映画ありのまま
初めましてorこんにちは。
わりと気ままに映画の感想を(妄想を交えて!)書き綴っています。ぜひ楽しんでってください〜(´ー`)ノ
(2008.4.15連絡事項)
少しずつですが記事が増えてきたので、50音字で検索出来るように プラグインを設置しました。
とはいっても、まだまだショボイですが‥。ぜひご利用ください。
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野いちご
2008.03.28(18:13)
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「野いちご」(1957スウェーデン)

ジャンル人間ドラマ
(あらすじ)
老医師イーサクは名誉博士号を授賞することになった。息子の妻マリアンヌと一緒に車を走らせる。その途中、少年時代を過ごした邸宅を訪ねる。在りし日の情景に思いをめぐらすイーサク。それは初恋の人サーラに失恋するという苦い思い出だった。そこでヒッチハイクをする3人の若者達と出会う。偶然にもその中の一人はサーラという名の少女だった。3人を乗せて一路会場へ向かうが、その途中であやうく追突事故を起こしそうになる。相手の車は横転。仕方なく乗っていた中年夫婦を同乗さてやせることにする。しかし、中年夫婦は人目もはばからず口喧嘩ばかり。夫と喧嘩したばかりのマリアンヌにはそれが耐えられなかった。中年夫婦を降ろして一向は再び会場へと向かう。
(レビュー)
老人の邂逅を幻想と現実を交えて描いた作品。
監督・脚本はI・ベルイマン。彼はよく人間の「孤独」をモチーフに映画を撮っているが、本作は正にその一点を突いたような作品である。
物語はイーサクにとっての現実と幻想のカットバックで構成されている。二つの世界の取り持つのが同じ名前を持つサーラという二人の少女だ。彼女等によってこの世の朧(おぼろ)、つまりイーサクの孤独が示唆されている。一種異様な奇妙な世界観だが、サーラというキーマンを利用しながら巧みに作り上げられているため余り不自然さは感じない。
この映画の妙味は、「死」というものをどう扱うか、その描き方にあると思う。
シュルレアリスム的な序盤の悪夢に象徴されるように「死=恐怖」という捉え方から始まり、物語の後半に入ってくると「死」は「生」へ、最終的には「生」に対する憧憬へと推移していく。ロマンチズムに傾倒した感もするが、イーサクにとっての「死」に対する心理推移はこの作品を崇高なものにしている。
人は死を前にして誰しも人生に多少の後悔を残すものである。イーサクの場合、他者との関係性に心残りがあった。初恋の相手、息子、義娘、家政婦等々。彼等に対して余りにも冷淡だったと‥。彼は最後にこう思ったに違いない。余命がどれほど残されているか分からないが、もし取り戻すことが出来るのなら、思い出にあったあの美しい田園風景のように、そんな温もりに満ちた人生を歩みたい‥と。
孤独からの開放、未来への展望の兆しを見せる崇高なラストだと思う。
ただ、俺自身その年齢になってみなければ実感できない部分が多々あり、また人生にそれほど絶望も感じていないため、このラストには今ひとつピンと来なかった。
人生に絶望と孤独を感じている人には強く勧めたい作品である。
また、映像が美しいのも特筆すべき点で、見て決して損をするような映画でないことは確かだ。


殿堂級
まあまあ
今一つ
ダメダメ











