噛みしめれば味わい深い佳作。
「夏時間の庭」(2008仏)
ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) パリ郊外に佇む1件の古い屋敷。ここに一人で住んでいる老女エレーヌは、休暇でやってきた子供たちと楽しい時間を過ごしながら、自分の死後について考えていた。家には大叔父から引き継いだ高価な美術品がたくさんあった。彼女はそれを長男フレデリックに託すことにした。その後、エレーヌは死去する。遺された財産をフレデリックたちは処分しようとするのだが‥。
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(レビュー) いわゆる遺産相続を巡る兄弟のドラマなのだが、変にドロドロとしない所が良い。家族の死とは一体何なのか?残された者達に何をもたらすのか?そして、そこにはどんな価値があるのか?普遍的なテーマを実直に追及している所に好感が持てた。
とはいえ、映画のランタイムは100分程度と結構短い。重いテーマを扱っている割にアッサリとした印象で、そこは善し悪しがあろう。本作は、ある程度自分で咀嚼して味わいを引き出すような見方をしないとダメな映画だと思う。単に受け身で見ていては、どこの家庭にも起こりうる遺産相続の問題を描いたドラマ‥という風にしか捉えられない。
個人的に今作で最も秀逸だと思ったのはラストである。遺産相続を巡る兄弟の醜い対立が、最後の最後に彼らが過ごした美しい庭園風景を提示することで、それまでの沈滞ムードが一掃されたような、そんな爽快感が感じられた。その一役を担うのがエレーヌの孫たちの活き活きとした姿である。
このラストには人間の価値観に対する皮肉が込められているような気がした。
人間には夫々、固有の価値観がある。フレデリック達はお金や仕事、即物的な価値を追求する者達だった。一方で、ラストに登場するエレーヌの孫たちは、今の一時を謳歌しようという精神的な快楽追求が感じられる。また、人生の終末に差し掛かったエレーヌにとっては、過去の思い出こそが何物にも代えがたい大切なものだった。このように人の価値観という物は、世代によっても、その人が置かれている状況によっても大きく変わってくるものである。
そこでラストに登場する庭園風景である。緑豊かに輝くその光景には、エレーヌの孫たちが求める精神的な快楽をありのままに受け止めようとする包容力が感じられた。これはフレデリックたちの即物的な価値観を真っ向から否定する物のように思う。つまり、物欲よりも精神的な幸福。このラストはそれを暗に説いているような気がした。
ちなみに、エレーヌの屋敷にはエロイーズという家政婦がいて、彼女の価値観もどちらかというと、エレーヌの孫たちに近い。そのことは、フレデリックに遺品を持って行って欲しいと言われるシーンから分かる。彼女は、余り高価な物を貰っても悪いし‥と遠慮して、いつも花をさしていた花瓶を持って帰るのだ。貨幣価値が高い物ではなく、身近な日用品を選んだのである。
しかし、何と言う皮肉か、最後にその花瓶の本当の値打ちが判明して驚かされる。ここにも、物の価値は見る人、使う人によって全然変わってしまう‥ということが暗に示されているような気がした。
このように本作にはそうした深いメッセージが所々に隠されている。そこを読み解かなければ、単に遺産相続にまつわる家族のドラマ‥という感想で終わってしまうだろう。見る方で色々と意味を解釈しながら丁寧に追いかけて行けば大変興味深く見れる作品だと思う。