いわゆる疑似恋愛ドラマの派生だがアイディアが秀逸。
「her/世界でひとつの彼女」(2013米)
ジャンルロマンス、ジャンルSF
(あらすじ) 妻に捨てられた傷心男セオドアは、気晴らしにパソコンの最新型OSを買って帰宅する。早速インストールしてみるとパソコンから魅力的な女性の声が返ってきた。彼女はサマンサという人工知能型のOSだった。セオドアは次第に彼女に夢中になっていくのだが‥。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 孤独な男性と人工知能型OSの切ないロマンスを、時にハートウォーミングに、時にシリアスに描いたファンタジックな一編。鬼才S・ジョーンズ監督のセンスが随所に光る傑作である。
物語の舞台は近未来‥とはいっても現代とさほど変わらないロサンゼルス。そこで代筆屋をしている孤独な男セオドアはPCのOS・サマンサに出会う。サマンサは仕事が出来て、セクシーで、ユーモアがあって、優しい。ほとんど完璧に近い理想的な女性である。傷心のセオドアはすぐに彼女の虜になってしまう。そして、サマンサが入ったモバイル型のPCをポケットに入れて、まるで恋人同士のようにデートを楽しむようになるのだ。しかし彼女はOSなので肉体はない。この存在の”不確実性”が両者の気持ちを苦しめるようになっていく‥。
話だけを聞くと、一時流行った恋愛シュミレーション型ゲームを更に進化させたような、そんな設定である。SNSだ、ネットアイドルだと騒がれる現在。この着眼点は疑似恋愛ドラマとしては中々秀逸だと思った。
ドラマの着地点も見事である。ある程度想像はしていたが、見ているこちらの胸にズキンと突き刺さってきた。
結局、恋愛に限らず、人間が他者と関係するということは、互いに成長することによって維持されるものなのだと思う。サマンサは人間の心を理解して成長した。だから、セオドアも成長していかなければならないのだと思う。非常に寂寥感漂うビターな結末であるが、同時に実に納得のいく結末でもあった。
このように本作は設定が独特なため、広く一般に受け入れられるかどうかは難しい所がある。もしかしたら全然感情移入できない‥という人もいるだろう。確かに、PCに恋をするなんて現実逃避じゃないか、何て妄想的なドラマだ‥と一蹴することも可能だ。
しかし、そこは寓話として捉えればいいと思う。この恋愛ドラマに込められたテーマは実に普遍的だと思う。むしろ古典的と言っても良い。昔からよくある、辛く悲しいメロドラマである。そこを汲み取ることが出来れば、このドラマに大いに共感できるのではないだろうか。
尚、一番グッときたシーンは、セオドアが元妻に再会するシーンである。ここで彼は意気揚々とサマンサを自慢げに話すのだが、元妻に鼻で笑われてしまう。確かに普通の人からしてみれば、実在しないOSに恋をしたなんて言われても理解できないだろう。しかし、いくら別れた夫だからと言っても、この反応は人として冷淡すぎる。これでは別れても仕方がないな‥と思ってしまった。この時のセオドアの落ち込む顔が不憫に見えてしょうがなかった。
と同時に、彼はこれを境に現実を見つめ直すようになる。果たしてこのままサマンサにのめり込んでいって良いのだろうか‥と迷い始めるのだ。このシーンはドラマに於ける大きなターニング・ポイントである。そういう意味でも印象に残った。
また、劇中にはサマンサ以外にもう一人のヒロインが登場してくる。それは、セオドアの幼馴染エイミーである。彼女はゲームクリエイターをしながら、セオドアと同じマンションに恋人と一緒に暮している少しインドア派な女性である。セオドアとちょっと似たようなタイプの人間で面白い。
実は、彼女はこのドラマでは非常に重要なキャラと言える。というのも、彼女もセオドアと同じような悲劇を辿っていくからだ。似た者同士の彼らは、時々相手の相談に乗りながら親交を深めていく。つまり、互いに良き理解者となっていくのである。エイミーが傍にいることでセオドアの孤独は癒され、それが全体のドラマを幾分明るくしている。
映画のラストについても然り。先述したように、ほろ苦く締め括られているが、エイミーの存在によってそれが少しだけまろやかになっている。二人の関係も絶妙な距離感で描かれており、このあたりも好感が持てた。
キャストは全体的に良かったと思う。セオドアを演じたJ・フェニックスは少々クセのある俳優だが、今回は眼鏡をかけて冴えない男をフラットに演じている。そのしぐさに自然と共感出来た。
サマンサ役はS・ヨハンソンが演じている。声のみの出演だが、彼女の声は少しハスキーボイスで、どこか”はすっぱ”な所もありそこに親近感も湧く。セオドアならずとも、男はこういう声に弱いのではないだろうか。キャスティングが絶妙だと思った。