B・ワイルダーの傑作「情婦」を思わせる法廷劇。女は怖くて悲しい生き物である‥。
「妻は告白する」(1961日)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 大学助教授・滝川の妻・彩子が夫を殺害した容疑で起訴される。殺害当時、彼女は滝川の研究成果を買っていた薬品会社の社員・幸田と不倫関係にあった。検察は保険金目当ての殺人として彩子を追求する。幸田は証言台に立って彼女を擁護するのだが、そこから意外な真実が明らかにされていく‥。
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(レビュー) 夫を殺害した妻の愛憎をシリアスに綴ったサスペンス作品。
監督は増村保造、主演は若尾文子。このコンビは以前に、
「「女の小箱」より 夫が見た」(1964日)を紹介したことがある。その時にも思ったことなのだが、増村作品における若尾は他の作品よりも艶っぽく感じられるから不思議である。これは増村保造にしか出せないカラーなのだと思う。彼は他に若尾を主演に立てて「卍(まんじ)」(1964日)という作品も撮っている。その時の彼女もすこぶるエロティックだった。二人は数多くの作品を残しているが、それらを見るとまさに名コンビだったことがよく分かる。
今回、若尾が演じる・彩子は、悪女的な立ち振る舞いを見せるワケあり未亡人である。夫を殺害した容疑で裁判にかけられるが、検察の追及を巧みにかわしながら無罪を主張する。その姿は凛とした美しさに溢れている。しかし、その裏側には魔性の顔を秘めている。
このギャップは大変魅力的だった。女とは二面性を持った生き物である‥ということを、したたかに演じた若尾文子の好演を評価したい。
特に終盤、雨でずぶ濡れになった彩子が、幸田が勤める会社を訪れるシーンには息をのんだ。普段はきっちりと和服を着こなしている彼女が、ここだけは服装も髪も乱れて登場する。それが妙に艶めかしかった。こんな彩子を初めて見た‥という思いから、ドキリとさせられてしまった。
こうして見ると、彩子は夫を殺した悪女と思われるかもしれないが、しかし自分は彼女が決して生来の悪女だったわけではないように思う。確かに事件の結果だけを考えれば糾弾されても仕方がない。しかし、公判の中で明らかにされる事件に至る経過を知れば、一方で同情も湧いてしまう。
彩子は貧しい出自で、夫の滝川はその弱みに付け込んで強引に関係を迫って結婚をした。元々、彩子の方に愛は無く、この結婚はすぐに冷め切ってしまう。次第に滝川は彩子に冷たい仕打ちを浴びせるようになる。そして、今回の事件が起こった。元を辿れば、これは滝川が自分で招いた結果とも言える。
更に、事件当時の状況を考えてみると、この殺人は仕方がない面があると言わざるを得ない。何せ事件の発端は登山中の事故であり、あの状態では救出は無理だった。
こうした過去の経緯、事件当時の状況を考えてみると、自分は彩子が何だか不憫に思えてしまった。
この映画の面白い所は正にここで、彩子に対する見方が前半と後半でガラリと変わってしまうことである。最初は恐ろしい夫殺しの殺人犯だったのが、最後には愛に見放された憐れな女に見えてくる。180度見方を変えてしまう作劇、若尾文子の演技プランの妙であろう。
‥と同時に、彩子が辿る顛末を見ていると、人間の業の深さも思い知らされてしまう。
彼女は夫の保険金が下りるとすぐに高級マンションに引っ越した。普通、こんなことをしたら誰だって怪しまれると考えるものである。しかし、彼女はそうした冷静な判断が出来なかった。富と愛に飢えていた彼女は、過去の貧しかった自分を一刻も早く捨て去りたかったのである。人間の弱さが垣間見える。
増村監督の演出は非常に堅実にまとめられている。他の作品に比べると際立ったショットはそれほどないが、登山シーンのロケーションの迫力等、力強さが感じられた。
特に、3人の男女が1本のロープで繋がれる登山シーンは、男女の愛憎を極めてスリリングに象徴したシチュエーションとして脳裏に焼き付いた。3人の個々の表情に肉薄した演出が秀逸である。