石井隆の「名美」を相米慎二が料理した逸品。
「ラブホテル」(1985日)
ジャンルロマンス・ジャンルサスペンス・ジャンルエロティック
(あらすじ) 事業に失敗して家族に見放された男・村木は、ホテトル嬢の名美を道連れに自殺しようとした。しかし、名美の妖艶な姿に魅了され自殺を踏みとどまる。2年後、タクシー運転手として再出発した村木は、偶然名美に再会する。ところが、彼女は別人だと言う。村木は彼女に興味を抱き調べた。すると、彼女自身、辛い過去に苦しめられていたことを知る。村木はかつて自分を救ってくれた名美にそっくりな彼女のために、どうにか力になりたいと思うのだが‥。
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(レビュー) 冴えない中年男とホテトル嬢のミステリアスな関係を、官能的に描いたロマンス作品。
ヒロイン「名美」という名前でピンと来た人もいるだろう。今作の脚本は、あの石井隆が担当している。石井隆と言えば、劇画漫画家にして映画監督、更には脚本も数多く手掛ける才人である。今作はその彼が手がけた脚本の内の1本である。
そして、石井隆はこれまでに何本も「名美」という名前のヒロインを使ったストーリーを書いてきた。いわゆる魔性の女から、男を包み込むような癒しの女、はたまたこの世の物とは思えぬ超然とした存在まで、様々な形で「名美」という女性は登場してきた。そして、今作の名美は、主人公を翻弄するファムファタールとして登場してくる。これも数多くある「名美」シリーズに共通するキャラクター性である。
物語前半は、村木の視線を通して、名美に似た女の素性を追いかけていく‥というサスペンス劇となっている。実は、ホテトル嬢をしていた彼女にはもう一つの顔があった、ということが分かり、その種明かしは中々面白く見ることが出来た。
そして、彼女の正体が判明して以降は、恋愛要素の強いドラマに転じていく。ここからもう一人のヒロインが登場し、村木を挟んだ三角関係へともつれこんでいく。
監督は相米慎二。1カット1シーンの長回しが随所に登場し、いかにも氏らしい臨場感に溢れた作りになっている。例えば、名美が自殺しようとする海岸のシーンなどは非常にスリリングに見れた。また、村木はタクシーの運転手をしている。延々と車中の会話を捉えた長回しが何度か登場してくるが、これもリアリティがあって真に迫っていた。
ただ、長回しと言っても、今回は決して息苦しいとか、ピリピリした緊張感があるとか、そういうシリアスなトーンが横溢するわけではない。中にはユーモラスな演出もあって、それが映画に上手くメリハリを付けている。例えば、トンネルに突如して登場する車椅子の男などはかなりの異物感であるが、こうした所は不思議な感覚で面白い。
ラストカットも洒落ていて好きである。村木を巡る二人の女がすれ違うのだが、互いに言葉を交わさずとも夫々のキャラクターを上手く対比させることに成功している。実に味わい深いエンディングだと持った。また、そこに村木の姿はない‥という所も、中々ハードボイルドで良い。
今作で難だったのは女優である。名美を演じた速水典子が今一つだった。元々、石井隆のシナリオはバタ臭い所があり、セリフとして口に出されると変にむずがゆくなるような所がある。そこを彼女は上手く演じきれていない。こういうのはよほど場数を踏んだベテランにしか演じられないだろう。ましてや、今作は相米監督による長回しが複数登場する。そこを自然に見せるには、やはりそれ相当の演技力が無ければダメである。速水典子は、この当時はまだデビューして間もない頃である。残念ながら、演技を自然にこなせてないと思った。
逆に、村木を演じた寺田農は見事な好演である。さすがにベテランだけあって、こちらは安定感がある。