ネルソン・マンデラ氏追悼ということで、M・フリーマンの成りきり演技を鑑賞。
「インビクタス/負けざる者たち」(2009米)
ジャンル人間ドラマ・ジャンルスポーツ
(あらすじ) 1994年、南アフリカに初の黒人大統領ネルソン・マンデラが誕生する。しかし、アパルトヘイト撤廃後も白人と黒人の争いは絶えず、マンデラは国民を束ねる施策に苦慮していた。くしくも翌年は自国でラグビーのワールドカップが開催されることになっていた。マンデラはこれを機に国民を一つに束ねたい考える。そこで早速、彼は代表チームはのキャプテン、フランソワを官邸に招くのだが‥。
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(レビュー) 南アフリカ初の黒人大統領マンデラと、ラグビー代表チームのキャプテン、フランソワが、ワールドカップ優勝を目指して奮闘していくスポーツ人間ドラマ。実話の映画化である。
自分はラグビーには疎いのだが、ここで描かれる奇跡のドラマには素直に感動させられた。弱小チームが優勝を目指して奮闘する姿は、それだけでも見ていて心揺さぶられるものがある。更に、当時の南アフリカが置かれていた社会的状況を併せ考えてみると、この物語には更なるドラマチックさも覚えた。国民が一つにまとまって自国の代表チームを応援する。そんな風潮は昨今のサッカーW杯を見てもよく分かるが、マンデラがやろうとしたことは、つまりそういうことである。過去の遺恨を払拭し、人種の違いを超えて共に手を繋いで行こうじゃないか‥という未来への希望。それを世界中に見せたかったのである。これは実に崇高なドラマだと思った。
監督はC・イーストウッド。「許されざる者」(1992米)以降、徹底したリアリズムで世界の闇を炙り出してきた氏だが、ここに来て一転。未来への希望を示すような明るいメッセージを主張した作品を作り上げた所に注目したい。「許されざる者」以降テーマにしてきた、人間の悪心、偏見主義、戦争の虚しさとは異なる、実に清々しい作風になっている。もしかしたらこの転機は、オスカー常連で世界中の映画ファンから期待されるようになった"巨匠”としての使命感から出てきたものなのかもしれない。今回はネガティブな世界を一旦袖に置き、ポジティブなメッセージを声高らかに謳っている。
そして、映画監督イーストウッドの凄い所は、これだけ実直で見る人の襟を正すようなテーマを扱っていても、娯楽映画としての味付けを決して忘れていない点である。これまでのリアリズム志向のイーストウッドなら、ひたすら説教臭い映画になっていただろうが、今回はそこにサスペンスというエンターテインメントを盛り込むことで、誰にでも興味を持って見れるような作品にしている。
例えば序盤、マンデラが二人のSPを付けて早朝の散歩に出かけるシーンがある。マンデラの後ろに怪しい黒塗りのバンが接近しくてる。もしや彼を狙った反乱者か‥と思った瞬間、それは新聞配達の車でした‥ということが分かりホッとさせられる。いわゆるスカシの演出だが、こうした所にサスペンスの小技を盛り込むあたりにイーストウッドの手練が感じられた。
また、クライマックスのマンデラ暗殺の危機感を募らせたサスペンス演出も、手に汗握るボルテージの高め方で画面に引き込まれた。この手の大観衆を背景にした大掛かりなサスペンスは、それだけでも迫力があるが、伏線の張り方の上手さもあってハラハラドキドキさせられた。流石に謎のサングラス男については強引な気もしたが、ともかくも今回は頭でっかちな社会派作品にするのではなく、適度なエンタメを盛り込んで一級の娯楽作品に仕上げようという狙いが至る所で見て取れる。
ちなみに、マンデラを警護するSPチームが織りなす人間模様にもエンターテインメントは隠されている。このチームはマンデラの指示で黒人と白人の混合チームとなっている。彼らは最初はギクシャクするのだが、マンデラの理想を見習って次第に一つのチームとしてまとまっていく。その過程がいい塩梅で今作にユーモアをもたらしている。
このSPチームのように、今作は黒人と白人の融和というのが大きなテーマとなっているが、そういう意味では、フランソワ邸で働く黒人女性のメイドも味のある存在だったように思う。フランソワが彼女に試合のチケットをさりげなく渡すシーンにしみじみとさせられた。これも小さなシーンであるが、しっかりとテーマに関連付けて見せているあたりが上手い。
そして、今作最大の盛り上がり所、クライマックスシーンにおける映像的なカタルシス、実話としての感動も見事である。"硫黄島の戦い二部作”を除き、これまでは割とミニマムな作品を撮ってきたイーストウッドだが、このクライマックシーンにはかなりの迫力が感じられた。こうした大掛かりなシーンを難なくこなすあたりに、イーストウッドの演出家としての力量が改めて確認できる。社会派的なメッセージと観客を楽しませるエンターテインメントを両立させた彼の手腕には、改めて感服してしまう。
一方、今作は当時の社会状況やマンデラという実在の人物を分かりやすく見せようとした結果、彼の内面描写がやや薄みになってしまっている。おそらくマンデラの苦悩は劇中で描かれている以上に、相当大きなものがあっただろう。しかし、残念ながら本作はそこに対する踏み込みが浅く感じられた。
大統領の至上命令で弱小チームをまとめ上げていくフランソワも然り。本当は彼も、チームの強化にかなり頭を悩ましたに違いない。しかし、映画はそうした苦悩や葛藤を表層的にしか描いておらず、弱小チームが強くなっていく過程も型どおりにしか描いていない。割とトントン拍子に進んでしまうので、そこは安易に写ってしまった。
今回、イーストウッドは明らかに重苦しいトーンを極力排除して、エンターテインメントに特化しようとしている。この安易さはその功罪と言えよう。娯楽映画としての完成度云々という以前に、テーマの追及の仕方においては若干の甘さを覚えてしまった。