愚直な情熱を綴った音楽青春映画。
「SR サイタマノラッパー」(2008日)
ジャンル青春ドラマ・ジャンル音楽
(あらすじ) 埼玉の田舎でラッパーになる夢を抱く青年イックは、ヒップホップ・グループ"SHO-GUNG″のメンバーとして日夜活動していた。しかし、仲間のトムやマイティはバイトや家業の手伝いに忙しく、未だにライヴも出来てない。そんなある日、イックは中学時代の同級生・千夏に再会する。千夏は東京でAV女優として活躍していたが地元に戻ってきたのだ。彼女はイックの夢をバカにする。これに奮起したイックは伝説のトラックメーカー、タケダ先輩の協力を得て、ライヴに向けて本格的に動き出す。
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(レビュー) ラッパーになる夢を追いかける青年をユーモアとペーソスで綴った音楽青春映画。
インディペンデント映画ながら単館系で異例のヒットを飛ばし、後に2本の続編が作られた人気作である。監督・脚本は若き俊英・入江悠。
さすがに小規模作品と言うこともあり、作りに粗さが目立つ。しかし、イックのプロになりたいという一途な思いには青春映画然とした輝きが見られ、ラストも実に不格好だがこれぞ青春‥という清々しさに満ち溢れている。得てしてこの手のドラマは安易にサクセス物に流れがちだが、そういった強引さも無く、非常に現実を見据えた締め括り方になっていて好感が持てた。
本作の主人公イックは、夢だけは一人前に語る、いわゆるヘタレである。しかも、仕事もしないで部屋でゴロゴロしているニートで、客観的に見て世間知らずなお坊ちゃんでしかない。いい年していつまで夢みたいなことを語っているのだ‥と普通の人なら誰もが思うだろう。バイトや家業を手伝うトムやマイティの方がよっぽど現実を見据えているし、AV女優として裸一貫で稼いできた千夏、あるいは東京に出て行った他のメンバーたちの方がよっぽど大人である。結局、イックは夢だけ語って田舎でくすぶっている臆病者なのである。千夏はそんな彼を鼻で笑う。
この千夏というキャラクターは中々魅力的なキャラだと思った。彼女は東京に出たが夢破れて帰ってきた元AV女優である。書店の事務室における彼女とイックのやり取りが面白い。ここで彼女はイックのことを「宇宙人」と言ってバカにする。ラッパー・スタイルで粋がるイックは、それだけこの田舎町では奇異な存在‥ということなのだろう。
そして、彼女は事あるごとにイックに固執し罵倒する。その理由も何となく想像できる。つまり、過去の自分を思い出させるからなのだと思う。おそらくだが、千夏自身もアイドルになりたくて着飾ってこの町を闊歩していたに違いない。何の根拠もないのに自分に酔っているだけの人をよく「イタい人」というが、正に現在のイックも傍から見ればイタい人である。千夏にとって、イックは過去のイタい自分を思い出させる憎むべき存在なのである。
こうして見ると、イックと千夏の関係は、ある種合わせ鏡のように思えてくる。夢を追いかける者と、夢に破れた者。陽と陰である。この二人のやり取りはドラマの核心を成す物とも言え、終始面白く見ることが出来た。
ただ、そんなイタい人、イックであるが、自分はどうしても彼のことが嫌いにはなれなかった。ここまで純粋に夢を追いかけることが出来ること自体、素晴らしいことではないだろうか。少なくとも夢を見ることを止めてしまった千夏に比べたら輝いて見える。それに、最終的に彼はニートを脱している。相変わらず思考は甘ちゃんであるが少しは成長しており、そこに自ずと愛着感も湧いくる。何だか放っとけないような、応援したくなるような気持ちに駆られた。
入江悠監督の演出は、終始客観的な眼差しに拠ったスタイルが採られている。例えば、各所に登場するロングテイクなどは、その場の空気感をリアルに捉え、緊迫感や臨場感を生んでいる。
特に、市民の集いのシーンは白眉の出来栄えである。イックたちとスーツ姿の大人達との受け答えが描かれているのだが、この生々しさには目を見張るものがあった。イック、マイティ、トム、夫々のセリフが個性的で3人のキャラクターが映えている。また、このシーンはイックたちに現実の何たるかを突き付けたという意味でも、非常に重要なシーンとなっている。大変見応えが感じられた。