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預言者

解釈を迷う所はあるが非常に重みのある映画。
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預言者 [DVD]預言者 [DVD]
(2012/07/06)
タハール・ラヒム、ニルス・アレストリュプ 他

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「預言者」(2009仏)星3
ジャンルサスペンス
(あらすじ)
 無学で身寄りもない19歳のアラブ系青年マリクは、傷害罪で6年の禁固刑を受けた。送られた刑務所はコルシカ・マフィアのボス、セザールによって牛耳られていた。そこにレイェブというアラブ人が収容される。セザールはかつて彼に煮え湯を飲まされたことがあり、同じアラブ系のマリクに目を付けて彼を殺せと脅迫した。仕方なくマリクは実行に移す。こうしてマリクはセザールに認められ彼のグループの一員となるが‥。
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(レビュー)
 刑務所に入った青年が悪行に加担しながら暗黒街を登り詰めていく犯罪映画。

 フランスの名匠J・オーディアール監督の作品である。このブログでは前作「真夜中のピアニスト」(2005仏)を取り上げた。「真夜中の~」は青年ピアニストが父の呪縛に捕われながら犯罪に手を染めていくニヒルなフィルムノワールだった。今作の主人公マリクも、コルシカ・マフィアのボス、セザールに支配されながら止む無く悪行に手を染めていく犯罪青春映画である。両方とも父子の、あるいは疑似父子の確執、独立というイニシエーション・ドラマが隠されている。根底に通じるドラマは形こそ違え共通している。また、堕ちていく主人公の心の痛みを冷徹に表現した所も似ていると思った。

 鬱屈したトーンが続くため、見終わった後には程よい疲労感におそわれる作品である。しかし、そう思うのは、それだけ見る者を強く引き付ける"力”のある作品だという証だろう。宗教や政治など様々な背景が複雑に絡み合うので、少し難解な映画ではあるが、基本となるドラマはきちんと整理されているので最後まで興味深く見ることができた。

 面白いと思ったのは、刑務所を舞台にした話でありながら、れっきとしたギャング映画になっている点である。ギャング映画と言っても様々な物があるが、個人的には裸一貫でアメリカン・ドリームを実現したチンピラをA・パチーノが怪演した「スカーフェイス」(1983米)を連想した。

 マリクはセザールから殺しを強要され、どうにかこれをやり遂げる。その後、模範囚として外出許可を貰い、外に出れないセザールに代わって様々な仕事をこなしていく。ある時は運び屋に、ある時は交渉人に、セザールの手となり足となって様々な問題を解決していくのだ。
 その一方で、マリクは刑務所のジプシー男と麻薬の密売を始める。出所した仲間と協力して麻薬を売りさばき大金を手に入れていくのだ。そんなことをしたらすぐにバレるのではないか?と思うかもしれないが、そうはならない。この刑務所はセザールが影のボスなので看守も彼に買収されている。だから、セザールの片腕マリクは大手を振って商売が出来るというわけである。
 こうしてマリクは刑務所にいながらにして、徐々に暗黒街で頭角を現していくようになる。このあたりの成りあがり振りは「スカーフェイス」のA・パチーノによく似ていると思った。ただ、シャバに出ないまま顔役になっていくという所が、今までのギャング映画とは違うところで面白い。プロットが新鮮である。

 思うに、マリクは頭の切れる青年なのだと思う。彼は無学で非識字者だったが、コルシカ語とアラビア語を覚えて両派に潜り込んだ。いわゆる、やればできる子なのである。また、自分にとってどうすれば有利な状況を作れるかを常に考えている。例えば、セザールを利用して看守を操ったり、暗殺を逆手にとって報復させたり、その場その場で機転の利いた決断を下していくのだ。

 ただ、こうも思える。本当に努力と運だけでここまで登り詰めることが出来るだろうか‥と。
 これは映画を観終わった後に考えたことなのだが、もう一つの理由があったから彼はここまで出世できたのではないだろうか。ここからは想像である。

 マリクはこの映画のタイトル「預言者」だったのではないだろうか?
 目に見えて彼が預言者だったと分かるシーンは1場面だけある。鹿のシーンである。ここは本人も驚いているくらいだから、おそらく初めて未来が予知できた瞬間だったのではないかと思う。しかし、今作にこのシーン以外で彼が預言するシーンは登場してこない。ただし、それはオーディアールの計算した演出であって、本当は画面に登場しないだけで、もしかしたらあちこちの局面でマリクには未来が見えていたのかもしれない。それなら、彼の決断がすべて思い通りに行ったのも理解ができる。

 例えば、クライマックスの銃撃戦のシーン。絶体絶命の状況に追い込まれたマリクはニヤリと笑う。窮地に追い込まれて死を覚悟してもおかしくないような場面で、彼は不敵に笑みを漏らすのだ。スローモーション演出が余計に印象深いカットだが、自分の勝利を確信したかのようにも見える。この時、彼には未来が見えたのではないだろうか‥。
 この"伏せた”演出が計算されたものだとしたら、J・オーディアールという監督は凄いと思う。もう一度映画を見直してマリクの表情やしぐさを確認したいものである。

 さて、そうなるとマリクの預言者としての能力はどこから来たか、ということになるのだが、これはレイェブからだと思う。彼はマリクが初めて殺した人間で、度々幽霊のようになってマリクの前に姿を現す。ある時は孤独を紛らす話し相手として、ある時は麻薬の幻覚の中に、ある時は夢の中に‥何とも不思議な存在だが、彼はマリクを未来へと導く。彼と接することでマリクは未来を予知する能力を授かったのではないだろうか。

 この「預言者」というタイトルは実に神秘的で面白いタイトルだと思う。ただ、この映画はオカルトチックな場面で構成されているわけではなく、あくまで現実の場面に沿ったリアリズムの中で展開されている。そのおかげで、変に胡散臭さや安っぽさは感じられなかった。

 ただ、確かに一定のリアリズムがあり、地にしっかり足が着いた作劇になっているのだが、「預言者」の意味を考えた場合、果たして今作のテーマを語る上でそれがどれほど必要があったのかは疑問に残る。テーマは先述したとおり、悪行に手を染めるマリクの葛藤である。別に彼が「預言者」である必要はどこにもないのである。仮に預言者であることの必然性を出すのであれば、死んだレイェブとの関わり合いをもっと重点的に描くべきであろう。そうすれば預言者であることの意味が、より鮮明になったと思う。

 キャストでは、今作でデビューとなるタハール・ラヒムが印象に残った。静と動のギャップを出しながら孤高の青年役を好演している。デビュー作とは思えぬ実力は今後も楽しみな逸材だと思った。
[ 2013/06/27 01:12 ] ジャンルサスペンス | TB(0) | CM(0)

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