O・ウェルズの特異な気質が炸裂したノワール作品。
「黒い罠」(1958米)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) アメリカとメキシコの国境沿いで、町の権力者が乗った乗用車が爆破された。メキシコ政府の犯罪調査官バルガスと新妻スーザンは偶然それを目撃していた。彼は早速、事件の調査を開始する。ところが、そこにアメリカ人のクインラン警部が現れて、二人は意見を対立させていくようになる。一方その頃、ホテルに残されたスーザンの身に、バルガスに私怨を燃やす地元マフィアの魔の手が迫る。
楽天レンタルで「黒い罠」を借りよう映画生活ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) ある爆破事件を巡って二人の捜査官が激しい対立を繰り広げていくフィルム・ノワール作品。
監督・脚本はO・ウェルズ。正直お話の方は精彩に欠く。というのも、本作には爆破事件以外にもう一つ、バルガスを付け狙うマフィアの陰謀も絡んできて、この二つが微妙に絡み合いながら展開されていくのだが、それがストーリーを分散させてしまっている。爆破事件の方はお茶を濁されたような感じでカタルシスが薄いし、一方のマフィアの陰謀も中途半端なままで終わり釈然としない。きちんと構成されているならまだしも、どうにもとっ散らかった印象である。
とはいえ、本作を凡庸なサスペンス映画と言う気はない。ウェルズの卓越した演出、洗練されたカメラワークには見るべき点が多い。
まず、もはや語り草になっている冒頭の長回しからして引き込まれた。バルガスが爆破事件を目撃するまでをクレーン撮影で捉えているのだが、これが実に痺れる!ウェルズと言えば、デビュー作「市民ケーン」(1941米)の画期的な撮影が思い出されるが、この長回しにも彼の作家としての気質がよく伺える。実験的で野心溢れる映像スタイルは、彼の映画創作上の重要なオブジェクトの一つだった。それを実証して見せてくれるかのような長回しが、本作には冒頭のシーン以外に数度登場してくる。
また、コントラストを利かせたダークな色調も実に魅力的であった。ネオンライトを利用した照明効果はスリリングで、フィルム・ノワールとしてのムードが満点である。そして、特筆すべきはクライマックスの工場を舞台にしたスチームパンク風なトーンである。この不穏さ、この冷酷さには引き込まれた。
異様なほどクローズアップが多いことも本作の特徴だろう。悪心に満ちた人物のクローズアップを深々と捉えながら、シーンに興奮と緊張感をもたらしている。これは主にここぞという見せ場となるシーンで用いられている。
このように、今作はウェルズの演出テクニックが存分に味わえる作品となっている。ストーリーはまとまりに欠くが、ケレンミのある映像は大いに見応えがあった。
O・ウェルズはキャストとしても突出した存在感を見せつけている。彼が演じるのは悪徳刑事のクインラン警部である。ウェルズはこれをふてぶてしく、時に一抹の孤独を忍ばせながら好演している。
特に、M・ディートリッヒ演じる酒場の女(これも超然とした演技で素晴らしい)とのやり取りには奥行きが感じられた。彼の中に彼女に対する恋心があったかどうかは定かではないが、様々な深読みをさせるという意味では実に懐の深い演技である。
ただし、終盤は悪魔にでも憑かれたかのような怪演になってしまい、やや冷静さに欠いた演技となっている。トータルの演技プランからすると大仰と言わざるを得ない。
尚、彼の片足が不自由という設定も、決して効果的な設定のように思えなかった。常に持ち歩いている杖が、ある場面では重要なアイテムとして機能しているが、それ以外にこれといった使い道がない。どうせならば彼のバックストーリーに関わるような“意味”を含ませてほしかった。
一方、彼と対立する主人公バルガスはC・ヘストンが演じている。顔を黒く塗って髭を生やしてメキシコ人になり切っているが、外見からして無理がありすぎるし今一つ押しも弱い。ウェルズの圧倒的な存在感の前では影が薄くなってしまった。
尚、今回は短縮版での鑑賞だった。リバイバル時の完全版はそれよりも10分ほど長い108分となっている。