少女の自律を独特のユーモアで綴った快作。
「ガール・スパークス」(2007日)
ジャンル青春ドラマ・ジャンルコメディ
(あらすじ) 今時の女子高生・冴子は、ネジ工場を経営する父と小さな田舎町で暮らしている。彼女は父のことを毛嫌いしている。というのも、父は女装をして家事をこなすような変人だったのだ。そんなわけで冴子は、学校でも家庭でもイラつく事ばかりでいつも周りに当たり散らしていた。そんなある日、クラスメイトの男子が冴子に好意を持っているということが分かる。彼は虐められっ子をパシリに使って冴子に近づこうとする姑息な少年だった。冴子は更にイライラを募らせていくようになる。
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(レビュー) 今時の女子高生・冴子と行き場を失ったダメ人間たちの奮闘を、独特のユーモアで描いた青春映画。
冴子のあらゆる物に対する反抗は、この年頃に特有の反大人、反社会といった”自己”の萌芽に始まる感情としてダイレクトに伝わってきた。年頃の娘が父親を嫌煙するというのも、よくある話と言えばよくある話である。思春期真っ只中ということを考えれば、これはいわゆる反抗期のドラマという見方も出来る。
もっとも、冴子の場合は他の子たちとは、ちょっと違う事情がある。そして、そこがこのドラマの独特の面白さを形成しているように思う。
冴子の家庭環境はかなり特殊である。父子家庭で、父親がかなり変人なのである。例えば、母親がいないからと言って自分が母親になり代わって女装したり、自分の会社の社員を自宅に住まわせたり、やることなすこと常軌を逸している。こんな父親と一緒に暮らしているのだから、冴子の気苦労も絶えない。これでは性格も捻くれてしまうだろう。
本作はこんな感じで終盤まではずっと、冴子の苦労とイライラを描く物語となっている。
監督・共同脚本は石井裕也。本作は彼の3本目の長編作品となる。お馴染みのスタッフとキャストで作られた自主製作映画だが、これまでに比べるとかなり作りは洗練されてきている。オフビートなタッチもこれまで以上に手練れた感があり、見てて余り不自然と感じるような箇所は無かった。更に、冴子と父の会話を短いカット割りで見せる所などには、今までとは違った演出センスが確認できる。今回はこれまで以上に細かな所に気を配って演出しているような気がした。
また、ブラックだった前作
「反逆次郎の恋」(2006日)の反動からか、今回はコメディ色がかなり強められている。まるでシチュエーション・コントのような物から、ちょっと切なげな笑い、実に多様なギャグが用意されている。
例えば、冴子と彼女のことが好きな男子生徒のやり取りに出てくる「もみもみ」という言葉の使い方。これには思わず吹き出してしまった。絶妙なフレーズの掛け合いである。
また、2人組の虐められっ子も各所でクスリとくるような笑いを演出していて、何だかこの二人を見ていると心が自然と和んでしまった。ちなみに、彼らは後半で、今まで自分たちを虐めていたクラスメイトと仲良くなっていくのだが、これにはしみじみとさせられた。サラリと描いているあたりが味があって良い。
また、父親の女装姿を見て冴子が驚くシーン、冴子がセクハラを受ける授業シーン。こういった所にはこれまでの石井作品で見られた”毒”が少しだけ入っている。こうしたブラックな笑いも、もはや堂に入っている。
その一方で、前作のようなシュールな演出も見られた。冴子は時々空を見つめて飛行機を妄想するのだが、これは一体何だったのか?映画を見終わっても明確な答えは提示されない。逆に言うと、そこが今作の妙味で、映画を見終わった後に不思議な余韻を引く”仕掛け”になっているように思う。
以下、この飛行機に付いて考えてみた。
冴子は常々、ここではないどこかへ行きたいと願っている。嫌な父親、退屈な学校から早く解放されて独立したいと思っている。そして、物語の後半。冴子はついに単身、東京へと出る。ところが、彼女はそこで気付いてしまう。自分は単に”現実”から逃げていただけだったのではないか‥。今までの自分は周囲に甘えていただけだったのではないか‥と。この上京経験は冴子を一歩大人の女性へと成長させる。そして、田舎に戻って彼女は”新しい冴子”に生まれ変わるのだ。
このことから考えるに、冴子が度々妄想していた飛行機は、”現実”から飛び立ちたいという彼女自身の飛翔願望の表れだったのではないだろうか。自由気ままに大空を飛び回る飛行機に自分を重ね、今の閉塞感漂う暮らしから一刻も早く抜け出したいという願い。その心象だったのではないかと想像できる。
ただ、この飛行機が彼女だけに見えるのなら、この解釈は合点がいくのだが、映画の終盤で彼女の親友も一緒になって飛行機を目撃している。ここは解釈を惑わせる部分である。果たして、この場面の飛行機は現実だったのか?それとも皆に共通する妄想だったのか?
キャストでは、冴子を演じた井川あゆこの存在感が印象に残った。憮然とした表情を貫きながら、終盤では思いもかけぬ素敵な笑顔を見せてくれる。少女の自律、成長ドラマとしてのカタルシスが存分に感じられる笑顔だった。そして、極めつけは終盤の彼女のモノローグ。「女の子やめて女になります、冴子」これが実に格好良かった。本作のテーマを集約しているとも言える。
脇役陣には、これまでの石井作品の常連が揃えられている。もはや勝手知ったるという感じで、ああ、あの人か‥という風に見れた。処女作からここまで一気に見続けてくると何だか自然と親近感が湧いてくる。