人生の終末をシリアスに綴った作品。
「愛、アムール」(2012仏独オーストリア)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) パリの高級アパートに住む老夫婦ジョルジュとアンヌは、静かな余生を過ごしていた。ある朝、ジョルジュはアンヌの様子がおかしいことに気付く。病院に連れていくと即手術となり、その結果、彼女は車椅子の身体になってしまった。ジョルジュは必至の看護をする。しかし、アンヌの容態は徐々に悪化していく。
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(レビュー) 人生の終末に直面した老夫婦の絆をシリアスに描いた作品。
本作のテーマを単純に老人介護の問題として捉えるならば、「人間の約束」(1986日)という作品の方が先駆的かもしれない。しかし、今作は「人間の約束」の二番煎じではないと思う。この「愛、アムール」は、“家族の絆”を描いた「人間の約束」と異なり“夫婦の絆”という一点に焦点を絞って描いているからだ。その分、老人が老人を介護するという問題はより克明になり、最終的に夫婦愛というテーマへストレートに昇華されている。
監督・脚本はM・ハネケ。同監督作では、先日
「白いリボン」(2009仏)を紹介した。そこでも書いたが、彼の演出のベースにはサスペンス・タッチが存在する。今回は基本的にほぼ老夫婦だけで交わされる密室劇となっており、決してサスペンス映画のジャンルにカテゴライズされるわけではないが、それでも演出自体は実にスリリングで緊張感があった。この重苦しい問題を並々ならぬ緊張感で見せきった演出。そこには大いに惹きつけられた。
例えば、分かりやすい所で言えば、ジョルジュが見る悪夢などは、もはやホラー的な映像演出だ。これ以外にも序盤の朝食シーンにおけるアンヌの変化、あるいはクライマックスの凶行。こうした所にハネケ特有の息詰まるようなサスペンス・タッチが見られる。臨場感を醸す日常的な空間に突然生じる異変。そこに衝撃を受けてしまう。
とりわけ、クライマックスの凶行はショッキングである。「人間の約束」を見ている自分にとっては予想の範囲ではあったが、ここで来るか‥と不意を突かれてしまった。
尚、映画を見終わって振り返ってみると、このシーンの凶行は別に突発的と言うわけではなく、その手前にきちんと伏線が張られていたことに気付かされる。ジョルジュが話した昔話の中にそれは隠されている。注意して見ていても、さりげない形で仕込まれているので中々気付かないが、これもハネケ流のしたたかな計算なのだろう。彼のサスペンスの組み立て方には毎度のことながら驚かされる。
鳩を捕まえるシーンも然り。ハネケ流の緊張感が感じられた。
劇中に鳩は2度登場する。最初に部屋に入って来た鳩はジョルジュに追い払われる。しかし、2度目は捕獲される。この鳩が象徴する物は何だろう?色々と想像できるが、自分は天使の象徴、アンヌの魂を天国へ連れ去る物の象徴ように思えた。
ラスト直前にジョルジュの手記が登場してくる。そこには鳩を外に逃がしてやったと書いてある。これはつまり、彼が<現実>を受け入れたという証なのではないだろうか‥。
今作は主演二人の好演も光っていた。ジョルジュを演じたジャン=ルイ・トランティニャン、アンヌを演じたエマニュエル・リヴァ、共に素晴らしい。
トランティニャンと言えば、なんと言っても「男と女」(1966仏)が思い出される。また、以前このブログで紹介した
「フリック・ストーリー」(1975仏伊)の悪役振りも中々に良かった。どちらも寡黙でストイックなキャラだったが、今回は妻思いな等身大の老人を飾らずに演じている。抑制された中に懐の深い演技を見せている。
一方のエマニュエル・リヴァと言えば、広島を舞台にした「ヒロシマモナムール(二十四時間の情事)」(1959仏日)が思い出される。この時の彼女の美しさは実に印象的だったが、齢を経てもその時の美の残像は残っている。しかし、死へと向かう物語の中では、その美は残酷にも失われていき何とも痛々しかった。彼女のリアリティ溢れる熱演には言葉を失うほどであった。特に、ジョルジュと歌うシーンの表情が何とも言えなかった。
ちなみに、この映画は夫婦愛のドラマであるが、その一方で彼らと1人娘エヴァの微妙な関係を描いた親子ドラマがサブストーリー的に語られている。
自立したエヴァはめったに家に帰って来なかったが、母アンヌの病気をきっかけに時々訪問するようになる。しかし、彼女は文句を言うだけで何もしようとしない。それがジョルジュを苛立たせる。実際に傍について介護をするジョルジュにとっては、彼女が口出しするのは面白くないのだろう。介護問題によって家庭が崩壊する話はよく耳にするが、その典型をこの父娘関係の中に見て取れる。