エイズ治療薬認可のために戦った男たちのドラマ。演者の好演が光る。
「ダラス・バイヤーズ・クラブ」(2013米)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) 1985年のテキサス州。電気技師をしているロンは、普段はマッチョなロデオカウボーイである。女と酒とドラッグに明け暮れる自堕落な日常を送っていたある日、医師からHIVの陽性と診断された。自暴自棄になるロン。やがて彼はエイズと正面から向き合い、アメリカでは認可されていない治療薬を求めてメキシコへ渡った。そして奇跡的に一命をとりとめる。その後、テキサスに戻ってきたロンはその治療薬をエイズ患者に売る商売を始める。
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(レビュー) アメリカのエイズ治療薬認可に貢献した実在の人物ロン・ウッドルーフの半生を描いた伝記映画。
実話の映画化ということで興味深く見ることが出来たが、今作の見所はやはり何と言ってもキャストの演技。これに尽きるだろう。
ロンを演じたM・マコノヒーは体重を21キロも減らして本作に挑んだそうである。それが奏功し、今年のアカデミー賞では見事に主演男優賞を獲得した。これまではどちらかと言うとマッチョなイメージだったが、ここまで激やせしたのだから驚きである。見ていて心配になるほどの痩せ方だったが、その身体を張った熱演に心揺さぶられた。特に車中での慟哭が印象に残った。
ロンの相棒となるレイヨンを演じたJ・レトの好演も忘れがたい。彼はロンと共に、エイズの治療薬を販売するダラス・バイヤーズ・クラブの設立者になっていく。彼も減量しての熱演を見せている。しかも、エイズに犯されたトランスジェンダーという難役で、こちらも見事に助演男優賞を受賞した。
物語も史実に真摯に向き合った作りで力強さに溢れている。シリアスなドラマであることは確かだが、所々にユーモアが配され大変見やすくなっている。ちょっと下世話なネタも出てくるのだが、深刻になりがちな難病ドラマをサラリと描いて見せたあたりは上手いと思った。
そして、ストーリー的にも実に常套に構成されていると思った。
ロンは最初はどうしようもない放蕩者として登場してくる。しかし、自身がHIV患者だと知ると、それまでの生活を改めてエイズに真剣に向き合っていくようになる。そして、彼はレイヨンと知り合うことで、それまで差別していたゲイのコミュニティの中で自分の成すべきこと。つまり、政府に認可されていないエイズの治療薬を広めるという使命を果たしていくようになる。これはロンの成長ドラマとしても、ロンとレイヨンの友情ドラマとしても実によく出来ていると思った。
また、ロンの偉業を変にヒロイックにしなかった所にも好感を持った。あくまで映画が重点を置いているのは、ロンがいかにして這い上がっていくのか‥その過程のドラマである。そこに一般人である我々が見ても共感しやすい普遍性がある。
また、ロンはイブという女性医師と惹かれ合っていくのだが、ここも変に浮ついてなくて良い。抑制が上手く取れていると思った。
難はシーンのマンネリズムが目立つことだろうか‥。病院とダラス・バイヤーズ・クラブのオフィス。物語の展開がほとんどこの二つのシーンで紡がれ、余り代わり映えのない絵面が続いてしまう。状況を伝えるだけならそれでも十分だが、これでは映像的な抑揚が足らない。もう少し変化や工夫が欲しい所である。
尚、最も笑えたのは、ロンがイブとデートをした後のシーンである。彼はオフィスに戻って、壁に貼られたヌードのピンナップを見て自慰をするのだが、その中に1枚だけマーク・ボランの写真が混ざっていて冷めてしまう。それはレイヨンが貼った写真で、以前ロンによって剥がされた物である。マーク・ボランはレイヨンにとってのアイドル。それをまた貼りなおしたのだ。うんざりするロンの表情が最高に笑えた。
この映画を見て、レイヨンがロンにどれほど想いを寄せていたのかは、はっきりと分からない。実際に彼には別に恋人がいたからだ。しかし、少なくともロンに恋焦がれていたことは確かで、そう思わせるシーンが中盤に出てくる。ここも実に良かった。
レイヨンがロンと一緒にスーパーに買い物に行った時に、偶然ロンの旧友とかち合う。彼はゲイの差別主義者でレイヨンに無礼な態度を取る。それをロンが厳しく諌める。この時にロンを見るレイヨンの表情が良い。明らかにロンに惚れてる顔である。
おそらく、レイヨンはノンケであるロンに自分の気持ちが伝わらないことを予め承知していたのだろう。しかし、そうは言っても心の中では彼への想いを断ち切れないでいた。それがオフィスに彼氏を連れ込んだり、自分の大好きなマーク・ボランの写真をヌード・ピンナップの隣に飾ったりという行動に繋がっているのだと思う。ドラッグに溺れるのも然り。レイヨンは自分なりに、この不安定な気持ちに折り合いをつけようとして色々と葛藤していたのだと思う。
したがって、彼の心中を察するとこの末路は実に忍びない。それを受けてのロンの失意と後悔も当然と言えば当然で、これまた切なくさせる。ロンのエイズ治療薬認可運動には、ひょっとしたらレイヨンに対する贖罪の意味もあったのではないか‥そんな風に思った。