屈折した欲望の果てに青年が採った行動とは‥。三島由紀夫の名著2度目の映画化。
「金閣寺」(1976日)
ジャンル青春ドラマ
(あらすじ) 中学生の溝口は父の跡を継いで住職になることを運命付けられていた。幼い頃より父に「この世で一番美しいものは金閣寺だ」と教えられて育った。その父が死ぬ。その後、彼は父の伝手で金閣寺に預けられた。同じ年の鶴川と共に厳しい修行に耐えていく溝口。徐々にその生活にも慣れ始めた頃、彼は事件を起こしてしまう。
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(レビュー) 三島由紀夫の同名原作を異才・高林陽一が監督・脚色した作品。実際に起こった金閣寺放火事件を元にしたフィクションである。
尚、同原作を元にして作られた市川崑監督・市川雷蔵主演の
「炎上」(1958日)を先に見ていたので、大体のストーリーは知った上での鑑賞である。どちらも大筋はほぼ一緒であるが、幾つか違いがある。
まず一番の大きな違いは、本作の方が主人公の生い立ちを濃密に描いている。それによって、物語に一層の説得力と厚みが感じられた。その過去は溝口の回想で綴られる。
時代は戦争末期。溝口は近所に住む、まり子に初めての恋をする。しかし、彼女にはすでに恋人がおり、吃音症の溝口は馬鹿にされてあっけなく振られてしまう。挙句の果てに、彼の目の前で、彼女は恋人共々壮絶な死を遂げる。これが溝口の心に大きなトラウマを植え付けてしまう。彼は女を抱くことが出来ない不能者になってしまうのだ。やがて、行き場を無くした欲望は、仏の道を歩まんとする彼に精神的なストレスをかけていくようになる。そして、最終的に精神は崩壊。彼は日本の国宝・金閣寺に放火するという事件を起こしてしまう。
「炎上」では、主人公の亡き父に対する求愛が事件の大きな引き金になっていたが、ここでは犯行の裏側に主人公の性的コンプレックスを持ってきている。ここが「炎上」と違う所である。
更に、彼は親友の鶴川からも、金閣寺の老師からも見放されて、孤独の淵に叩きこまれてしまった。彼の周囲には柏木という悪友がいたが、彼は決して溝口にとって良き理解者ではなかった。結局、彼の心の支えとなったのは、幼い頃より父から教わった「この世で最も美しいもの」=「金閣寺」だったというわけである。そして、それを自分だけの物にしたい‥そう考えて彼は火を放ったのだ。
このように本作は犯行に至る主人公の心理描写を実に丁寧に描いている。どこかナルシティックだった「炎上」に比べて、自分はこちらの惨めな主人公の方に生々しい人間味を感じるし、ドラマ的な説得力も感じた。むろん「炎上」は紛れもない傑作である。しかし、ストーリーの構成だけを取れば、本作の方に軍配が上がるように思う。
ちなみに、溝口の性的コンプレックスの原因には、まり子以外に、彼の母親と生け花の師匠という二人の女性も関係している。「炎上」では影が薄かった母親の存在がここでは大きくクローズアプされていることは注目に値いする。これも実に興味深く見ることが出来た。確かにあんな光景を見せつけられたら、誰だってセックスに対してトラウマを抱えてしまうだろう。母としてこの罪は重い。
後半のキーパーソン柏木は、「炎上」とほぼ同じキャラクター造形となっていた。彼も溝口の人生を狂わせた張本人の一人である。この存在も大きい。
高林監督の演出は、例によって映像の作り込みに溺れ過ぎな面もあるが、所々に独特の美学が見られる。これまで自分が見てきた氏の作品、
「本陣殺人事件」(1975日)、
「蔵の中」(1981日)と比べてみても、その才覚はより明確に主張されているように感じた。
特に父の火葬シーンのダイナミックさは特筆に値する。本作はほぼ全編、幻想性が漂う作りになっているが、ここは海というロケーションも相まって魔力的魅力に溢れていて印象に残った。
モノクロの強烈なコントラストで捉えた幾つかの回想シーンにも、同様の魔力的魅力が感じられた。まり子に対する告白シーン、彼女が死ぬシーン、先述した母の罪を描いたシーン、白昼夢的なトーンで切り取られた校庭のシーン等。この禍々しいトーンには引き込まれた。
また、ラストの炎上シーンも、見ようによっては非リアルで陳腐に写るかもしれないが、逆に幻想性が極まったおかげで印象に残った。あれは間違いなく溝口の幻視だろう。彼の心の解放、現実からの飛翔を象徴的に捉えていると思った。
キャストでは溝口役の篠田三郎の熱演が素晴らしかった。「ウルトラマンタロウ」の東光太郎のイメージが強いが、彼は実相寺昭雄監督の
「哥(うた)」(1972日)や今作のような、決してメジャーではないATG映画にも主演している。しかも、「哥(うた)」も本作も、鬱屈した感情を抱えた青年という役所である。こういのが実にハマる俳優である。
ちなみに、溝口の親友・鶴川役は柴俊夫が演じている。彼もまた実相寺昭雄監督が参加していた特撮番組「シルバー仮面」で主役を演じていた。つまり、二人が並ぶとウルトラマンタロウとシルバー仮面が並ぶというわけである。劇中では学ラン姿の二人が親しげに話すシーンが登場してくる。
逆に、今作のキャストで難だったのは、柏木役の横光勝彦である。大学生にしては少々老け過ぎである。篠田三郎が割と童顔なので、それとの対比から言っても無理のあるキャスティングに思えた。