孤独な鑑定士とミステリアスな女性の愛をスリリングに描いた作品。
「鑑定士と顔のない依頼人」(2013伊)
ジャンルロマンス・ジャンルサスペンス
(あらすじ) ヴァージルは一流の美術鑑定士で世界的なオークショニアである。実は、彼は裏でビリーという男と組んで、高価な女性の肖像画を落札して自分のコレクションにしていた。ある日、彼の事務所にクレアという女性から鑑定依頼が来る。早速、彼女の屋敷へ行くが下男しかいなかった。聞けばクレアは留守中らしい。顔を見せない依頼人に腹を立て一度は鑑定を断ったが、再び彼女に懇願されヴァージルは仕方なく仕事を引き受けることにした。その後、鑑定で屋敷を何度か訪ねるうちに彼は隠し部屋の存在に気付く。実はクレアはずっとそこからヴァージルを監視していたのだ。彼女は幼少時代のトラウマから外に出れなくなっていた。ヴァージルはそんな彼女に次第に惹かれていくようになる。
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(レビュー) 孤独な中年鑑定士とミステリアスな女性の愛をスリリングに綴ったサスペンス作品。
全体的に緊密に作られており、画面に登場する数々の名画を含め丁寧に構成されている。人物の心情を繊細に捉えた所も真に迫っていて中々の見応えを感じる作品だった。
また、ここで描かれているドラマは実に悲劇的なものであるが、同時に愛の残酷さ、虚ろさといったものも見事に捉えていると思う。感傷に堕さず現実をしっかり見据えた所は見事と言えよう。テーマも力強く発せられている。
監督・脚本はG・トルナトーレ。彼はメロドラマを主とした抒情性の高い作品を撮ることが多い。だが、彼が他の作家たちと一味違うのはそこに必ずサスペンスの要素を持ち込んでくることだ。
「海の家のピアニスト」(1999米伊)しかり、「題名のない子守唄」(2006伊)しかり。幻視的な愛をミステリアスに紐解きながら人間の哀しく切ない心情を丁寧に筆致する。
今作の主人公ヴァージルは、他人との関わり合いを極端に嫌う偏屈な中年男である。無機的な邸宅に一人で住みながら、仕事以外ではほとんど誰とも接触しない。そして、今まで収集した絵画を飾った秘密の部屋で、一人酒を燻らすのを唯一の楽しみとしている。傍から見れば、なんと退屈な男だろう‥。そんな風に思えてしまう。
しかし、ヴァージルはミステリアスなクレアに出会ったことで愛を欲するようになる。クレアも幼い頃のトラウマから部屋に閉じこもって生きるようになった女性で、ある意味では他人に壁を作って生きるヴァージルとよく似ている。そんな2人が壁越しに会話し、電話を通して互いの心を探りあっていく姿には、孤独な者同士でしか分かり合えない切愛がしみじみと感じられた。
しかし、愛というのものは一旦火がついてしまうと、留まることを知らないもので、ヴァージルは声だけでは我慢できずクレアの姿を一目見たいと思って一計を案じる。ここからドラマは急転していく‥。
結局の所 、ヴァージルは美術品の真贋を見極める眼力は持っていても、人間の愛までは見極められなかった‥ということなのだろう。この結末はひどく残酷であるが、しかしそこはトルナトーレ監督らしい味付けが施されている。かすかな哀愁が添えられていて切なくさせられた。
正直なところ、今回の事件の裏事情については、自分は映画開始早々に想像がついてしまった。クライマックスに結びつく伏線が幾つか張られているが、これだけ揃っていればある程度は察しがついてしまう。例えば、途中から登場する黒人女性の行動などは、どう見ても不自然過ぎて、明らかに誰かの指図で動いているとしか思えない。その誰かも容易に想像がついてしまった。
唯一、暗記の達人の女性が度々画面に登場してくるが、彼女の見顕しについては想定外だった。まんまと一杯食わされたという感じである。
また、シナリオ上、中盤にマンネリズムを感じてしまうのも勿体なかった。機械人形のクダリがシークエンス的に単調なのでもう少し工夫が欲しい。
とはいえ、こうしたサスペンス的なつまらなさは置いておくとして、先述したように今作で主となるのは、あくまでメロドラマの方である。サスペンスはサイドメニュー的な扱いと考え、ヴァージルとクレアのスリリングなロマンス。そこについては十分の見応えが感じられた。
キャストでは、ヴァージルを演じたJ・ラッシュの演技が印象に残った。冷淡な面構えを貫きながら、クレアに翻弄される愚かさを痛々しく体現している。こう言っては何だが、彼はどちらかと言うと悪役の面構えである。決して美形ではない所にリアリティが付帯する。憐れな中年男の落ちぶれていく様を、やや大仰ではあるが上手く演じていると思った。常に手袋をつけているビジュアル的な工夫も良い。
尚、E・モリコーネの音楽は今回も素晴らしかった。ラストの幕引きの感動に彼のスコアが大いに寄与していたことは間違いない。