幻想的な反戦映画。
「ウォー・レクイエム」(1989英)
ジャンル戦争
(あらすじ) 車椅子に乗った元老兵士が戦時中の思い出を振り返る。目の前で親友を亡くしたこと。多くの市民や兵士が戦火で焼かれてしまったこと。そして、暗い塀の中に閉じこもってしまった彼の心は、若く美しい看護師との出会いで次第に癒されていく。しかし、戦争の犠牲者は彼以外にもたくさんいた‥。
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(レビュー) 異端の映像作家D・ジャーマン監督によるオペラ劇。
様々な戦場の記録映像を挿入しながら戦争の酷さを訴えている。
映画はイギリスを代表する音楽家ベンジャミン・ブリテンの「ウォー・レクイエム」をバックに展開されていく。例によって、登場人物にセリフはなく、第一次世界大戦に出兵して亡くなった詩人ウィルフレッド・オーウェンの詩が時折流れるだけである。尚、今作の主人公はそのオーウェンである。
正直、イメージの連鎖で紡がれた映像叙事詩といった作りで、物語性を求めてしまうと退屈してしまう映画である。一応、オーウェンが辿った戦争体験を思い出と共に振り返る‥という物語構造は確認できるが、所々に挿入される幻想的なシーンがこの映画から”物語性”を排除している。したがって、基本的には今回もジャーマンが作り出す眩惑的な映像世界を堪能するという見方をした方が良いだろう。
実際、映像はグラフィカルな様式美が随所に登場し、また斬新なデジタル処理も施されていて見応えを感じた。ジャーマンが常に既存の映画表現方法に捕われない極めて先鋭的な”アーティスト”であったことが改めて再確認できる。
個人的に最も衝撃を受けたのは、中盤に登場する戦場を捉えた記録映像のコラージュだった。これまでも戦場の記録映像は色々と見てきたが、改めてここに映し出される悲惨な光景を目の当たりにすると暗澹たる気分にさせられる。明らかにこれはジャーマンの反戦メッセージに他ならないだろう。
と同時に、これはジャーマン自身がコメントで残しているのだが、今作はエイズで亡くなった友人たちに対する手向けとして作った‥ということである。
劇中に登場する、薄暗い塀の中で疲弊する男たちは、おそらく戦争に駆り出された青年兵士たちの魂を表しているのであろう。しかし、その一方で彼らにはもう一つの意味が込められているような気がする。それは過去作
「エンジェリック・カンヴァセーション」(1985英)を見ていれば、何となく想像がつく。
「エンジェリック~」では、薄暗い洞窟の中で愛し合うゲイのカップルが映し出されていた。それは世間から疎外された同性愛者たちの悲しみを表現したものである。それと、ここに登場する薄暗い塀に囲まれた青年兵士たちはどこか重なって見えた。つまり、ジャーマン自信がそうであったように、彼らはエイズに苦しむ多くの人々の姿そのものなのだと思う。
ジャーマンはこの後に「ザ・ガーデン」(1990英)という作品を撮る。薄暗い塀の世界を飛び出して、美しく温もりに満ちた田園風景を物語の舞台とした。無論そこでも彼の作家としての反骨精神は確認できるのだが、同時に美しい映像の数々からはエイズ患者たちの生命に対する賛歌も感じられた。
「ウォー・レクイエム」と「ザ・ガーデン」。この二作品から明らかに作風の方向転換が見られる。何が原因でそうなったのかは分からないが、しかし彼がこの境地に至るまでには相当の苦悩があったということだけは、この「ウォー・レクイエム」の絶望的なトーンから想像できる。
尚、本作はイギリスが生んだ名優L・オリヴィエの遺作でもある。彼は冒頭に登場する老兵士役として出演している。
また、ジャーマン映画のミューズ、T・スウィントンも出演している。中盤の彼女の慟哭を捉えたロングテイクには目が離せなかった。戦争に対する悲しみ、憤りが強烈に体現されている。