愛に見捨てられた中年男をC・ファースが好演。
「シングルマン」(2009米)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 1962年、大学教授のジョージは恋人ジムが交通事故で亡くなったという連絡を受け愕然とする。ジムとは長年同性愛の関係にあった。遺族から葬式への参列を拒まれ、一人孤独に陥るジョージ。ある朝、彼は鞄に拳銃を入れて大学へ向かった。自暴自棄になりかけていた時、教え子の一人ポッターに声をかけられる。
楽天レンタルで「シングルマン」を借りようランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 恋人を失った中年男の孤独を静かに綴ったヒューマンドラマ。
監督・脚本はグッチやイヴ・サンローランなどで活躍するファッション・デザイナー、トム・フォード。今作は彼の映画監督デビュー作である。スタイリッシュな映像や時制を交錯させた眩惑的な演出など、映像に対する凝り具合は中々の物で、初監督作品ながら上手く作られていると思った。
特に、色彩に関するこだわりには目を見張るものがある。例えば、孤独に陥るジョージの現在は青を基調とした沈んだトーンで、彼の周縁や彼の回想を描く時には暖色トーンで切り分けされている。この明暗の対比は画面にメリハリを付けるという意味でも、ジョージの心象を反映するという意味でも見事に計算されている。長年ファッション界で活躍してきた氏ならではの色彩感覚だろう。
また、このトーンの切り替えは作品全体に幻想的な趣を与え、まるでこのドラマ自体がジョージの夢の中の出来事のようにも見せている。
例えば、彼が銀行で出会う可憐な少女などは白昼夢に現れた天使のようで面白い。これは死の前兆とも読み取れる。
全体的にトム・フォードの演出は映像主導的で、セリフに頼らず映像で"見せる″ことに主眼が置かれている。そのせいで若干説明不足と感じる部分もあるが、ただ監督の意図を汲みたくなるような画面設計は確かなものと感じ入った。得てしてムードだけに頼ってしまうと、作品の意図するところを何も掴めないまま見終わってしまう‥ということがままあるが、今作に限って言えばそういうことはない。
尚、最も印象に残ったシーンは、ジョージが雑貨屋でカルロスという新人俳優にナンパされる場面だった。壁一面に描かれた女性のアップの広告を背に、二人のやり取りが夕日の中で展開される。何気ない日常シーンだが、いかにもファンション・デザイナーらしいポップな画面が印象に残った。また、この時のカルロスのセリフ「母によれば恋人はバスと同じ。待っていれば次がやってくる。」というセリフも中々洒落ていて良かった。
ジョージと元妻の語らいにもしみじみとさせられた。元妻は今でもジョージのことを愛しているが、彼はジムのことを忘れられずその愛を受け止めることが出来ないでいる。別れた夫婦が未練がましく寄りを戻そうとする所に、何となく成瀬巳喜男の映画のような風情が感じられた。
一方、シナリオはやや日和見的な部分がある。
時代設定は丁度、冷戦時代真っ只中で、画面の中ではキューバ危機が度々登場してくる。確かに当時は同性愛に対する偏見の目は相当厳しかったので、この時代選定はさもありなんと言う気がするが、いかんせん何故キューバ危機をここまでフィーチャーする必要があったのか?そこが分からない。今回のドラマには政治的な事情は関係ない。むしろ余計なものである。もしかしたら、そこにはトム・フォードの個人的な思い入れがあるのかもしれないが、ドラマ上は余り意味がない。
また、先述のカルロスとの語らい、元妻との語らいは雰囲気やセリフ回しなどはとても良いのだが、全体のドラマを考えた場合、ここでのやり取りは冗漫という言い方も出来る。仮にここをカットしても特段全体のドラマに支障をきたすわけではない。
むしろ、テーマに深く関わってくるという意味では、彼の教え子であるポッターの方が重要なキャラクターである。彼との絡みを充実させることで、中年男が若い男子に振り回されるというドラマに残酷さや絶望的を持たせて欲しかった。そすればラストはよりドラマチックになっただろう。
キャストではジョージ役を演じたC・ファースの演技を高く評価したい。後に
「英国王のスピーチ」(2010英オーストリア)で大いに売り出したが、今作でもそれに勝るとも劣らぬ名演を見せている。愛を見失った悔恨と苦しみ、喪失感を漂わせながら、終始渋い演技を披露している。ただし、1か所だけ、拳銃自殺をしようとする場面だけは妙に軽薄な演技に見えた。全体のシリアスなトーンからかけ離れている。