実に美しく奥ゆかしい恋愛映画。
「風立ちぬ」(2013日)
ジャンルアニメーション・ジャンルロマンス
(あらすじ) 堀越二郎は片田舎で少年時代を過ごしながら、飛行機の設計者になることを決意する 。彼は上京する列車に乗っている最中に関東大震災に見舞われた。その時一緒に乗り合わせていた少女、菜穂子にほのかな恋心を芽生えさせる。しかし、震災の混乱もあり、そのまま二人は離れ離れになってしまった。その後、二郎は名古屋で念願の設計者として働き始める。大学時代からの盟友、本庄と共に日々切磋琢磨していくが、完成した飛行機は無残にも墜落してしまった。意気消沈する二人にドイツの航空会社への視察が命じられる。
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(レビュー) 航空技術者と結核にかかった女性の純愛を描いたアニメーション映画。
原作・監督・脚本は宮崎駿。氏の監督前作
「崖の上のポニョ」(2008日)に比べると物語的な破たんは無く、かなりストレートな作りになっている。「千と千尋の神隠し」(2001日)以降、徐々にワケの分からない映画を作り始めていた氏だが、おそらく
「コクリコ坂」(2011日)の脚本辺りから物語ることの重要性に気付いたのだろう。起承転結もきちんと図られているし、今回は安心して見ることが出来た。そう言えば、ここで描かれている朴訥としたロマンスも「コクリコ坂」から引き継がれているような気がする。
尚、監督の弁によれば、今作の主人公、堀越二郎は実在した人物だが、そこに小説家・堀辰雄が書いた「風立ちぬ」の構想が多分に混ざっているということだ。それが二郎と菜穂子の恋愛ドラマである。したがって、本作のストーリーも二郎が航空技師として成長していくドラマと、二郎と菜穂子の恋愛ドラマ。この二つが絡み合いながら展開されている。
結論から言うと、今回の奥ゆかしい恋愛ドラマには素直に感動できた。敢えて今の時代に宮崎監督がこれを描いた思いというのも、何となくではあるが汲み取ることが出来た。現代からすれば古臭い、浮世離れした純愛ドラマと一蹴することも可能だが、心で繋がり合う男女の儚い愛を決して笑ことはできまい。それが難病というご都合主義な設定を拝借している‥としてもだ。宮崎駿は、人としての思いやりを二郎と菜穂子の恋愛の中に描いて見せたのである。これはいつの世にも通じる普遍的なテーマではないだろうか。少し優等生的な語り口だったかもしれないが、彼は大切な物を正直訴えていると思った。
この映画には「美しい」というセリフが何度も登場してくる。これは美しい曲線を見た時に次郎が必ず言う設計士としてのセリフだが、その一方で彼は菜穂子に対しては必ず「綺麗だ」と言う。敢えてこの二つの形容を使い分けた所に何か特別な意味があるのかもしれないが、この純愛ドラマも大変「美しく」「綺麗」である。
中でも、二郎が病床の菜穂子の手を握りながら設計する姿は印象に残った。長年の夢である飛行機の設計に専念したいという思い。愛する菜穂子の傍についててやりたいという思い。二郎の葛藤がその後ろ姿から滲み出ている。男は仕事をしながら愛する家族を守っていかなければならない‥。いつの頃からかそんなことを言われるようになったが、今となってはそれも古臭い物となってしまった。しかし、このシーンにはそんな男性像が殊勝に表現されているように思った。二郎は実に優しい男である。
また、残り僅かな人生を愛する二郎と一緒に過ごしたいという菜穂子の思いも実に健気である。彼女の最後の選択に対する二郎のアクションを映画は描いていないが、二郎はあの後、彼女を追いかけていった‥という風に自分は考えたい。観客に想像させる余地を与えた所も、この映画は実に奥ゆかしい。
一方、二郎の飛行機に対する強い憧れは、彼が時々見る夢の中で描かれている。その夢には世界的に有名な飛行機製作者カプローニが登場してくるのだが、彼との対話から二郎は自問を始める。自分はただ美しい飛行機を作りたいだけなのに、何故それが戦争の道具として使われてしまうのか‥という憤りと悲しみである。ここには大のミリタリー・マニアである宮崎監督自身の思いが少なからず投影されているような気がした。彼自身、ガチな反戦論者ではないが、少なくとも戦争をアイロニカルに描いてきた作家であることは間違いない。二郎のジレンマは宮崎監督自身のジレンマでもあろう。
キャストに関しては概ね安心して聞けたが、二郎を演じた庵野秀明については違和感を覚えた。平板で抑揚のない棒読みなセリフが所々で感情移入を削ぐ。当然演技などロクにしてこなかった人であるから、この点については見る前から織り込み済みだったのだが、芸達者な俳優陣に交じると想像以上に浮いて聞こえてしまった。