ヤクザな男の生き様を衝撃的に描いたハードな人間ドラマ。
「さらば愛しき大地」(1982日)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 茨城県鹿島地方の工業地帯。農家を営む山沢家の長男・幸雄は農業だけでは食って行けず、ダンプの運転手をしながら一家を支えていた。ある日、幼い息子2人が川で溺死する。この事件をきっかけに幸雄は妻との関係を断ち切って、飲み屋の娘・順子との不倫にのめり込んでいく。実は、順子は幸雄の弟・明彦のかつての恋人だった。その明彦が東京から戻ってくる。明彦は順子との間に今更未練はなく、幸雄との関係にも一切口を出さなかった。一方、幸雄は仕事に息詰まりを感じ覚せい剤に手を出すようになる。
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(レビュー) 片田舎に住む男の破滅的な人生を鮮烈なタッチで描いた人間ドラマ。
今作の主人公・幸雄はとにかくダメなヤクザで、幼稚で傲慢で気性が荒く、そのくせすぐにイジける男である。正直、本作を見て彼に感情移入することは出来なかった。
ただ、彼を取り囲む環境を鑑みると、少しだけ不憫さも覚えた。彼をこのような人間にしてしまったそもそもの原因は、地方農村特有のドメスティックで保守的な社会が関係しているように思う。彼はその閉塞的な環境の中で自律できない大人になってしまったのだと思う。
加えて、育った家庭にも問題があるように思った。母親は彼を溺愛し、父は放任主義で何も口を出さない。更に、妻も幸雄の言いなりで、彼は完全に家の中では裸の王様状態である。冒頭の乱闘シーンが良い例である。傍から見ればこれは完全に駄々をこねた子供そのものである。
自分は今作を見て、先頃観た
「遠雷」(1981日)、
「祭りの準備」(1975日)を想起した。いずれの作品も、地方の若者たちの鬱屈した感情を赤裸々に描いている。そして、彼らは地方から抜け出せずにウジウジとマスターベーションをかいているだけである。都市と農村、若者の自律といったテーマ自体は、今作も「遠雷」、「祭りの準備」と同じだと思った。
今回はひたすら堕ちていくドラマなので、決して晴れ晴れとする映画ではない。ラストにしてもそうだ。このバッド・エンドには、何ともやりきれない思いにさせられた。しかし、衝撃度という点で言えば、先述した「遠雷」や「祭りの準備」を凌駕するほどのインパクトを持っている。いくらダメなヤクザ者が辿る結末だとしても、これほどに悲惨な顛末は無かろう。
一方で、ヘビーな鑑賞感を残す作品であるが、所々にユーモアが挟まれており、そこについてはクスクスと笑えた。また、中盤以降の幸雄と順子の同棲生活には、幾ばくかの幸福感も感じられた。特に、柔らかなトーンで撮られたピクニックのシーンに心が和んだ。
また、本作には幸雄と明彦という兄弟確執のドラマも用意されている。二人は同じ女・順子を巡って対立していくようになるのだが、後半にかけて巧妙にドラマが盛り上げられている。終始ヘビーで中々の見応えが感じられた。
幸雄役は根津甚八。今作はほとんど彼の独壇場の映画となっている。麻薬に溺れる姿、暴力描写における尖った演技等、見所が尽きない。また、その一方で見せる卑小さ、些末さも中々堂に入っていると思った。例えば、取引先の部長にへりくだる演技、明彦の結婚式で見せる打ち砕かれた表情などは絶品だった。
製作、監督、脚本は柳町光男。初見の監督であるが演出は端正に組み立てられており、ジックリと見せるタイプの作家のように思った。
印象深いシーンも幾つか見られ、例えばクライマックスの幸雄の心中に迫った演出には鳥肌が立った。それまで客観的にしか見れなかった幸雄の思考が、ドラッグによる幻聴現象を用いて初めて見ているこちら側に彼の心象が主観的に伝わってくる。この客観→主観の切り替えには不意を突かれ、思わず身を乗り出してしまった。
また、印象に残ったと言えば、幸雄の妻が業者の男と、おもむろに抱き合うシーンもインパクトがあった。場所が薄汚い豚小屋ということ。しかも、すぐ傍では溺死した我が子の法要が執り行われているということ。この異常なシチュエーションから、欲望に身を任せる人間の堕落と滑稽さが伺える。