現在と過去の対比の中に人生の数奇を堪能できる。ちょっと背伸びして見れば最後にウルッとくるかも?
「グレート・ビューティー/追憶のローマ」(2013伊仏)
ジャンルロマンス・ジャンル人間ドラマ
(あらすじ) かつて1冊だけベストセラーを発表したことがあるジェップは、それ以来新作を書かず今はジャーナリストになって優雅な印税生活を送っている。毎晩のように自宅のバルコニーでパーティーを開き享楽にふけっていたある日、初恋の女性が亡くなったという知らせを受ける。葬儀に出た後、彼女の夫から驚くべき真実を聞かされる。
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(レビュー) 老境に差し掛かった元作家が、初恋の人の死をきっかけに自分の人生を見つめ直していくヒューマン・ドラマ。
自身が語るようにジェップは典型的な俗物である。毎晩のようにパーティーを開きそこで知り合った娘ほども年の離れたモデルと一夜のアバンチュールを楽しみ、ジャーナリストの仕事も片手間に高級マンションで悠々自適な暮らしを送っている。いやはや良い御身分である‥と何だか別次元の話のようで、平凡な生活を送る自分にはまったく共感できなかった。
しかも、ジェップは孤独ぶってはいるが、周りに様々な人間が集まってくる。こんなに派手な暮らしをしておきながら孤独は無いだろうと‥。
イタリア映画であれば、自分は市井に根差したネオレアリズモの作品の方が好きである。そちらの方がずっと共感できるし、人間の本質に深く切り込む鋭さもある。それに比べたら本作は人間の上っ面しか描いていない作品である。そんな批判的な目で見ていた。
ところがである。ラストのジェップの姿には何故かホロリとさせられてしまった。あんなにいけ好かないオヤジだと思っていた彼が憐れに見えてしまったのである。何故かと言うと、ここで初めて自分はジェップの素顔を見たような気になったからである。彼の心中が理解できたからである。
思うに、彼は初恋の美しさに取りつかれた男なのだと思う。本作にその初恋のエピソードはほとんで出てこない。出会いのシーンだけはジェップの回想に登場してくるが、それ以外は一切出てこない。おそらく、彼にとってこの出会が人生で最も美しく輝いた瞬間だったからなのだろう。この瞬間を永遠に生きたい‥。そんな彼の願いも読み取れる。
考えてみれば、これほど不憫な男もいない。過去の美しい思い出から一生抜け出せないまま、この年になるまで生きてきたのだから‥。どんなに周りに美しいモデルが寄って来ても、どんなに友人とバカ騒ぎしても、彼の気持ちはずっと思い出の中にあったわけである。傍から見れば羨ましく見える派手な暮らしも、彼の心の中は空虚だったのだ。
彼が唯一発表した小説「人間装置」という本はベストセラーになった。そのおかげで今のような暮らしを送っていられる。しかし、劇中ではその本の内容は具体的に語られてない。タイトルから察するに、自分は非常に無機的でドライな印象を持った。もしかしたらこれも彼の中の初恋の喪失感から生まれた著書なのかもしれない。
これは想像だが、彼はこの初恋を超えるような恋愛を探し求めているうちに、現実に落胆してしまったのではないだろうか。そして、今のような享楽の日々に溺れてしまった‥。そう考えると、それまで彼を見ていた自分の目も何だか変わってしまった。結果、ラストの彼の表情と、このシチュエーションに感動してしまったのである。
映画の原題は「LA GRANDE BELLEZZA」。邦題の「グレート・ビューティー」はその英語訳となっている。直訳すれば「偉大な美」ということになろうか。これはこの初恋の思い出のことを指しているのだろう。
尚、本作はこのメインのドラマの他に様々なサブエピソードが登場してくる。若干、散漫でまとまりに欠くが、幾つかのエピソードは”喪失”というキーワードで結び付けられるような気がした。
例えば、作家志望の元女優のエピソード、その父親のエピソード、うつ病の青年のエピソード、イリュージョンのシーン、あるいは日本でもニュースで大きく取り上げられた旅客船の座礁のシーン等。これらは皆”喪失”のドラマである。決してジェップの初恋というメインのドラマに有機的に結び付くわけではないのだが、人生の儚さを見事に表現している。
本作は映像面でも見応えがある。画面には美しいローマの風景が次々と映し出され、観光映画的な趣も感じられる。ドラマ自体は”死”や”喪失”がまとわりつく厳しいものであるが、それを明朗な風景が和らげている。
例えば、ジェップの部屋からは古いコロッセウムが一望できる。言わば歴史的遺産が日常と隣り合わせにあるというわけで、まさに映画ならではの舞台装置である。それらを眺めているだけで何だか旅をした気分になる。他にも古い教会や、ローマ時代の遺跡のなどが登場してくる。
また、深夜に秘密の美術品を巡るシーンも面白かった。普段は中々目に出来ないであろう彫像物が次々とライトで照らされていく様には見とれてしまった。
その他に、本作には幻想的な映像演出も各所に登場してくる。例えば、ジェップが部屋の天井を見つめていると、そこが青い海になり過去の記憶が蘇ってくるというシーン。これは彼の過去への憧憬を幻想的に表したシーンである。日常から非日常への展開の仕方が見事である。
他にも、クライマックスの鳥のシーンのような超然とした息をのむような光景も出てくる。CGが若干拙いというのはあるが、印象に残る映像だった。
キャストでは、何と言ってもジェップを演じたT・セルヴィッロの好演が素晴らしかった。彼は
「ゴモラ」(2008伊)でマフィアのボスを演じていたが、その時とは正反対に柔和な表情を忍ばせながら初老の寂寥感を味わい深く体現している。
また、カメオ出演のF・アルダンには驚かされた。ベテラン女優の彼女が本人役としてちょっとだけ登場してくる。
尚、本作を見ると、どうしてもF・フェリーニの作品を連想する人は多いだろう。確かに彼の「甘い生活」(1959伊)へのオマージュが散見できる。監督もそのあたりは当然意識しているのだろう。しかし、あの当時にはない現代のローマを写そうとした所に、この監督の独創性も感じられる。映像だけでも一見の価値がある作品のように思う。