失踪した妻に翻弄される夫の姿を独特のユーモアと恐怖で描いた鬼才D・フィンチャーの新作。
「ゴーン・ガール」(2014米)
(あらすじ) ミズーリー州の郊外。結婚5年目の記念日を迎えたニックは、いつもと違う朝を迎えた。彼が目を覚ますと妻エイミーの姿がなかったのである。部屋には荒らされた跡があり、只事ではないと思ったニックは警察に連絡する。その後、エイミーの両親がボランティアを引き連れて公開捜査が始まった。エイミーは「完璧なエイミー」という母の著書のモデルとして有名だったこともあり、これにマスコミが殺到する。そんな中、女性捜査官ボニーは事件現場から1通の封筒を見つける。その中には、ニック達が毎年結婚記念日に行っている宝探しゲームのヒントが書かれていた。そのヒントを手掛かりに、ボニーはニックがエイミーを殺害したのではないかと疑う。
ランキング参加中です。よろしければポチッとお願いします!


(レビュー) 妻の失踪に翻弄される男の悲劇をサスペンスフルに描いた鬼才・D・フィンチャー監督の作品。同名ベストセラーの映画化である。
夫婦関係の脆さと怖さ。この物語のモチーフは正にコレだと思うが、それを超えて本作からは”コミュニケーションの難しさ”という普遍的なテーマが読み取れた。カップルが見ればこの夫婦関係にゾッとするだろうし、そうでない人が見ても普段の周囲との関係を見つめ直したくなるのではないだろうか。このドラマの背後には人間の悪意と嫉妬、エゴが禍々しく渦巻いている。
物語は妻エイミーの捜索を描く前半、失踪の謎が解明される中盤、夫ニックの恐怖を描く後半に分けられると思う。
前半はサスペンス、後半はサイコ・スリラーなトーンに切り替わる所がミソで、改めて謎を伏せながらじっくりと見せていくフィンチャーの堅実な手腕には圧倒される。約2時間半の長丁場ながら最後まで気が緩むことなく一気に見れた。特に、中盤の失踪事件の解明にはゾクゾクするような興奮が味わえた。
また、原作は未読だが、元々のストーリーがよく出来ているのであろう。エイミーの身を案じるニックの主観視点と、事件の捜査を担当するボニー刑事の客観視点。映画はこの二つを巧みに交差させながら状況証拠を積み上げている。ボニーの事件に対する捜査を織り込んだところが肝で、それによって警察からも世間からも妻殺しの疑いをかけらるニックの切迫感にはかなりのリアリティが感じられた。前半の影の功労者は間違いなくボニー刑事だと思う。
そして中盤、意外な形でエイミーの所在が判明する。これには正直、驚かされた。ネタバレになるのでこれ以上は詳しく書けないが、とにかく事件の背景には衝撃の真相が隠されている。先述したように、ここでのフィンチャーの流麗なタッチと、事件のからくりが一気に解き明かされていくシークエンスには極上のカタルシスが感じられた。
‥と、ここまで間違いなく、サスペンス映画史上類まれなる傑作の誕生!と確信した。ただ、どうだろう‥。これ以降の展開には、今一つ面白さが感じられなかった。失踪事件のからくりが一旦解明されたことによって、推理劇の緊張感が失われてしまったからである。
無論、後半はまた新たな展開で、ニックの恐怖が描かれていくのだが、どちらかと言うと事件の裏側にどういった事情があったのか?という夫婦関係の内情がメインで、言わば前半に出された問題の答え合わせをしているみたいで、俺にとっては変に理屈っぽくて余り乗り切れなかった。
とはいえ、フィンチャーが描きたかったのは正にここなのだろう‥というのはよく理解できる。実際、この後半も飽きなく見れたし、夫婦関係の難しさ、人間のあさましさ、エゴの恐ろしさといったテーマは十分伝わってきた。そういう意味では、成功しているとも言えるのだが、しかしサスペンスとして見た場合、後半は前半ほどのドラマ的な求心力は感じられない。
キャストでは、エイミー役のロザムンド・パイクの演技が素晴らしかった。エイミーの母親はベストセラー作家で、彼女はその本の主人公のモデルとして広く世間に知られている。言わば、エイミーはちょっとしたアイドルである。しかも、家は資産家で裕福なエリートである。ところが、親が事業に失敗して破産してからは不幸続きで、彼女自身も職を失い、挙句の果てにニックも失職。彼の母親が末期の癌におかされていると言うので、渋々住み慣れたニューヨークから彼の実家があるミズーリー州の田舎町に引っ越すことを余儀なくされる。言わば、エイミーは上流階級から中級階級へ、「完璧なエイミー」から「可哀想なエイミー」へ一気に落ちぶれてしまったのである。実にドラマチックな人生である。それをロザムンド・パイクは外見と所作を変えながら見事に演じきっている。来年のオスカーには間違いなく候補に上がるだろう。
また、ボニー役の女優は初見だったが、こちらも中々面白い存在だった。事件を常に客観視する冷静さ、聡明さは「ファーゴ」(1996米)におけるF・マクードマンドが演じた女性警官を彷彿とさせる。