戦争の悲惨さを独特のユーモアとペーソスで綴った快作。
「血と砂」(1965日)
ジャンル戦争・ジャンルアクション
(あらすじ) 中国の北支戦線に小杉曹長率いる少年軍楽隊が慰問でやってくる。小杉はそこで若い脱走兵の銃殺刑を見て怒りに震えた。彼は銃の引き金を引いた犬山一等兵と上官の佐久間大尉を殴って営倉に入れられる。その夜、軍楽隊は小杉の釈放を求めて一晩中、音楽を鳴り響かせた。しかし、あっけなく楽器を取り上げられてしまう。一方、小杉に想いを寄せる慰安婦・お春は佐久間に色仕掛けで釈放を懇願した。こうしてどうにか小杉は釈放される。しかし、その代わりに彼が率いる軍楽隊は最前線へ送り出されることになり‥。
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(レビュー) 実戦未経験の少年兵たちの戦いをエモーショナルに活写した戦争映画。
監督は「独立愚連隊」シリーズで戦争の虚しさを痛烈に炙り出した鬼才・岡本喜八。今回はその「独立愚連隊」シリーズと同じ北支戦線を舞台にしたドラマとなっている。銃など撃ったこともない素人の寄せ集めである少年兵たちが小杉曹長と戦場へと向かう様は実に悲惨であるが、そこには当時のリアルな戦争体験が反映されているのだろう。それは同監督作の
「肉弾」(1968日)にも言えることだ。これは本当に酷い話である。
しかし、過去の「独立愚連隊」シリーズを見ていれば分かるとおり、岡本喜八という監督は「戦争」=「悲惨」というロジックをゴリ押しする監督ではない。彼の映画作りのスタンスはあくまで観客を楽しませようとするエンタメ性にある。つまり“笑い”を決して忘れないのだ。今作も独特のユーモアを使って、戦争の無為、残酷さを皮肉的に見せている。このあたりの彼の創作姿勢は終始一貫している。
今回は「戦争」と「音楽」という、言わば「死」と「生」の象徴物を対位させた作劇となっている。そもそも「戦争」と「音楽」の組み合わせは、作品をドラマチックに見せる上では格好の素材であると言える。以前、紹介した
「戦場のアリア」(2005仏英独ベルギールーマニア)などはその一例である。更に、音楽に限らず「芸術」という括りでいけば、この組み合わせは枚挙にいとまがない。
どうしてこの組み合わせがしっくりくるかと言うと、「音楽」を含めた「芸術」全般は人に精神的な豊かさをもたらす物だからである。それは人の精神を殺してしまう「戦争」とは相反するものだ。だから、「戦争」と「芸術」の組み合わせはドラマチックな物となるのである。
現に、ハーモニーを求めて戦火の中を生き延びようとするラストには胸が熱くなってしまった。少年たちが本来持つべきは銃ではなく楽器だったのだ‥ということを思い知らされ涙がこぼれてしまった。ベタと言えばベタだが実に感動的である。
個性溢れる魅力的なキャラクターも楽しく見れた。小杉を演じる三船敏郎、佐久間を演じる仲代達也。この両雄は、言わずと知れた黒澤明の「用心棒」(1961日)、「椿三十郎」(1962日)では宿敵同士にあった仲である。ここでも同様の関係性が伺える。ただ、今回は完全に敵役同士というわけではなく、途中からその関係が奇妙な友情に発展していく。そこが面白い。
ただ、欲を言えば小杉のキャラクターにもう少し膨らみが欲しかったかもしれない。小杉はひたすらスーパーマン的な強さを誇示するのみで、リアリティという点でやや物足りない。
逆に、佐久間の方がキャラクターが深く掘り下げられており、自分はそちらの方に面白味を感じた。
実は、映画前半は彼の改心を描くドラマにもなっている。冷淡な職業軍人である佐久間が人情味に溢れた小杉と出会うことで少しずつ人としての情を芽生えさせていく‥というキャラクター・アークがしっかりと認められ、これが中々ドラマチックに見れる。中盤の煙草のシーンは彼の変化が最も端的に表れてるシーンである。自分の命令で銃殺刑にしてしまった脱走兵への悔恨と情がはっきりと見て取れる。
できれば、こうしたキャラクター・アークが小杉にも欲しかった。そうすれば、彼の人間的な魅力に更に磨きがかかったであろう。
他にも、個性的なサブキャラが多数登場してくる。伊藤雄之助演じるプロの葬儀屋はとぼけた味わいが楽しかった。佐藤允演じる元板前の熱血漢な炊事長もハマリ役である。非暴力主義を信条とする天本英世演じる一等兵は終盤に大きな見せ場が用意されている。同監督作の
「戦国野郎」(1963日)に通じる、ある種狂信的なカリスマ性はこれまた印象に残った。
ただ一方で、これだけ周囲に濃い面子が揃ってしまうと、肝心の楽隊の若者たちはどうしても影が薄くなってしまう。彼らは小杉に楽器名で呼ばれるのだが、個性と言えばそれくらで個々の内面ドラマは語られない。せめて中心となるようなリーダー格を立てることで、小杉との師弟ドラマを演出するなどの工夫は必要だったろう。これではどうにも味気ない。
岡本喜八の演出は相変わらず快活明朗に徹している。難しいことを一切考えずに楽しめた。チューバの音を屁と言ったり、敵の目の前でキャンプ・ファイヤーをしたり、戦場ということを忘れてしまうほどの脱力テイストが貫かれている。真の戦争を描いていないと言われれば確かにそうかもしれないが、これこそが岡本喜八にしか出せない彼なりの戦争に対する痛烈なカウンターである。笑いながらいつの間にか悲しくなってしまう‥。そんなアイロニーは氏独特の物がある。
だからと言って、単に戦争を娯楽として描いているわけではないことも付け加えておきたい。今作は終盤から徐々に悲劇色が強められていく。それまでの笑いは無くなり反戦メッセージが痛切に訴えかけられていて、最後は心にズシリと響いてきた。締める所は締める。こうした所のトーンの切り替えも本作は見事である。