老カップルの絆を描いた渋い人間ドラマ。女優S・ポーリーの初演出に注目。
「アウェイ・フロム・ハー 君を想う」(2006カナダ)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 結婚して44年になるグラントとフィオーナ。彼らは思い出の湖畔の別荘で静かな余生を送っていた。しかし、フィオーナの認知症が進行し離れ離れの暮らしを余儀なくされる。老人介護施設に自ら進んで入ったフィオーナをグラントは毎日見舞いに行った。そこで今まで見たことのない彼女の華やいだ表情を見る。オーブリーという初老の男性と親しげに話していたのだ。グラントは複雑な思いに駆られる。
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(レビュー) 認知症の妻を介護する夫の愛と葛藤を静かに描いたヒューマン・ドラマ。
監督・脚本は女優としても活躍するサラ・ポーリー。若干27歳にしてこの渋い作り。しかも初演出というから驚きである。 なぜ彼女はこの若さで映画を撮るに至ったのか?まずは、その理由から想像してみたい。
サラ・ポーリーのキャリアは意外に長い。最初に注目されたのは、今作で製作総指揮を務めたA・エゴヤン監督がメガホンを取った「スィート ヒアアフター」(1997カナダ)あたりからだろう。この時の彼女の繊細な姿は今でも非常に心に残っている。「ハーメルンの笛吹」をモチーフにしたこのヒューマン・サスペンスは、大分暗い作品だったが、その暗さを象徴するように彼女の表情も常に鬱々としていて、幼いながらも作品の世界観を一身に背負っていた。演技云々と言うよりも、その造形がこのシリアスなドラマにぴたりとハマっていて印象に残っている。
その後も彼女は様々な監督の下で芝居をしてきた。例えば、以前紹介した
「アメリカ、家族のいる風景」(2005米)ではW・ヴェンダースと一緒に仕事をしている。彼女のキャリアの特徴は、こうした作家性の強い監督たちの下で子役時代から叩き上げられてきた‥という所にあるように思う。おそらくだが、彼女はこうした現場を通して、映画を作るスタッフ・サイドの仕事に興味が湧いたのだろう。だから、彼女は出演する側ではなく自分も演出したい‥という衝動に駆られたのだと思う。
さて、彼女の初演出だが、今作を見る限りでは、先述したA・エゴヤンやW・ヴェンダースのようなリアリズム志向に拠っている。グラントとフィオーナの出会いを描く回想シーンに、一部凝った映像演出は見られたが、それは全体のリアリズムなトーンを壊すほどではない。むしろ、抒情的な風情をもたらし、作品に詩的な味わいをもたらすことに成功している。このあたりには初演出らしからぬ卓越したセンスが感じられた。
一方、ドラマの方だが、こちらも老人介護という社会的な問題を老カップルの切ないラブ・ストーリーの中に上手く昇華されていると思った。
ただ、構成の面で若干、難がある。映画はグラントがオーブリーの妻の自宅を訪ねる現在と、フィオーナが施設に入所する過去。この二つを交互に描くことで展開されていく。更に、過去パートにはグラントの回想、フィオーナの回想が入り混じり、見ていて少々混乱させられた。このあたりはもう少し整理して描いてくれた方が、観る方としてはドラマに入り込める。
ラストは少し捻ったオチになっている。普通ならば涙の感動と行きたいところだが、かなりシニカルな顛末になっている。これをどう取るかは個々人の判断だと思う。見事な"裏切り”と取るか、捻りすぎて余り乗れなかったと取るか?評価が真っ二つに分かれそうである。
ちなみに、個人的には後者の方の意見である。確かに安易なお涙ちょうだい物にしなかった点は評価できるが、こういうオチに持って行くための伏線は慎重に擁して欲しかった。例えば、この物語には重要なアイテムとしてアイスランドの本が登場してくる。これをもっと効果的に用いればこのオチにも納得できたかもしれない。鑑賞感も大分違ってきただろう。
尚、このオチについては男女の性差という物も感じられた。映画を見終わって、そこを探ってみるのは面白いかもしれない。
キャストは主要二人は見事な演技を見せている。特に、フィオーナを演じたJ・クスティの繊細な演技は大いに見応えがあった。認知症に苦しめられる難役を深淵に体現している。
監督のサラ・ポーリーは今作後も女優業をしながら着々と映画を撮り続けている。女性でありながら、しかもハリウッドで二足の草鞋を履いて頑張っているのだから大したものである。他の作品は未見だが、いずれ機会があれば見てみたい。