この金田一耕助は珍しい。
「本陣殺人事件」(1975日)
ジャンルサスペンス
(あらすじ) 小さな山村に古くからある旧家・一柳家で婚姻の儀が執り行われようとしていた。長男・賢蔵と久保克子が結婚をするのである。しかし、失墜著しい久保家と一柳家では身分の差があり、親戚の中にはこの結婚を悪く言う者達もいた。それを賢蔵の弟・三郎がどうにかなだめて式は滞りなく終了する。その夜、離れで寝ていた賢蔵と克子が死体で発見された。外は雪が降っていて犯人の足跡はかき消されていた。更に、部屋の鍵はかかったままだった。捜査に乗り出した地元警察の磯川警部は頭を悩ませる。そこに克子の父と親交のあった私立探偵・金田一耕助がやってくる。金田一はこの密室殺人事件の謎に挑んでいくのだが‥。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 横溝正史の同名小説を映像化した作品。金田一耕助シリーズの第1作である。
金田一耕助は様々な俳優が演じているが、個人的に一番イメージとして強く残っているのは古谷一行が演じた金田一である。今回の金田一は中尾彬が演じている。これが古谷版と随分イメージが異なり驚いた。古谷版・金田一は袴姿で髪の毛がモジャモジャで、何となくとぼけた味わいがあった。しかし、中尾版は終始ジーンズ姿で時々サングラスをかけたりもする。そして表情も非常にシリアスだ。
劇中で本人が語っているが、どうやらこの金田一はアメリカへ渡り、そこで今回の事件の被害者である克子の父・銀造に拾われたという設定になっている。だから和風ではなく敢えて洋風なファッションになっているのだろう。
ただ、自分が考える金田一像と大分異なっていたが、中尾彬という俳優のイメージを考えた場合、これはこれで合点はいく。彼は当時はこうした若者をたくさん演じていた。おそらく今回の金田一も、俳優・中尾彬のイメージに合わせた造形なのだろう。
映画の作りとしては、角川が作った金田一シリーズに比べると今一つ娯楽要素が乏しいのが難点である。しかし、事件自体は面白く追いかけることが出来た。まさか凶器が”ああいう形”で外に持ち出されていたとは予想できなかったし、第三者の関与も意外性があって良かった。今回の原作は戦後初めて密室殺人を取り上げた小説ということで有名らしい。古典的なトリックだが中々楽しめた。
もっとも、事件の”からくり”自体はよく出来ていると思うが、肝心の金田一の推理過程にはそれほどカタルシスを覚えなかった。次はどうなる?どんな推理が飛び出してくる?といったワクワク感が余り無い。
そのワクワク感が出ない一番の原因は、鈴子の突出した存在感によるところが大きいと思う。
彼女は賢蔵と三郎の妹で、先天的な知的障害者である。そのせいか賢蔵は彼女を溺愛し、鈴子も兄のことをとても慕っていた。だから、鈴子は今回の事件で兄を失ったことで酷く狼狽する。今作はそこをメインに描いている。
確かに鈴子は事件の背景人物の一人として重要なキャラである。しかし、彼女は事件その物にはほとんどノー・タッチである。その彼女をこの映画は要所でフィーチャーしてしまっている。これでは金田一の推理は中々先に進まないし、事件が解決しても余りカタルシスが生まれてこない。
これは想像だが、純真無垢な鈴子は、旧家の虚勢、欲心、凋落を暗に皮肉るべく、ドラマの象徴としたかったのではないだろうか。この両者を対比させることで、今回の事件のおぞましさを観客に突きつけたかった‥。そんな気がした。
しかし、その結果、本作は密室殺人事件を追いかけるサスペンスというよりも、鈴子の悲劇を綴るようなドラマになってしまった。
監督・脚本は高林陽一。時に神秘的に、時に禍々しく切り取った映像演出には光るものがある。その多くは鈴子のイメージ映像といった体になっている。特に、鈴子を捉えたラスショットが印象に残った。この時の彼女の人相は序盤のそれとはまったく変わってしまっている。まるで死に取りつかれたかのような悲壮さは、美しく広がる田園風景とのギャップから何だか切なく感じられた。
キャストでは鈴子を演じた高沢順子が印象に残った。中尾彬も懸命に斬新な金田一像を作り上げているが、要所で彼女がフィーチャーされているので、ややその影に隠れてしまっている。
尚、音楽は大林宣彦が担当している。