3人の男女の恋模様を端正に描いた作品。
「あ・うん」(1989日)
ジャンルロマンス
(あらすじ) 昭和12年、鋳物工場の経営者・門倉は、兵役時代の親友・水田が東京に転勤になるというのでお祝いに駆けつけた。実は、彼は既婚の身ながら、昔から水田の妻・たみに密かな想いを寄せていた。水田もたみもそのことに何となく気付いていたが、長年門倉との交流を続けている。ある日、門倉の妻・君子が水田の一人娘・さと子に縁談の話を持ってくる。相手は大卒の好青年で、夜学卒の水田にとっては気が引ける話だった。その後、困窮した水田は門倉に借金の用立てを申し出る。門倉は快く金を貸してくれた。しかし、水田には分かっていた。門倉はたみを苦労させたくないためにそれを差し出したことを‥。その後、戦争特需で景気の良かった門倉の会社が、軍縮の煽りを受けて倒産の危機に追い込まれてしまう。
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(レビュー) 親友同士だった3人の男女の恋模様をしっとりと描いた恋愛映画。向田邦子の同名小説を降旗康男監督、高倉健主演で映画化した作品である。
降旗&高倉コンビはこれまでに何度も一緒に映画を作ってきているが、その多くは俳優・高倉健のイメージ、いわゆる「自分、不器用ですから‥」というキャラクターを前面に出した作品である。しかし、今作は違う。ここまで高倉健という俳優のイメージを崩した作品というのも珍しいのではないだろうか。普段は中々見れない健さんを見れる‥という意味では面白い作品である。
いわゆる寡黙で武骨な健さんだが、今回は割と柔和でコミカルな健さんになっている。何しろ冒頭でいきなりのドジっぷりを披露し、見ていて思わずクスリとさせられた。序盤からこうしたファニーな部分を出して、今回の健さん演じるキャラクターの方向性を打ち出した所にはベテラン・降旗監督の上手さを感じた。初顔合わせの監督では中々こうはいくまい。長年一緒に映画を作ってきた盟友だからこそ、こういうことが出来るのだと思う。新機軸をアッサリと見せてしまったあたりに感心させられた。
ただ、高倉健も全編この調子なわけではない。物語が後半に入ってくるに連れて徐々に本来のキャラクター。つまり、武骨な優しさを出し始め"らしさ”を見せていく。やはり、何だかんだと言って、今回の門倉というキャラクターにも高倉健のカラーがしっかりと反映されていると思った。
物語は、門倉と水田、たみの三角関係を軸に、三者の恋愛模様が端正に綴られている。ベテラン監督、ベテラン俳優らしいそつのない作りで最後まで興味深く見ることが出来た。
自分がこの映画で好きなシーンは2つある。
一つ目は、3人がさと子の駆け落ち騒動で温泉旅館に一泊するシーンである。結局それは単なる早とちりだったことが分かり3人は安心するのだが、せっかく来たのだから‥ということで泊まることになる。3人は楽しく飲み門倉と水田は酔いつぶれてしまう。その後、たみは二人の寝顔に豆をぶつけて悪戯っぽく笑う。この時のたみのしぐさが、何とも言えなくらい可愛らしかった。
もう一つは、門倉と水田の絶交シーンである。門倉はこれ以上たみに本気で惚れるのが怖くなり、わざと水田に悪態をついて彼に絶交を決断させる。この時、果たして水田は門倉の内心を知っていたのだろうか?劇中では明示されていない。しかし、そんな深読みをさせたくなるような熱度の高いシーンとなっている。
逆に、今作には足りない物もあると思った。それは物語の基盤とも言える部分である。3人の出会いと結婚の経緯が、まったくと言っていいほど省略されてしまっている。どうしてたみは、水田を選んだのか?どうして水田は、たみと門倉の思いを知りながら門倉と付き合うことができるのか?そのあたりの物語の前提となる部分が詳しく示されていない。ここはドラマの屋台骨となる部分である。明確にしてくれないと、この三角関係自体に説得力が感じられなくなってしまう恐れがある。ぜひとも3人の出会いと結婚の経緯に関しては詳細にして欲しかった。
また、これは演出の問題であるが、各人の演技が若干大仰になってしまっている部分がある。淡々と紡ぐドラマだけに、悲しみや喜びがオーバーに表現されてしまうと作品の色気が失われてしまう。もう少し抑制して欲しかった。
加えて、美術セットも全般的にいただけなかった。実際のロケとのギャップが激しすぎるためにどうしても違和感を覚えてしまった。
キャストではやはり何と言っても門倉を演じた高倉健が大きな見所となろう。しかし、個人的には水田を演じた板東英二の妙演を買いたい。コンプレックスを隠しながら門倉と付き合う彼は非常に無様なキャラクターと言える。神妙に演じてしまえば、ただのやさぐれキャラになりそうだが。そこを彼は飄々とした面持ちで演じている。元々彼はプロの俳優ではないのだが、この妙演は良い意味でこちらの予想を裏切ってくれている。