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アクト・オブ・キリング

大胆なアプローチで歴史の暗部に迫ったドキュメタリー映画。
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「アクト・オブ・キリング」(2012デンマークインドネシアノルウェー英)星5
ジャンルドキュメンタリー・ジャンル社会派
(あらすじ)
 1965年のインドネシアで起こった大量虐殺を追ったドキュメタリー。加害者たちにこの事件を演じさせながら真実を炙り出していく。

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(レビュー)

 自分はこの大量虐殺事件のことを全然知らなかったし、事件を起こした加害者たちが今でも平然と生きているという事実も知らなかった。殺された人数は一説によれば50万人前後とも300万人とも言われ、正確な数字は未だに把握されていないそうである。それだけインドネシアではタブー視されているのだ。本作はこの闇に隠された歴史的事実を世界に知らしめた作品である。大きな意義があるように思う。

 そして、この映画で自分が注目したい点はもう一つある。それは”映画”とは”被写体”の人生に大きな影響を及ぼしうるメディアである‥ということである。

 以前、取り上げた作品で「イングロリアス・バスターズ」(2009米)という映画がある。あれは、”映画”が殺されたユダヤ人に成り代わってナチスの独裁者に復讐を果たす‥という戦争映画だった。いかにも映画好きなタランティーノらしい機知に富んだアイディアで、”映画”が悪を成敗するという所が痛快だった。そして、この「アクト・オブ・キリング」という映画はそれを現実にやってしまった”映画”だと思う。つまり、大量虐殺の首謀者にそれを再現させ、彼に罪の意識を自覚させてしまった”映画”のように思う。これは「イングロリアス・バスターズ」のようなフィクションではない。現実に”映画”が加害者を、被写体を断罪した作品なのだ。

 ドキュメンタリー映画が何らかのメッセージを持って、社会悪や歴史を断罪するということはよくある。例えば、以前取り上げた「チェルノブイリ・ハート」(2003米)はそうである。原発事故の悲惨な後遺症を写し出すことによって、事故を起こした政府や企業を痛烈に批判していた。「フード・インク」(2008米)という映画も然り。食品業界の裏事情を暴くことで、企業のやり方を強く糾弾していた。このように社会悪や歴史の一幕を照射し、それを告発するという映画はこれまでにもたくさんあった。ただ、その多くは作り手側から見た一方的な断罪であり、おそらく告発された相手は屁とも思っていないだろう。

 そこでいくと今作は一方的に告発をして終わり‥というだけの映画ではない。何せ今回の大量虐殺の加害者たちを登場させて、彼らに罪の意識を自覚させたのであるから‥。極端な話、このドキュメンタリーは公開裁判のような物なのかもしれない。再現ドラマという手法は丁度、検察の実況見聞に似ている。

 こういうアプローチで歴史の一幕に迫った所は斬新と言っていいだろう。そもそも虐殺した側がよく映画の撮影を受け入れてくれたな‥というのが最初の感想である。彼らはこの事件を悪とは思っていないのだから、それは当然なのであるが、しかし普通に考えたらこの映像がどういう風に扱われるのか、考えるだろう。それがまるで英雄気取りで撮影に応じている。この狂った神経が理解できない。

 ただ、確かに面白い趣向のドキュメンタリー映画だと思うが、映画の出来としては決してクオリティが高いわけではない。昨今はエンタメ色の強いドキュメンタリー映画が流行っているが、それらに比べると編集が地味である。中にはダラダラと間延びしたシーンもあった。また、選挙のシーンは本筋に余り関係が無いエピソードのように思った。

 一方、ドキュメント映像の合間に時々挿入される、目を見張るような鮮烈なイメージ・シーンは面白かった。あれは今作の中で製作された再現ドラマの一片か何かだろうか?グラフィカルな映像は作為的ではあるが、本作にエンターテインメントとしての”色気”を添えており、こうした工夫は面白い試みに思えた。

 映画は中盤以降、いよいよ再現ドラマの撮影が本格化していく。共産主義者に対する執拗な尋問シーン、女性や子供たちを蹂躙するシーン、村を焼き払うシーン等。ショッキングな光景が次々と出てくる。そして、撮影が進むに連れて出演者たちの心の中には大きな変化が生じていく。
 あの虐殺は間違っていたのではないか。いや俺達は間違ってない。時代がそうさせたのだ。国のために俺達は働いたのだ。色々な意見が登場し、彼らは自ら犯した罪の重さに押し潰され疲弊していく。
 そして、訪れるクライマックス。ここで首謀者であるアンワル・コンゴに決定的な変化が訪れる。映画はここから彼の中の絶望に急迫していく。ただの憐れな老人に変わり果てた姿を冷徹に捉えていくのだ。正に”映画”がこの大量虐殺事件を断罪した瞬間のように思う。

 こうして最終的に殺人部隊のリーダー、アンワルは罪を自覚するわけだが、しかし映画を見終わって今一つスッキリとしない思いも残った。それは、彼の部下や仲間たちが反省するどころか、今でも高級店でショッピングをしたり、軍事政権下で甘い汁をすすっているからである。何ともやるせない思いにさせられるが、これが現実なのだろう。

 そして、おそらくこのモヤモヤ感が、この映画で最も重要なことだと思う。この惨劇を目にして、あなたはどう思いますか?という問いかけが、そこには隠されているような気がする。「目の前の罪を見て見ぬ振りするのは罪」。よく言われる言葉であるが、作り手側が付きつけたかった真のメッセージはそこなのではないだろうか。

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