彼らの精神はそこまで病んでいたのである。つまり、タイトルの"毒薬”の意味する所は正にこれなのだと思う。

 現に、前半の結核患者の手術の失敗は、橋本教授たちの面目を維持するために遺族には隠ぺいされている。倫理的に言ってこれは考えられないことである。また、末期患者の老婆を平気な顔で実験材料と言い放つあたりも、どこか狂っているとしか言いようがない。
 ある意味では、これは戦場を描かないもう一つの戦争映画。戦争の狂気を舞台裏から捉えたドラマのように思う。

 物語は敗戦後、事件の聴取を受ける関係者の証言によって展開されていく。事件の全貌が一つずつ丁寧に回想されていく構成は、ちょうど法廷ドラマの様式に近い。

 まず、前半は、この解剖に加担した勝呂の告白で綴られる。彼は人情に厚い青年医師で、自分が初めて受け持った老婆に親しみと優しさをもって接していた。ところが、彼女は爆撃の犠牲で亡くなってしまう。戦争の無情に打ちのめされた彼は、この事件に加担させられることになる。その葛藤は興味深く見れた。彼はヒューマニストで、言わば我々観客に最も近いキャラクターと言える。だからこそ彼の葛藤には共感しやすいし、その苦悩もよく伝わってくる。

 映画は後半から、勝呂の盟友、戸田の視点も入って展開されていくようになる。彼は一人一人の患者よりも自分の出世を最優先に考える野心的な青年医師である。彼は勝呂ほど情に溺れない。この戦争を冷静に捉えながら、人はいずれ死ぬ、生きるのは運次第だ‥というような死生観を信条としている。その思考が最もよく出ているのが取調官との聴取の中に見つかる。あなたも戦場で多く兵士の死を目撃してきたでしょう、それとこの事件は同じことです‥と冷静に言い放つのだ。これには取調官も言葉を返せなかった。自分はこの言葉を医師の言葉とは到底思えなかった。むしろ、戦場の兵士が言う言葉に近いと思った。

 映画はこの二人の思考の違いを克明に対比させながら、事件のあらましを描いている。そこから見えてくるものは「正義の意味」である。

 勝呂はこのオペを断ろうと思えば断れたはずである。しかし、戸田に負けたくないという気持ち、組織には逆らえないという気持ちから参加してしまった。彼が自分の医師としての信念、つまり老婆を思いやったあの気持ちを貫けていたならば、あるいはこの事件に加担させられずに済んだかもしれない。しかし、彼の心は弱かった。彼の中の「正義」は揺らいでしまったのである。

 生体解剖という戦争の暗部を暴いて見せたこと。しかも、徹底したリアリズムの中でそれを再現した所に今作の大きな意義があると思う。そして、通り一辺倒な社会派作品ならそこ止まりだろうが、今作には普遍的なメッセージも込められている。二人の青年医師の衝突を通して「正義」の意味について問うたこと。これが他の社会派作品とは一線を画す最大の特徴のように思う。

 難は、物語の展開上、不要に思える部分があったことだろうか‥。勝呂と戸田の告白の間に、現場に立ち会った看護師、上田の回想が挟まるのだが、これは少し退屈してしまった。そもそも作品のテーマにそれほど関係するものではなく、勝呂対戸田のドラマにとっても特段必要と言うわけではない。ここは省略してしまった方が構成的にはスッキリしたように思う。おそらく、彼女が病院を辞めるきっかけとなった事件、それを通して医療界の理不尽さを告発したっかのかもしれないが、本筋の生体解剖事件には直接関係するわけではない。
 また、軍人たちの描き方も全体のリアリズムの中ではデフォルメが過ぎる。彼らだって人としての良心くらい持っているだろう。それがこぞって浮かれて生体解剖見学とは‥。少しばかり悪意を感じてしまった。

 演出はオペのシーンを筆頭に基本的にリアリズムに傾倒しているが、時折幻想的で詩情的な演出も施されている。最も印象に残るのは暗闇の海のシーンである。時々挿入されるのだが、これが何とも恐ろしく不気味に思えた。
 また、今作は水の表現が際立っている。手術中のオペ室には床一面に水が張られている。おそらく血痕などがついた時に掃除しやすいように水を張っているのだろうが、水面が壁に反射して手術室が少し幻想的な雰囲気に包まれる。変な言い方かもしれないが、床の水面に流れる血がどこかエロチックで不思議と美しく感じられた。勝呂と戸田が夜の屋上で会話をするシーンも、バックの桜の木がどこか幻想的な雰囲気を醸していて面白い。

 キャストでは戸田を演じた渡辺謙の好演を評価したい。戦時の真っ只中を逞しく這い上がろうとする様は、実直な人道主義者・勝呂よりもキャラクター的魅力に溢れている。しかも、その野心を抑制した所も上手いし、冷酷さを押し通した所にも見応えが感じられた。例えば、病院の廊下で勝呂に「コメディやな‥」というシーンがある。彼の冷めた批評感がよく表れたセリフである。地味で目立たないシーンを、こうした一言で味のあるシーンに見せてしまうあたりは上手いと思った。

 尚、監督補で「ゆきゆきて神軍」(1987日)の監督・原一男が参加している。彼の弁によれば手術シーンの血は人間の血を実際に使い、解剖体には豚を使ったという事だ。
[ 2013/03/31 02:04 ] ジャンルサスペンス | TB(0) | CM(0)

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