平凡な男の葛藤に感動。
「ソハの地下水道」(2011独ポーランド)
ジャンル人間ドラマ・ジャンル戦争・ジャンルサスペンス
(あらすじ) 1943年、ナチス占領下のポーランド。下水修理の仕事をしているソハは、妻子と慎ましくも平凡な暮らしを送っていた。ある日、相棒と下水修理をしていた時に、ナチスの迫害を逃げるユダヤ人の一向を見つける。ソハは彼らから金を受け取ることで地下の隠れ家を提供した。やがて、彼の立場は、仲間の分裂や相棒の裏切り、旧知のウクライナ将校からの嫌疑などで次第に追い込まれていくようになる。
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(レビュー) ナチスの迫害からユダヤ人を匿った男の物語。
タイトルや設定から、どうしてもポーランドの巨匠A・ワイダの傑作「地下水道」(1956ポーランド)が連想される。おそらく今作の監督も相当意識しているのだろう。映画を観ていると何となく分かる。
例えば、地下のジメジメとした息詰まるような圧迫感は、「地下水道」のそれに似た重苦しさが感じられた。どこからともなく聞こえてくる音、明暗のコントラストを効かせた照明効果によって、逃げ惑うユダヤ人たちの恐怖をシャープに表現している所も共通している。
また、逃亡するユダヤ人グループの中には、悲恋に陥るカップルや、ストレスと恐怖から仲間割れを起こしてしまう者たちもいる。これらも「地下水道」に出てきたエピソードに重なって見えた。
後で調べて分かったが、監督のアグニェシュカ・ホランドはA・ワイダが運営する映画ユニットに所属し、彼の作品の脚本も執筆したことがあるそうである
(wiki参照)。したがって、師が残した「地下水道」に強い影響を受けているのは当然と言えば当然かもしれない。
ただ、こうした共通点は幾つか見つかるものの、今作には今作ならではのオリジナルティ溢れるテーマが感じられた。それはユダヤ人を救ったソハのヒューマニズムである。そこにはポーランド人の抵抗運動を冷徹に描いた「地下水道」とは違ったアプローチがあり、確実に第二次世界大戦下の悲劇を別の形で浮き彫りにしている。
ソハは最初は俗物のように登場してくる。彼は地下水道の修理の仕事をしているが、それだけでは家族を養えず、仕事仲間と一緒にゲットーの集落から金品をかすめ取って暮らしている。要は追い剥ぎのような行為を行っているのだ。そこにユダヤ人グループが迷い込んでくる。通報すれば金が貰える。しかし、ソハは相棒と相談して彼らを匿う代わりに金を巻き上げることにする。そして、彼らが無一文になったらナチスに密告すればいい‥そう考えるのだ。ここまでソハは完全な俗物として描かれている。
ところが、計画というのは思い通りにいかないもので、ここからソハの運命は狂っていく。ユダヤ人たちに食料を運ぶうちに徐々に周囲にばれ始め、ついには旧知の将校に怪しまれてしまう。果たして、彼は地下のユダヤ人たちを見捨てるのかどうか‥。この葛藤がこのドラマのミソである。
ちなみに、自分はソハのこの選択には素直に共感を覚えた。確かに「シンドラーのリスト」(1993米)や
「さすらいの航海」(1976英スペイン)といったホロコースト映画を見てしまうと新味のないドラマかもしれない。しかし、ソハはただの俗物で平凡な男である。"英雄”シンドラーやシュレーダー船長に比べれば、どこかの近所のオヤジが頑張ってるみたいで親近感が湧いてしまう。だからこそ、このドラマにも素直に感動できる。
尚、今作は実話が元になっているということである。薄暗い地下での逃亡生活は実にリアルに再現されていると思った。恐怖、ストレス、圧迫感に満ちた映像が見事である。また、汚い服を着て寄り添うようにして寝食を共にするユダヤ人たちの姿を見ていると、思わず憐憫の情が湧いてしまうほどだった。
もっとも、実話が元になっているというのを前提にして見ると、ここは脚色しているのではないだろうか‥と思えるような箇所が幾つかある。
例えば、途中から身重の女性のエピソードが登場してくるが、ずっと一緒に過ごしていて彼女の妊娠に気付かないというのはどう考えてもおかしい。また、ユダヤ人グループのリーダー、ムンデクが強制収容所にいとも簡単に出入りできてしまうのも、これまでのホロコースト映画を観ていると出来すぎに思えてしまった。一体どういう手筈で出入りできたのか?そこが省略されてしまっているので説得力が乏しい。
また、今作は多岐に渡るユダヤ人のエピソードが登場して実に豊饒なドラマが組み上げられているが、若干展開を躓かせるようなエピソードが混ざっている。マニアのエピソードがそれである。これはムンデクとクララのロマンスを物語るためのエピソードなのだが、問題はその処理の仕方で、後半のストーリーをもたつかせてしまっている。ムンデクが強制収容所に潜り込むというのは、先述の通りいささか強引に見えるし、もっとスマートな処理ができなかったものか‥。ここはどうしても展開が鈍ってしまった。
このように今作には不自然な点、強引な点がある。実話というのを意識して見てしまうと、どうしても途中で幾つか引っかかりを覚えるシーンに出くわしてしまう。そこを許容できるかどうかは人それぞれだろう。
ただ、こうした難点はあるものの、追われる側の恐怖と緊張をスリリングに紡いだサスペンスは秀逸で、最後まで飽きなく楽しむことが出来た作品である。何よりソハの葛藤と改心には素直に感動させられた。特に、豪雨の中を助けに行くシーンは強く印象に残った。
ホロコースト物の映画は数多くあれど、最近の中ではかなり良く出来た作品だと思う。少々時間が長いが、その長さを感じさせないサスペンス、感動も盛り込まれており、娯楽映画としてじっくりと楽しめる作品になっている。
かつてA・ワイダという巨匠を生み出したポーランドで、こういう作品が再び生まれてきたことに素直に拍手を送りたい気持ちになった。