カストラートと呼ばれた男の数奇な運命を描いた音楽ドラマ。
「カストラート」(1994伊仏ベルギー)
ジャンル人間ドラマ・ジャンル音楽
(あらすじ) 18世紀初頭のスペイン。少年カルロは落馬事故の後遺症で不能者となった。数年後、青年に成長したカルロは、作曲家の兄リカルドと共に音楽の道を歩む。リカルドが書いた曲をカルロが歌い、2人はヨーロッパ全土で活況を浴びた。ある日、英国宮廷の作曲家ヘンデルにロンドンに来るように誘われる。しかし、彼が欲したのはカルロだけでリカルドとは契約を結ばないということだった。結局、二人はロンドン行きを取りやめる。その後、アレクサンドラという女性から、困窮する貴族オペラ座の再建に手を貸してほしいと頼まれる。二人はその舞台に立ち大盛況を得る。カルロはアレクサンドラに情熱的な愛を注ぐようになるのだが‥。
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(レビュー) ボーイソプラノを維持するために去勢された歌手、いわゆるカストラートの中でも伝説的な人物として知られているファリネッリ(カルロ)の生涯を描いた人間ドラマ。
映画としての作りに幾つか引っかかりを覚える部分はあるが、それを凌駕する歌唱シーンの圧倒的な迫力には目を見張るものがある。カルロが超ハイトーン・ボイスを響かせるステージシーンは今作最大の見所であり、音楽映画としての醍醐味を存分に味わうことが出来た。
ストーリーは、いわゆる”芸”の道を極めるドラマとしては常道な作りで安心してみることが出来た。秀でた才能を持つ者が、その才能ゆえに天国と地獄を味わう‥という”芸”のドラマは、古今東西いくらでもあるが、そのドラマチックな人生にはやはり見入ってしまう。
更に、今作で注目すべきは彼の兄リカルドの存在である。実は、この物語は”天才”カルロの半生を描いたドラマであると同時に、彼の傍に寄り添う”凡人”リカルドのドラマにもなっている。
リカルドは作曲家として成功するが、それはカルロの歌唱あってこその成功であり、本当は世間が言うほどの才能を持っているわけではない。その嫉妬、コンプレックスが中々面白く見れる。
やがて、彼の前にライバルであるヘンデルという作曲家が現れ、カルロが引き抜かれそうになる。リカルドは益々、自分の才能の無さに惨めになり、カルロを頼るようになる。こうした兄弟間の愛憎ドラマが今作のもう一つの見所である。
特に、印象に残ったのは中盤、彼らが一人の女性を分け合うシーンだった。去勢されたカルロは女性を抱くことは出来ても、最後まで満足させることはできない。そのため、途中からリカルドが交代して女性を抱くのだ。この時のカルロの冷めたような、どこか悲しいような表情が何とも言えず印象に残った。おそらく、この兄弟は二人で一人。いつもこうして女性を愛してきたのだろう。そこに彼らの愛憎の片鱗が垣間見える。
更に言えば、このシーンは後々の展開に非常に重要な伏線となっている。映画の終盤で、やはり同じようなシチュエーションに至るのだが、この時の二人の胸中を察すると彼らの複雑な愛憎が見えてきて面白い。
冒頭で述べたように、映画としての作りにやや粗さがあり、そこについては残念だった。
例えば、冒頭のシーンは確かにインパクトはあったが、ストーリー上のどの時点の物なのかよく分からない。重要なシーンに思えたのだが、そうでもなく、では何故ここから映画は始まったのか?と問いたくなった。また、時間経過の表現の仕方に乱暴な所がある。もう少し考えて演出して欲しかった。ラストもやや唐突な終わり方で勿体ない。
キャストでは、カルロを演じたステファノ・ディオジニの熱演が印象に残った。むろん歌唱シーンは吹き替えであろうが、堂々とした振る舞いが板についている。