コソ泥が世間に注目されていくシニカル・コメディ。
「にっぽん泥棒物語」(1965日)
ジャンルサスペンス・ジャンルコメディ・ジャンル社会派
(あらすじ) 泥棒稼業を生業とする男・林田は、刑務所とシャバを行ったり来たりする日々を送っていた。実家には年老いた母と年頃の妹がおり、彼が盗んだ金で何とか生計を立てている。しかし、二人は彼に盗みを止めて欲しいと思っていた。ある日、林田は盗み仲間と一緒に温泉旅行に出かける。そこで彼は桃子という芸者と仲良くなる。二人はそのまま同棲暮らしを始めた。ところが、彼女にプレゼントした盗品から足がつき逮捕されてしまう。そして、天敵とも言える宿敵・安東刑事の尋問に屈してとうとう刑務所に送り込まれてしまった。林田はそこで自転車泥棒で服役中の青年・馬場と知り合う。保釈された二人はコンビを組んで再び泥棒を繰り返した。そこで彼らはとんでもない事件に巻き込まれてしまう。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) コソ泥が世間を賑わす大事件に巻き込まれていくサスペンス・コメディ。
監督が”赤いセシル・B・デミル”こと、山本薩夫ということで、若干政治的思想が入ったドラマである。特に、中盤以降から社会派的なテイストが強められていく。このあたりは正に氏の真骨頂なのだが、しかし娯楽作として見てしまうと、いささかそれが邪魔になってしまっているのも事実である。個人的には、前半の流れをそのまま引き継いだ形で林田という男の半生にもっとじっくりと迫って欲しかった気がする。
映画前半は、林田の泥棒生活を描く日常コメディとなっている。彼のバックストーリー、泥棒仲間との関係、宿敵・安東刑事との関係、刑務所の暮らし等が軽快に綴られていて、終始微笑ましく観れた。
後半からは一転、電車脱線事件の犯人を偶然目撃してしまった林田の葛藤に迫っていく。
この事件は劇中では杉山事件と呼ばれているが、1949年に起こった松川事件をモデルにしていることは明白である。事件そのものは、国鉄の労働組合員たちが起こした脱線事故として、下山事件、三鷹事件に続いて世間から大きな注目を集めた。後半からこれがクローズアップされていく。ドラマの主幹も林田個人のドラマではなく、事件そのものを追いかけるジャーナリズム的な物になっていく。その結果、人間ドラマにしたいのか社会派ドラマにしたいのか、よく分からない作りになってしまった。前半と後半ではガラリとテイストを変えるので、どうにも歯切れが悪い。
今作の最大の見所はキャストになろう。林田を演じた三國連太郎を筆頭に、個性派俳優がたくさん登場してくる。
個人的には林田の宿敵・安東刑事を演じた伊藤雄之助のイヤらしい演技が絶品だった。彼の取り調べは決して高圧的ではなく、相手の嫌がるようなことをネチネチと責めていく。この陰険さは彼にしか出せない味だろう。抜群に良かった。
対する三國演じる林田も、安東の責め方をとくと知っていて、その手に乗るかと言わんばかりに、のらりくらりと交わしていく。この二人のやり取りは今作で最も面白く見れる部分だった。
また、正義感溢れる若き弁護士役として、千葉真一が登場してくる。映画の終盤は法廷劇になっていくのだが、彼はここで杉山事件の真相を暴こうと熱弁をふるう。肉体派アクションスターのイメージしかなかった自分にとっては意外だった。
他、加藤武の検事役、西村晃の囚人役等、出番はそれほど多くないが、夫々に敵役だと思った。
山本薩夫の演出は、前半の林田の泥棒半生をコミカルに、後半の更生ドラマをシリアスにと、柔軟に料理している。ただ、彼本来の資質は後半のシリアスさにあると思う。ただ、前半と後半では明らかにテイストが異なるので、そこに演出のムラを感じてしまう。
また、ラストもハッピーエンドのように締めくくられているが、よくよく考えてみれば、林田の家族にとっては決して諸手を上げて万々歳というわけではない。むしろ、彼らにとって今後の人生は更に険しいものとなっていくことは間違いないだろう。それを、うやむやにしてしまった所に処理のまずさを感じた。
とはいえ、全体的には笑いあり、サスペンスあり、感動ありの娯楽作品として上手くまとめている。ベテランだけあって、要所を引き締めたあたりは流石である。
尚、証言台に立った林田が傍聴席に来ていた妻とアイコンタクトを交わすシーンには、しみじみときた。こういうのを”味のある演出”と言うのだろう。