終わりなき地獄めぐりの旅。このダメっぷりは見てて痛々しい。
「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」(2013米)
ジャンル人間ドラマ・ジャンル音楽
(あらすじ) 1960年代初頭。ニューヨークのグリニッジ・ビレッジに売れないフォークシンガー、ルーウィンはいた。知人の家を転々としながら暮らしていたある日、友人ジムの恋人でクラブ歌手をしているジーンから妊娠を告げられる。実は、ルーウィンは彼女と何度か寝たことがあり、その時に出来た子供かもしれないというのだ。ルーウィンはニューヨークから逃げ出すようにして、ジャズ・ミュージシャンのツアーに同行する。
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(レビュー) 場末のミュージシャンが転落していく様をシビアに捉えた音楽映画。
監督・脚本はコーエン兄弟。彼らの言によれば、今作の主人公ルーウィンは実在したフォークシンガー、デイヴ・ヴァン・ロンク をモデルにしているということである。自分はこのデイヴなる人物を全く知らなかったのだが、どうやらあのボブ・ディランと親交があった人物ということで一部の音楽ファンの間では結構知られているらしい。ディランは歌い方、立ち振る舞いを彼から見習ったと言われている。つまり、現在の彼のスタイルは、このデイヴからきているということになり、その話を知ると俄然この映画は興味深く見れる。
とはいえ、今作はデイヴ本人の伝記映画というわけではないのだが‥。あくまで彼をモデルにしただけであって、基本的にはコーエン兄弟が作り出したオリジナルのキャラクター、ルーウィンの物語となっている。
ルーウィンは小さなレーベルに所属しながらクラブで細々と歌うフォークシンガーである。レコードを出しても全く売れず印税も貰えない。住む家もなく知人の家を転々と渡り歩いている。しまいには、泊まった先の飼い猫を抱える羽目になり、それに振り回される。そして、そんなルーウィンにさらに追い打ちをかけるような事件が起こる。友人の恋人から妊娠を告白されるのだ。そして、ルーウィンは逃げるようにしてツアーの旅に出かける。しかし、彼はそこでもトラブルに見舞われ‥。
見てて実に気の毒になってくる映画である。しかし、その一方で、ここまで自堕落で我侭な男であればそれも自業自得という気がした。言い方は悪いが、普段の行いが悪いから上手くいかないのであって、もう少し上手く立ち回ることが出来ていれば彼はもっとマシな人生を送ることが出来ていたと思う。
実は、こうした不遇のドラマは、コーエン兄弟は十八番にしている。
カンヌでパルムドールと監督賞に輝いた初期の傑作「バートン・フィンク」(1991米)もそういう話だった。ホテルに缶詰めになった小説家が殺人事件に巻き込まれるというサスペンス映画で、一種異様な不条理劇のようなテイストが非常に魅力的だった。また、「ファーゴ」(1996米)や監督デビュー作「ブラッド・シンプル」(1984米)でも、主人公たちは皆、犯罪に加担して身を亡ぼしていく。
このようにコーエン兄弟の、特に初期時代の作品には、何をやっても上手くいかない不遇の人物達が共通して出てくる。観ているこちらとしては非常に辛いわけだが、一方でコーエン兄弟は必ず要所にブラックでシニカルなユーモアを配し、それによって彼らにしか出せない独特のテイストを生み出し、現在の地位を築いてきた。
今回にもそうしたユーモアは幾つか登場してくる。例えば、猫を絡めた場面は、ほとんどがユーモラスに見れた。ただ、基本的に今作はルーウィンの転落をシリアスに追った作品であり、これまでのようなカタルシスやエンタテインメント性は希薄である。
特に、ラストが残酷だった。ズタボロになって地面に這いつくばるルーウィンと、ステージで今まさに世に出ようとしている若く新しい才能。この対比が実に残酷である。
結局、ルーウィンは不器用にしか生きられなかった男なのだと思う。自分のやりたい音楽を頑なに追い求めた結果、誰からも相手にされず人知れず埋もれて行った可哀そうな男だった。彼には決して音楽的な才能がなっかたわけではない。ただ、その才能を成功へと結びつける術を知らなかったのである。
今作は構成にも感心させられた。このドラマは、言わばルーウィンにとっての地獄めぐりの旅と言える。それが序盤と終盤を接合するこの構成によって、まるで出口の見えない堂々巡りの旅のように見えてくる。ルーウィンの生きざまにより一層の悲壮感が感じられた。
演出的な見所で言えば、ルーウィンがジャズ・ミュージシャンのツアーに同行するシーンが、すべからく白眉だった。冷たく降りしきる雨、延々と続く深夜のハイウェイ、無口なドライバー、尊大なジャズ・ミュージシャン。不穏な空気をまき散らすタッチは、丁度「バートン・フィンク」に共通するような得も言われぬ悪夢感で魅了された。
キャストではルーウィンを演じたオスカー・アイザックの熱演が素晴らしかった。吹き替えなしでギターと歌を披露しており、これが中々堂に入っている。特にラスト直前の熱唱には見入ってしまった。歌詞がルーウィンの生き様に重なり胸が熱くなった。